第5クエスト 食事介助・買物

第24話「相談援助(ユニ)」

「ここにユニが捕まっているのね」


 額当てをまるで眼帯のように左目に掛けた黒装束を身にまとった少女が、崖の上から、魔王城を覗く。

 左目同様に怪我でも負ったのか左腕には痛々しく包帯が巻かれている。

 この風体からして人間。間違っても魔族ということはないわよね。

 ユニの名前を出していたし、勇者時代の仲間かしら?


「おわっ!! 誰だお前っ!?」


 少女はわたしにようやく気付くと、素っ頓狂な声をあげた。


「わたしは魔王さまの側近、ケアラ=イフリーです。そういうあなたは?」


 わたしは名刺を渡しながら自己紹介をする。


「あっ、これはご丁寧に。あたしは元勇者パーティで斥候スカウトをしていました。リリーフ=エリエールです。皆からはリリって呼ばれていましたのでお気軽にリリと呼んでください。って違うっ!! なんで魔族に挨拶してるのよっ!!」


 あ~、なんというか情緒不安定な人間ね。こういうのはわたしの経験上チョロいわ!


「ふっ! よくあたしの存在を見破ったな魔族よ!」


 なんか、何事もなかったかのようにポーズを取って、芝居がかったセリフを吐いてくるわね。

 というか見破るも何も、かれこれ3時間くらいここに居たわよね。

 普通に観光で来ているのかと思ったくらいよ。


「えっと、良ければユニの元まで案内しましょうか?」


 わたしが少し歩み寄ると、


「おっと、それ以上近づかない方がいいっ! あたしの左手の封印がいつ暴走するかわからないからなっ!」


「何か、封印されてるの? それなら、封印を解いてもらえれば、ここにはユニも魔王さまも、それにわたしもいるし、たぶん3人がかりなら、人間に封印できる程度の存在ならどんなのが来てもフルボッコにできるわよ」


「えっ、いや、そういう訳には」


「まぁまぁ、遠慮せずに」


 なぜかリリは左手を庇うように後ずさる。


「くっ! こっちにくるんじゃあない!! この悪魔めっ!!」


「あんた、意外にいい子なのね。でも、そんなに心配することないわよ。さっきも言ったけど、わたし、側近をするくらいだからこれでも強いのよ」


 わたしは安心させるべく、腕に力こぶを作ってみせる。


「ふぇ……」


「ふぇ?」


「ふぇぇえええええん!! なんで、追い詰めるのよぉぉぉぉっ!!」


 ええぇーーっ!! なんで急に泣き出すのよっ!!

 チョロいとか思ったのは失敗だったわね。

 情緒不安定過ぎて、さっぱり意味がわからない。


 う~ん、面倒くさいし、一発殴って黙らせてからユニのところに運ぼうかしら?

 介護が必要な相手でもないし、元勇者パーティって言ってたし、一発くらいなら大丈夫よね。


 わたしが殺気を醸し出すと、リリはハッと我に返り、短刀を構える。


「甘いわね。あたしの隙を狙ったのかもしれないけど、そうは行かないわ。この邪眼が危機を知らせてくれるのよ」


 左目に被さった額当てに手を添えながら、リリはニッと不敵な笑みを浮かべる。


 あ~、敵対してくれた方がやりやすくて助かるわね。

 一瞬で近づき、リリの顎に拳をかすらせ、脳を揺らし気絶させた。


 邪眼か何か知らないけど、戦うときは見るようにした方がいいと思うんだけど……。完全に左が死角になってたおかげで、容易に近づいて攻撃できたわね。


 リリを担ぎあげると、その体の引き締まりを実感する。

 そうとう鍛えているみたいね。正面から片目片腕じゃなければ、苦戦はしたかもしれないわね。


                ※


「ユニ、この子知ってる?」


 介護部屋に寝かせたリリをユニに確認すると、


「あ~、そうだな。一応、元パーティだ」


「そう言えば、ユニはなんで、一人でいた訳? 普通勇者はパーティと魔王討伐を目指すものだと思うけど」


「う~ん、まぁ、基本的には俺が全面的に悪いかな」


 ユニは頬をぽりぽりと掻きながら、なぜ一人になったのかを話し始めた。


「勇者っていうのは一応、『勇者』っていうスキル持ちが勇者として扱われるんだが、俺もその例に漏れず、そのスキルがあった訳だ。で、国から言われてパーティ組んで魔王討伐に出かけたんだが、実は俺、血がダメなんだよな」


「……はいっ!?」


 聞き間違いじゃないよね。血がダメって、血液の血よね。

 そう言えば、暴力自体も嫌いそうだったわね。


「でも、血がダメって、魔物は倒してたわよね? その評判が轟いて勇者の存在を知ったわけだし」


「いや、全員、武器で殴って制圧してた。帯刀はしていたが、刃より鞘の方が多く使ったな」


 えっと、殺す手段を持たず魔王軍圧倒してたのか、この勇者。そりゃ魔王さま並みのステータスがなきゃ無理だわ。


「まぁ、ただ、仲間からはちゃんと倒せって言われて、無理だったし、強制されるのにもムカついて脱走して、貿易都市『メリーズ』で日雇いの仕事しながら過ごしてた。ぶっちゃけケアラからの提案は渡りに船で、人間にも魔族にも血が流れない最高の解決策だったわけだ。勇者がヒトも魔族も殺せない腰抜けでガッカリしたか?」


 わたしはゆっくりと首を振った。


「これはわたしの経験上の話だけど、本当に強いやつは優しいのよね。相手を傷つけるのは簡単。なんだったら子供にだって刃物を持たせてやれば容易にできるけど、誰かを守るのはその何倍も何十倍も難しいのよ。でもユニは誰も傷つけないで人間も魔族も守ろうとしてくれた。それを腰抜けだなんて思う訳ないでしょ。

それを腰抜けだなんていう奴がいたら、わたしが滅ぼしてやるわよ。幸い撲殺は得意分野だから血を見ないで消せるわよ」


「ぷっ! はははっ!! 撲殺でも血は出るだろっ! でも、ありがとな。久々にここまで笑ったわ」


 介護の利用者に向けるのとはまた違う、屈託のない笑いをユニは浮かべる。

 イケメンがそんな表情見せるの反則よっ!!

 思わず頬が熱くなるのを感じて、たぶん赤くなっているだろうから隠すように背を向けちゃう。


「で、そのリリって子はどうするの?」


 話題を変えるべく、本題に戻すと、


「ああ、ここまでわざわざ来たんだから何かあったんだろう。とりあえず目を覚ましたら話を聞いてみよう」


 あまり良い別れではなかったはずなのに、元仲間を心配するなんて。ユニは優し過ぎて、ほんと勇者に向かないわね。

 これはわたしがしっかりしないとっ!!

 気合を入れ直し、リリが目覚めるのを待つこととなった。

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