第9話「もの忘れ(食事)」
ユニはメイドさんから夕食のトレイを受け取ると、魔王さまの部屋へ飄々と運んで行く。
「シルバーさん、夕食をお持ちしました」
魔王さまは目の前へ置かれた夕食を召しあがる。
とりあえず、今のところは何事もなくだ。
夕食の内容は前菜としてキノコのテリーヌ、スープはコーンクリーム。メインに子羊と野菜の煮込みが出される。
その後にはデザートのケーキが控えている。
魔王さまはそれらをぺろりと平らげる。
「うむ。今日も美味であったぞ。今日のデザートはなんだ?」
「はい。本日はレモンのパイケーキになります。いまお持ちいたしますね」
ユニは食器を下げるのだけど、その目は鋭く、まるで何かを観察しているようだった。
「ユニ、何か気になることでもあった?」
「いや、特にないぞ。話を聞く限り過食傾向が強いから心配はしていなかったが、もし小食になるようだと栄養不足になるから、ちゃんと食べれているか確認しただけだ」
ユニは食器をメイドさんに渡すと、なにやら話してから今度はケーキを持って行った。
パイケーキは美味しかったのか、すぐになくなった。
ここまでは魔王さまも普通だ。
でも、この前はこのあと少ししたら夕飯を食べていないと言ったのよね。
もし今日もそうなったらいったいユニはどうやって対処する気なのかしら?
「では、こちらも下げますね」
「うむ」
ほっ、なにごともなさそうね。
けれど、それから数十分後、魔王さまから呼び出しが掛かる。
「ケアラや!! どういうことだ。まだ夕食が出されないではないかっ!!」
「えっ? あっ、その、魔王さま、夕食は――」
わたしが、「さっき召し上がりました」と言おうとすると、さっとユニの手が前に出てわたしの言葉を遮る。そして一歩前へ歩み出た。
「シルバーさん、夕食はいまご用意していますから、先にこちらをどうぞ」
ユニはレモンパイが乗ったお皿を魔王さまに差し出す。
「うむ、ではこれを食べて待つとしよう!」
魔王さまは嬉しそうにレモンのパイケーキを頬張る。
ユニは魔王さまの機嫌を確認すると、そのまま厨房へ向かう。
「おーい。すまないが、シルバーさんのために少な目に夕食を用意しておいてくれ。スープとパンくらいでいいから」
「えっ!? ユニ、ちょっと何言ってるの? 魔王さま、さっき夕飯食べたわよね」
「こういうときは、無理に否定すると暴れたり、自信をなくしたり、認知症が酷くなったりと色々な弊害が出るんだ。だから、こういう食べたことを忘れたときにはむやみに否定せず、とりあえず簡単に食べてもらう。それでも満足せず、食べていないと言うようなら、少な目にした夕食を出すんだよ」
「でも、それじゃあ、魔王さま太らない? わたしイヤよ。あの威厳ある魔王さまがぶくぶくに太るなんて」
「それは心配しなくても大丈夫だ。認知症のときは騒いだり動いたりを頻繁に行うから、体力を消耗していることが多い。だからそこまで2回食事をしても太ることはないんだ。だが、心配なようなら一回目の食事から量を減らしておけばいい」
「なるほどね。もしかして、ユニ、最後のパイケーキ、少なくした?」
「おっ、良く気づいたな。夕飯がカロリー……、えっと、栄養価が高そうだったから少し少なくしてもらってきたんだ」
「あんた、意外と色んなところ見ているのね」
勇者をやっていたものだから、猪突猛進タイプで視野が狭いのかと思っていたけど誤解だったみたいね。
「介護は色んなところに気を回さないといけないからな。俺らにとってはなんでもないことでも、介護されるほうからすると重大なことって結構あるんだよね」
「へぇ~、そこまで気を回すなんて、めちゃくちゃ介護って専門性が求められるのね」
「他人事のように言っているがお前もやるんだぞ?」
「そ、そうよね。わたしに出来るかしら……」
「大丈夫だ。正しい知識さえあれば、誰でも出来るようになる!」
そ、そうなのね。ユニが言うならそうなのよね。あれ、でも……。
「知識だけでいいの? こう、思いやりとかそういうのは?」
「あるに越したことはないが、思いが強すぎると、独りで完璧を目指すんだ。それは心が折れるか体が悲鳴を上げる。双方にとっていいことはないから必須ではないと思っている」
「そういうもんなの?」
「理想と現実のギャップってやつだな。俺のとこじゃ、介護を苦に殺人や自殺なんてのもざらにあったからな。まぁ、ケアラは大丈夫だろ、まず先に俺に頼るくらいだからな」
「なんか褒められている気がしないんだけど」
「まぁ、そういうな。さて、魔王のところにそろそろ戻るか。夕飯をどうするか尋ねないといけないしな」
ユニは適当なところで会話を切り上げると魔王さまの元へ戻っていく。
「シルバーさん、お腹はいかがですか?」
「んむ。お腹いっぱいだから大丈夫だ。余はそろそろ就寝する」
ここからはメイドさんに任せて大丈夫だと判断したわたしたちは再度厨房へ戻る。
「おっ、気が利くな!」
厨房にはわたしたち用にまかない料理が用意されていた。
スープとパンという簡素なものだけど、スープには子羊のお肉と野菜がふんだんに入っている。
わたしたちは食事を取りながら会話する。
「ユニ、ありがとう。わたしじゃ魔王さまの対応はできなかったと思うわ。ところで、後学の為に聞いておきたいのだけど、もし小食になったりしたらどうするの?」
「ああ、それじゃあ、ちょっと説明しておこう。小食の場合は難しいんだが、俺がいたところでは医師と相談してから、高い栄養価の飲み物とかを飲んで貰っていたが、ここにはそんなのないから、純粋に食事の栄養価を上げるくらいしか方法はないかな。本当はちゃんと医師に診てもらうのが一番だが」
「そうね。そう言った医療は進んでいないわね。そこは料理長に言って工夫してもらうしかないわね。あとは異色だっけ?」
「そっちは食べ物以外を食べることなんだが、そもそもで食に興味が行き過ぎないようにしたり、不要なものを近くにおかない、食べ物に見えそうなものを隠すで対応できるな。ついでに箸やフォークなどの使い方を忘れる例もあるが、それは手を拭けばいいだけだから、そこまで問題ではないな。逆にそのことで怒ったりして自尊心をそこなうことの方が問題になる」
「色々とあるのね」
わたしが神妙にうなずき、話に聞き入っていると、
「おおおおっ!! 何者だっ!?」
地獄の底から聞こえてくるような殺意しか感じない声が響く。
「これ、魔王さまの声? この前より、ヤバイわよ」
側近であるわたしでもガタガタと震えが止まらない。こんなのこの城に耐えられるヒトなんて、誰も……。
自分の未来が死しか連想できないでいると、そっと肩に手が添えられる。
「何してる? 大丈夫だ。これも
いつの間にか震えは止まり、ユニと共に魔王さまの寝室へ向かった。
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