マモル 4

『あのね、マモル……』

「どうしたの、サツキ」

 ある日の夜。いつものように物語の話をしていると、サツキが変なことを言った。

『月が……きれいですね』

「月?」

 僕は画面の端に、空を映し出す。空は曇っていて、月は見えなかった。

「月なんか見えないけど?」

 そう言うと、サツキはがっかりしたような顔をして『おやすみ』と言って通信を切ってしまった。


「ロボ子。昨日の夜、サツキが突然月の話をしたんだけど、どんな意味か分かる?」

 サツキとの会話が気になってよく眠れなかった僕は、いつもより大分早起きして、ロボ子に昨日のことを相談した。

「サツキはなんて言ったのですか?」

「『月がきれい』て言ったんだ。昨日は曇ってて、月なんか見えなかったのに」

「少しお待ちください」

 そう言うと、ロボ子は目の光を消した。多分、どこかと通信しているのだろう。

「最近、サツキがどんな物語を読んでいるか、知ってますか?」

「ナツメソウセキとかいう人が書いた物語。内容は、少し難しくてよく分からないけど」

「そうですか……」

 ロボ子の緑に光る目が、真っ直ぐに僕を見る。

「昔々、世界には沢山の人と沢山の言葉がありました」

「知ってる。歴史で習った」

「違う言葉で書かれた物語は、読むことが出来ません。それを、自分達の使う言葉に置き換えてくれる仕事がありました。それを“ホンヤク”と言います」

「うん」

 月の話とどう関係するのか分からないけど、とりあえず黙って聞く。

「夏目漱石は、ある物語に出てきた『アイラブユー』という言葉を『月がきれいですね』とホンヤクしたそうです」

「アイなんとかって、何?」

「意味は『あなたを愛している』です」

「えっ?」

「これは昔、遠回しな愛の告白の言葉として……」

「ち……ちょっと待って!」

「どうされました?」

 僕はロボ子の言葉を遮った。昨夜のサツキの様子を思い出す。顔を赤くして、少し緊張した様子だった。

「もういい……分かったから……」

「はい。それでは、良い返事をしてあげてください」




「こんばんは、マモル」

 散々悩んでいろいろ調べた僕は、サツキの顔を見るなり、こう言った。

「し……死んでもいいわ」

 サツキははっと息を飲み、大きな目をさらに大きくして叫んだ。

『死んじゃダメよ! 絶対ダメ!』

 サツキの叫びを聞きつけた両方のロボ子が駆けつけ、大騒ぎになった。

『死んじゃダメ』と泣き叫ぶサツキを見ながら、僕は自分の過ちを深く反省した。他人の言葉なんか借りたから、正しく伝わらなかった。サツキを泣かせてしまった。だから僕は、サツキの叫びに負けないよう声を張り上げた。

「僕は死なない! サツキを置いて、死んだりしない! サツキが、大好きだから!」

 2台のロボ子が見守る中、人生はじめての告白をした。それは、物語のようなカッコいい告白ではなかったけれど

『私も……私もマモルが大好き』

 サツキが、潤んだ目で微笑みながらそう言ってくれたから、これで良かったんだと思った。




 翌朝。僕達の交際は、みんなに知れ渡っていた。

 間もなくして、トモヤはミユキと、サトルはユキコと交際を始めた。

 交際を始めても、僕達の生活に変わりはない。だけど、何となくみんな幸せそうな顔になった気がした。

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