第6クエスト おむつ交換

第34話「シーツ交換」

 う~ん。人員も増えたし、これで魔王さまの介護にも余裕が出てくるわね。


 ユニから指導を受ける2人の吸血鬼を眺めて、ほのぼのとしていると、大方の指導が終わったのかユニが急にこっちに向かってくる。


 えっ? えっ? 急にどうしたの? 何か魔王さまにあった?


「ケアラ、相談があるんだが――」


 そう切り出したユニの顔は真剣そのもの。でも、魔王さまに何かあったというような感じではないわね。

 他のことで言うと、あの事よね。


 明らかに一つ思い当たる事案があるんだけど、先日のメイバランさんの所為で、別のことも頭に浮かんで、ブンブンと顔を振って打ち消す。


 魅了魔法なんて……、う~、気になる発言して。こんなことなら直後にぶちかましてスッキリ忘れておけば良かったわね。

 吸血鬼なら、たぶんわたしの全力の一撃でも耐えるだろうし。


「おい。お~い。ケアラ聞いているか?」


「えっ!? な、なんだっけ?」


「この前から大丈夫か?」


「ええっ、大丈夫よ。今ならメイバランさんを一方的にボコボコにできるくらいには元気ね」


「四天王をボコボコって……、それは元気過ぎないか?」


 ユニが若干引いているような表情を浮かべているわね。

 

「で、もう一回言うが、人員も増えたから、明日休みがほしいんだ」


 ああ、やっぱりその件ね。

 わたしの返事は、もちろん決まっているわ。


「その話なら、返事はノーよ。どうせ、休みを使ってダイオの介護に行くんでしょ。でも、それはわたしの勉強として、一緒に連れて行く約束でしょ!」


「今までにない辛いものになるかもしれないが、いいか?」


「それは介護がってことでしょ。それなら大丈夫よ!」


 わたしは指を突き立てて見せた。


「そうか……、気をつけてくれよ」


「ええっ!」


 不安そうな顔をするユニ、その不安を打ち消すようにわたしは努めて明るい声で返事をしたわ。


               ※


 翌日。ユニは準備を済ますと、わたしたちを集めた。

 

「それじゃあ、ダイオのところに行くか」


「えっと、この面子ってことは、また転移魔術? この悪魔の?」


 嫌そうな暗い声でリリが質問してくるんだけど、ちょっと失礼すぎない! もう少し優しい言葉をチョイスしてくれてもいいと思うんだけど!


「いや、今回は俺が転移魔術を使う。そうじゃないと、ダイオの家が分からないからな」


 明らかにほっと胸を撫でおろすリリ。当然の反応っちゃ当然の反応なんだけど、なんか腑に落ちないわよね!


「では、さっそく、ダイオのところに行きましょう!!」


 急に明るい声音になったリリは意気揚々と拳を高くあげた、と思ったらそのままユニの肩に腕を回すっ!!


「ちょ~~っ! なにしてんのよ!!」


「ん? これから転移だろう? だから極力近くに寄っただけだ。ほら、悪魔も近くに来ないと一緒に転移できないだろ」


 うぐっ、善意100%の言葉に、思わず呻ってしまったわ。


 わたしはしぶしぶといった体で、ユニに近づく。

 めっちゃ、近い。

 今まではわたしの転移で集中していないといけなかったから全然気にしてなかったけど、イケメンがこんな近くとか心臓に悪いわね。

 2つある心臓のうち1つは爆破するんじゃないかしら。


 そんなドキドキ感を覚えている間に、転移魔術が行使されて、わたしたちは見知らぬ小屋の前へ転移していた。


 パッと見、元勇者パーティの家とは思えないほど簡素なログハウス。

 頑張れば素人でも出来そうな出来栄えね。


 ユニは我先に進むと、ログハウスの戸をノックした。


「おい。ダイオ、居るか? 俺だ」


 ユニが声を掛けると、中からしゃがれた声で、


「おお、孫のダイチか?」


「ダイオ、お前に孫はいないだろ! とぼけるのも大概にしろ! そんなんだと、オレオレ詐欺に引っかかるぞ」


 ユニにしては珍しく無遠慮に戸を開けて中に入って行くわ。

 わたしたちはそれを追いかけるように一緒に中へ。


「うっ!」


 中はゴミだらけだし、尿臭も漂う。

 こんな中に人が住んでいるの?


「ふんっ、儂に詐欺を働こうとしたら逆にこっちがたかってやるわ」


 唾をまき散らしながら、大声をあげる人物がベッドに横たわっているみたい。

 頭頂部は体毛1本なく、日の光を乱反射させ、反対に口元には全く整えていない髭が伸びきっている。

 ガリガリに痩せた体にはボロ布のような服をまとっているだけで、色々なところが見えそうだったりと色々な意味で見るに堪えない人物。たぶん、この人がダイオって人ね。


「とりあえず、口だけは元気そうで安心したよ」


 ズカズカと入り込み、家中の窓を開け放っていく。

 新鮮な空気が入ってかなりマシになったわね。


「こほんっ」


 ユニはわざとらしく咳払いすると、エプロンと手袋を装着。戦闘態勢万全ね。


「俺は魔王の介護士、ユニです。今日はダイオさんの介護及びリリへの介護教習に参じました。よろしくお願いします」


 ダイオはきょとんとした表情を見せ、「おいおい。どうしたんだ?」と狼狽えながら声をあげる。


「仕事は仕事。プライベートはプライベートです。俺はそこのケアラからお給金を貰って働いている身です。今も仕事時間内なので、しっかりとした言葉遣いで対応させていただきます」


「いや、理屈はわかるが、儂とお前の仲だろ。もう少し砕けてもいいんじゃないか?」


「いえいえ、一定の距離感というのは大事ですから」


 ニッコリと営業スマイル。

 うん、やっぱりユニの元仲間に向けるスマイルは完璧すぎて怖いわね。


「さて、まずはこの部屋をどうにかしないといけないですね。ダイオさんは座位は取れますか?」


「いや、これが力が上手く入らなくてな」


「かしこまりました。では、ベッドに寝ながらシーツを替えていきましょう」


「寝ながら? どうやって? 儂ジャンプとかもちろん出来ないぞ」


「それはお任せください」


「ケアラそこの替えのシーツを持って来ておいてくれ」


 わたしは言われた通りに真っ白いシーツを持ってユニの側に寄る。


「ダイオさん。膝を曲げますね」

 

 ユニはダイオの右膝に手を入れて立たせる。


「ケアラ、リリ、良く見ているんだぞ。これが体位交換。通称『体交たいこう』だ。人間の体は連動しているから、どんなに重い人が相手でも少ない力で動かす方法が存在する。体交もその一つを使って行う。この立てた膝をゆっくり体の方へ押していく。それと同時に肩も支えるように起こして行ってやれば自然と横向きになる」


「おっ、おおっ!! なん、だと!! 儂の体が勝手に!!」


「で、この状態でしっかり横を向けていれば戻ってくることはないが、ベッドの大きさや本人が戻ろうとしたりと様々なことで仰向けになってしまうんだが、そういうときは、お尻からちょい上の腰の辺りを頭の方に向けて斜めに押すようにすると重心の関係で戻ってこない」


「そんな、上手い話があるわけないじゃないか。この魔眼持ちのあたしは騙せないぞ!」


 と言ってリリはユニが片手で抑えている腰の部分を自分の手に交換させた。


「ダイオ戻ってこれるか?」


「結構頑張っているんだが……」


「ふ、ふはははっ! ついにあたしは重力まで支配下に置いてしまったようだ!」


 高らかに笑うリリを無視して、ユニはシーツをめくる。


「で、シーツをまるめて行って、ダイオの下にまで入るくらいギリギリまで反対側に送る。このとき、新しいシーツも敷いておくと、今度反対側を向いた時、シーツを取るのと新しいのを送るのが一回で終わって負担が少なくなりますが……」


 ユニは神妙な顔をして、シーツを戻す。


「ベッドマットまで汚れているな。ちょっと、ダイオさん、次は椅子に移りましょう!」


えっーーっ!! こんな状態の人を椅子に移すっていったいどうやるの?

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