マモル 6

 病院に移って数ヶ月後、サツキは妊娠した。妊娠の報告後、しばらく会えなくてひどく心配した。妊娠から半年ほど経った頃、久しぶりに会ったサツキは笑顔でこう言った。

『子供は女の子なの。マモルに、名前を考えて欲しいの』

 僕は未だに、サツキのお腹の中に子供がいるなんて信じられなかった。サツキは少し膨らんだお腹を撫で『ここに私達の赤ちゃんがいるわ』と言った。

 この時、僕の心に起きた変化を表す言葉が見つからない。僕は涙を流しながら「その子に素敵な名前を贈るよ」と約束した。




 8月15日の朝。出産は予定通り行われた。さんざん迷って、子供には『ハヅキ』の名前を贈った。

 ハヅキには、1日1回、遠くから見ることしか許されなかったけれど、サツキと会える時間は増えた。

「サツキは、いつ家に戻るの?」

 こんな小さな画面じゃない。リビングの大きな画面で、等身大の君に会いたい。

 サツキは残念そうに目を伏せ、当分帰れないと言った。

『もうすぐ、次の妊娠準備をするの』

「なんで? ハヅキが生まれたばかりだろ?」

『私は妊娠しやすいんだって。それに、ハヅキも順調に育ってくれた。後2人、子供を生んでから帰るわ』

「…………」

 言葉が出なかった。後2人。2年以上、この不自由な生活が続く。

 絶望感に苛まれる僕に、サツキは『次の子にも、素敵な名前を贈ってあげてね』と笑った。僕は必死で笑顔を作り「任せて」と言った。




 翌年の10月10日、サツキは2人目の子供を出産した。また女の子だったから『カンナ』という名を贈った。

 その翌々年の3月6日、3人目を出産した。やはり女の子で『ヤヨイ』の名を贈った。

 ヤヨイが生まれた年の8月、サツキとハヅキは揃って病院を出ることになった。サツキはかつての家に帰り、ハヅキには新しい家が与えられた。

 家に帰れば、自由に会える。リビングの大きな画面で会える。子供のハヅキとは、会う時間や回数に制限があるけれど、サツキとは自由に会うことが出来る。それだけで、心踊るほど嬉しかった。




 カンナとヤヨイも、3歳になるとそれぞれの家を与えられた。日々大きくなる3人の娘の成長を見守ることが、何よりの喜びになった。

 3人の娘は、成長するにつれサツキそっくりになっていった。「まるで生写しのようだ」とサツキに話すと『羨ましい?』と揶揄われた。

 そうだ。僕は娘達がサツキにだけ似ていることが、羨ましいんだ。娘達が誕生日に着る特別な服が、かつてサツキが着ていた服に良く似ていると思うのも、かつてのサツキの姿を見ている錯覚に陥るのも、羨ましく思う気持ちからだ。

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