第14話「足浴」
よく感謝を伝える行動に、『親の足を洗う』ってあるけど、あれってモノの例えで実際に洗う場面に出くわすとは思わなかった。
ユニはまず、
それから、石けんとタオル。それと手桶にもお湯を用意。
さて、これからユニが洗うのかと思ったら、ミノンちゃんをダヴさんの前に座らせたのだ。
「ちょっと、ユニ、何する気よ?」
「何って、ミノンに足を洗って貰うんだよ。そもそもこれは定期的にやった方がいいんだ。俺たちじゃ、定期的にできないだろ」
それもそうか、と納得していると。
「それじゃあ、メリットさん、こちらの桶に足をどうぞ」
爽やかな笑顔を振りまくユニを見て、ダヴさんはまるで苦虫を嚙み潰したかのような渋い顔をする。
「急に口調が変わってどうした!? 気持ち悪いぞ!」
「いえ、先ほどまでは、俺の介護の利用者ではなかったのでぞんざいな扱いをしていましたが、今は違いますので」
「いや、頼むから止めてくれ、普通に話せ」
「あ~、わかった。それが希望なら、そうする」
随分、介護ってのは臨機応変にしないといけないのね。
改めて介護の接遇の難しさを実感している中、ユニは続けていく。
「じゃあ、足を」
ダヴさんはその太い足を桶へとつける。
「足を入れるときは片足づつがいいかな。両足入れてもいいが、後ろにひっくり返るリスクがあるから、しっかりと座れるヒト限定だな。メリットさんはその点は心配なさそうだから、片足でも両足でもどっちでも良さそうだが……、桶の大きさ的に片足だけの方が良さそうだな」
ダヴさんは片足をお湯につける。
「あぁ、温くて気持ちいいなぁ」
「それじゃ、ミノン、足を洗ってくれ。ここは特に技術とかはいらないが、あまり強くやりすぎると垢の他に表皮まで取れてしまう可能性があるから優しく洗った方がいいな」
ミノンちゃんは言われた通りにダヴさんの足を優しく洗っていく。
「ああ、娘に足を洗って貰えるだなんて、嬉しいねぇ」
好々爺といっても差し支えない屈託ない笑みを浮かべている。
「それから、むくみだが、むくみって言うのは純粋に水分なんだ。もう少し医学的には詳しくあるが専門外だから割愛するぞ。で、その水分をどうすればいいかって言うと、単純に上に押しあげてやればいい」
ユニは一旦、ミノンちゃんから変わると、足先から足首に向かって押し撫でるように手を這わせ、足首からひざ下までも同じように行う。
「乳液とかクリームとかあればいいんだが、この世界にはないだろうから、濡れた手でやってやれば擦れるのも多少は軽減されるはずだ」
ミノンちゃんに代わり、やるように指示を出す。
「こ、こうかしら?」
ユニと比べるとたどたどしい手つきではあるけれど、それでもしばらく行っていると、
「あぁ、少し足が楽になって来たぞ。ありがとなミノン」
「娘だもの、父さんが困ったことがあれば、これくらいしてあげるわよ。……父さんの足ってこんなボロボロだったのね。全部私たちを守るために戦ってきたのよね」
何カ所にも及ぶ傷跡を見ながら、ミノンちゃんは呟く。
「それに、足の皺もこんなに……、今まで父さんは昔のままの印象だったけど、ちゃんと歳を重ねているのね。そんなことも気づかず、やれ動かないだ。やれ加齢臭がすだ。靴下をちゃんと洗濯籠に入れてほしいだって文句ばかり言ってごめんね」
いや、ミノンちゃん、最後のは普通に正しい要求だと思うよ。
「いや、オレも悪いところはあったようだ。加齢臭は無理かもしれんが、他は改善できるようにするさ。幸いむくみが良くなれば動くのも少しは楽になりそうだしな」
二人は頷き合い、より親子の絆が深まったようだった。
「うぅ、ずずぅ~、えぇ、話やぁ」
わたしは思わず目から涙をこぼし、鼻をすする。
「良い話かもしれんが、ケアラが汚くて台無しだ。ほらっ」
ユニからハンカチを手渡され、涙を拭った後、鼻をかむ。
「あとで、洗って返すから」
「いや、いい。お前にやるよ」
颯爽とそう言うユニの後ろ姿はまるでヒーローのようだった。
「さて、一通りマッサージが済んだら、手桶の湯で石けんを流してタオルで拭けば終わりだ。お湯の温度で血行も良くなるし、むくみにはかなり効くと思うぞ。むくみが出てきたと思ったら足を洗ってもらうといい。ついでにむくみかどうかの判断は、指で押して、その跡がなかなか戻らなかったらむくみだと思っていい」
「わかったわ。ありがとう。それじゃ、父さん足を流したら反対の足もやるわね」
「これなら、大丈夫そうだな。それじゃ俺たちは帰るが、何かあったら気楽に相談に来てくれ」
「おう、ユニと言ったな。世話になった。こうして娘に足を洗って貰える日が来るなんて思わなかったしな。礼を言う。何か困ったことがあればオレもお前の為なら力を貸そう」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
ユニは一礼すると、あとはミノンちゃんに任せ退室した。
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