第2クエスト 認知症

第7話「ボケ × 認知症 〇」

「おかえりなさいませ、ケアラさま、それと、そちらが……」


 魔王城へ戻ると、メイドさんが出迎えてくれる。

 たぶん、ユニのことを勇者だと思っているけど、確信がない為、口ごもっているみたいね。


「そうね。大きな声で言えないから察してね。彼がユニ。今回クエストを受注してくれた方よ」


 しっかりと察した出来るメイドさんは、うやうやしく頭を下げた。


「それは大変ありがとうございます。私この城でメイドをさせて頂いています。ミャーコ=リレラと申します。何かあればお申し付けください」


「人間じゃないのは分かるが、見た目人間と変わらないあんたは、なんの魔族なんだ?」


「あっ、これは失礼しました」


 メイドさんは、メイドキャップを外すと、ちょこんと折れ曲がった猫耳が覗く。

 白黒のメイド服に猫耳はもはや反則の可愛さ! 顔も細目であることを除けば猫要素はほとんどないから、彼女こそ人間の街に潜入するべきだった気もするわよね。


「代々、魔王さまのメイドとして働かさせていただいているケット=シーの魔族です」


「なるほどね。魔族的な特徴はその耳だけか。あんた、俺の元居た国ならたぶんモテモテだぜ」


 確かに、その可能性があったわ! それじゃあ、あんな人間どもの住処に送ったら危ないわね。うん、やっぱりわたしが行くのが一番だったわね! ナイス選択わたしっ!!


「ありがとうございます。では、魔王さまのお部屋へご案内いたしますね」


 メイドさんはそんなユニの言葉にお礼を言いつつ、しっかりと仕事をこなす。


 メイドさんを先頭に石畳の廊下を共に歩く。

 わたしはユニの様子を伺うけど平然としている。さすが勇者ね。

 前に魔王さまのところに来た暗殺者は魔王さまの魔力とか圧とかで、めっちゃビビりながら部屋の前に来てたわね。

 そのときは魔王さまの手を煩わす前にわたしが追い払ったけど。

 

 そんなことを思い出していたら魔王さまの部屋へ到着する。


「本日は特になにも変わったところも暴れることもなかったですので、ボケてはいないかと思います」


「ああ、そうそう、そう言えばあんたら魔族ってボケたって言うんだな。ボケっていうのはさ、よく聞くし、使いたくなるのも分かるんだが、意味としては『愚かな』ってことだから、あんまり使うのはおススメできないな。まぁ、魔王をバカにしたいのなら別だが」


 その言葉を聞いて、メイドさんの表情が凍り、さっと青ざめる。


「知らなかったこととはいえ、申し訳ございませんっ! どうかバツは私だけにしてください」


 メイドさんが床に跪き、わたしとユニに懇願の目を向けるのと同時にすでにわたしも動き、ユニの胸ぐらを掴む。

 わたしはすぐ前に立つ男を睨みつけ、すぐにでも殴り飛ばせるよう準備する。


「おい、ユニ、お前の言うことは分かるが、ボケたと言う以外の言葉がないんだよ。メイドさんをいじめるなら、わたしが相手になるぞ」


「待て待て、そんな訳ないだろ。言葉を直そうって意味で言っただけだ。それしか言葉がないなら、新しく作ればいいし、俺の故郷じゃ認知症って言っているから、それを使ってくれてもいい。曰く、愚かになったボケたのではなく、認知機能の障害で脳の細胞がなんらかの理由で壊れたり減ったりすることが原因で起きるんだ。老化が原因のときもあるし、脳の血管に異常があるときもある、その他にも色々な理由が考えられるが、決して愚かな訳じゃないんだよ。ただの言葉かもしれないが、それでもボケたと言われるよりは魔王の気分も幾分かマシだと思うんだが」


 なるほど。ユニの説明は一理あるどころか納得しかない。

 呪術や魔法行使に名称が重要なように、介護においてもそういう名称は重要なのかもしれない。

 ふっと腕の力を緩め、ユニから手を離した。


「なら、今後はこのような状態に陥った者をボケたと言わず、認知症というように我が魔王軍の医師団に伝えておこう。浸透するまでだいぶ掛かるかもしれないが、最初の1歩を踏み出すことが重要よね。そうでしょ?」


「ああ、何もしないより一万倍もいい!」


 そして、ユニはメイドさんに手を伸ばした。

 その手をメイドさんが恐る恐る取ると、引っ張り上げて立たせるとすぐにユニは頭を下げた。

 突然の出来事にぽかんとしているメイドさんに構わず、言葉を投げかける。


「言葉を直して欲しかっただけで、怖がらせるつもりはなかった。すまない」


「いえ、こちらが勝手に怖がっただけですから、頭を上げてください。それよりも魔王さまに失礼な言葉を浴びせていたということを教えていただき感謝しかございません」


「それについてはわたしからも礼を言うわ」


 へぇ~、メイドさんにここまでちゃんと謝ってくれるんだ。なんだ、しっかりした良い男じゃない!


「なんというか、魔族の方が良識があって、すげー癒されるんだが。なんで人間と戦争なんてしてるんだ?」


 ユニは、様子を見るようにゆっくりと頭を上げると、困惑した表情で感想を述べた。


「さぁ、わたしたちは人間が先に攻めてきたと習っているけれど、もう千年以上も昔のことらしいから、真実はよくわからないわ。

今じゃ実状は、勇者が攻めてきたら防衛するくらいだし、人間側も無駄に戦いたくないみたいだから戦争とは名ばかりのにらみ合いが主よ。あとはこっちの魔物が人間側の領地に襲い掛かるくらいだけど、人間側も人間側で勇者を放ってるんだからおあいこよね。むしろ明確な意思を持って攻撃してくる分こちらの方が被害を受けていると言ってもいいわ」


「ん? 待て待て、じゃあ、休戦だか停戦だかも、もしかして俺さえ動かなければどうとでもなった話なのか?」


 あっ!! しまった! 言わないようにしていたのにっ!!


「バレた? ま、まぁ、でもそれを差し引いてもいい条件を提示したはずよ!!」


 なんとも複雑そうな表情をしてるわね。

 でも、ユニはすぐに諦めたようで。


「確かに好条件だし、停戦は俺が人間サイドを心配しての提案だったわけで、争いがないならそれに越したことはないな。さて、それじゃ、そろそろ魔王の介護を始めるか」


 魔王さまの部屋へと通じる重苦しい扉にユニは手を添えるとゆっくりと押し開けた。

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