マモル 2

「おはよー!」

 机の前に座って画面を表示させる。真ん中の先生の所は真っ黒だけど、左右の同級生の所は全部付いていた。

『おそいな、マモル。寝坊か?』

「うるさい、トモヤ。誰のせいだよ」

『俺もサトルも、とっくに座ってたぜ』

『トモヤも1分前に座ったばかりだから、全然早くない』

「なんだ。トモヤもぎりぎり……」

 授業開始のベルが鳴った。口をつむぐと同時に、画面の真ん中に先生が現れた。

『おはよう皆さん。調子はどうですか?』

「元気です、先生」

 先生もバイタル数値を確認しているのに、毎朝こう聞いてくる。顔色と声でも不調を確認しているんだろうと、サトルが言っていたっけ。

『朝礼を始めます』

 そう言って、現代社会の成り立ちを話し始めた。

「またか……」

『先生ー! それもう覚えてるから、授業始めよーよー』

 トモヤが声を上げた。先生は、度々朝礼で現代社会の成り立ちを話す。小さい頃から何度も聞かされたから、みんなとっくに覚えてる。

『トモヤ。この平和な社会がどうやって築かれたのかを繰り返し学ぶことは、とても大切なことだ。復習だと思って、聞きなさい』

『はーい……』

 先生に意見するのは無駄だと分かったトモヤは、唇を尖らせて黙った。

『その昔、地球に未知のウィルスが蔓延し、多くの人が亡くなった。無尽蔵に変異と増殖を続けるウィルス感染を抑えるため、新しい生活様式が確立した。会話は全てオンライン、接触は全てロボットを仲介させる。現代に続く……』

「ふわぁーあ……」

 聞き飽きた先生の話は、まるで子守唄のように眠気を誘う。

『マモル。ちゃんと聞いてるか?』

「聞いてます!」

 座ったまま背筋を伸ばす。クスクスとみんなの笑い声が聞こえる。授業中はみんなの音声を切ってるのに、なんで朝礼の時は切らないんだろう。

「先生。体調が悪いので、少し寝てもいいですか?」

 眠気を体調不良に置き換えてみた。これで少しは寝れるかなと思ったら

『大丈夫か? マモル』

 先生が慌てたように言った。

『数値に表れない不調があるならロボ子に確認し、ご両親にも連絡を……』

「すみません! 気のせいでした! 僕、すごく元気です!」

 パパとママに知られたら、大事にされてしまう。

 子供が極端に減ったせいか、大人達は子供の体調にこっちがびっくりするほど過剰反応するのを、眠気のせいで忘れてた。

『そうか。では、授業を始めます』

 みんなの声が聞こえなくなり、先生の声だけが部屋に響く。

 最近、僕は画面真ん中に大きく映る先生よりも、画面右上が気になって仕方がない。そこには、お下げ髪に大きな丸い目をしたサツキがいる。サツキの小さな顔を見ていると、突然、サツキが顔を上げてこっちを見た。サツキと目があった気がして、心臓がドクンと大きく鳴った。

『マモル。解答が進んでないぞ』

「あ!」

 慌てて視線を落とす。数学のテストが表示されていた。

「すみません」

 答えながら、ちらりと再び右上に視線を送る。サツキが笑ってこっちを見ていた。

 僕の心臓が、ますます大きく鳴った。




「ロボ子。相談があるんだけど……」

「なんでしょう?」

「誰かの誕生日に贈り物をするのは、おかしいかな?」

「誰かとは、サツキですか?」

「なっ、なんで分かっ……」

「最近、よく話しておられるので。サトルやトモヤより、会話時間が長いですね」

「それは、サツキがいろんな物語を知ってるから、それで……」


 サトルとトモヤは、物語に興味がない。外の世界を映すカメラやゲームの話しかしない。

『外の世界を人間が歩いてたなんて、信じられない』『動物を触るなんて、怖くて出来ねえよ』と2人は言う。

 だけどサツキは、人間と動物が一緒の家で暮らす物語を読んで『素敵な世界ね』と言った。僕はそう言ったサツキの方が、素敵だと思った。


「異性に興味を持つのは良いことです。サツキへの贈り物を考えましょう」

 人から人へ、物を届けるのは難しい。物にウィルスや細菌が付着する可能性があるからだ。

「サツキが教えてくれた物語に“お菓子の家”が出てきてさ」

「そうですか」

「サツキ、お菓子がどんな物か分からないのに、食べてみたいって言うんだ」

「そうですか」

「なあ、ロボ子。サツキの誕生日に“お菓子の家”を贈ることは出来ないかな?」

「一緒に考えましょう、マモル」

 僕達は相談して、あるアイデアをサツキに贈ることにした。

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