第6話「物品用意」

 魔王城の城下町は魔族が経営しているというだけで、人間の商店街と大して変わらない。

 需要のある商品が違うから、人間たちの間では見ないものも多くあるのが唯一の違いね。

 特に野菜類なんかはここでしか生育しないものもあるから違いがよく分かると思うわ。


「ふ~ん、スライムゼリーとかあるのか。普通に旨そうだな」


 勇者ユニは、まるで子供のようにジィ~と露店の一つに興味を示している。


「ああ、スライムゼリーね。わたしはあんまり好きじゃないんだけど、女の子たちの間で飲みながら歩いているとオシャレっていうんで人気あるのよね」


 様々な色のスライムゼリーが透明な容器に入っている様は確かに見る分にはオシャレだ。さらに夜になって月明かりに照らすとほのかに発光するのもキレイなのよね。味もそこまでまずくはないし、わたしも飲めるよ。飲めるけど、今流行っているほど美味しいかと聞かれると疑問だし、なによりお値段がそこそこする。小銅貨6枚って普通にランチが取れるくらいの金額よ!


「ふ~ん、どこも女子は変わらんのだな。一応これ買ってみてもいいか?」


「介護に必要?」


「食事の提供もあるかもしれないからな。現地の味覚を知っておくのは重要だ!」


 キリっとした決め顔でユニはそう言った。

 明らかにウソっぽいけど、まぁ本当にそういうこともあるかもしれないし、これくらいなら経費で落とすか。


「そういうことなら、経費で落としておくわ」


 そこそこの行列に並び、わたしは2人分のスライムゼリーを頼む。


「苦手なんじゃなかったのか?」


「えっ? 飲めなくはないし、タダなら好きよ」


「良い性格だな」


 ユニは子供っぽい犬歯を覗かせる笑みを見せた。


「さてと、ノドもうるおしたし、次行くか」


 ユニは物怖じせず、商店を歩きながら、エプロン、石けん、着替え一式を購入していく。


「その辺りなら魔王城内にもあるわよ」


「ん? そうなのか。でも個人用に持っておくといざというときに安心だからな。特に石けんは。それから手袋とかがあるといいんだが、流石にないよな」


「防寒具の手袋ならあるわよ?」


「いや、防水のやつ」


「ああっ、返り血で剣が滑らないようにする手袋ね。ミノタウロス族がよく愛用してたわね。斧がすべって落とさないようにって。大型魔族の防具ってイメージだから、ユニの手に合うサイズがあるかは分からないわよ?」


 防水の手袋を探し、わたしたちは防具屋に行くが案の定、ユニやわたしの手に合うサイズは無かった。

 でも、これだけは諦めないようで、作成者に特注してもらうよう防具屋に注文した。


「多少時間が掛かってもいくつか作っておいて欲しい。すぐには使わなくてもいずれ必ず必要になるからな」


 それから、防具屋では頑丈なクツも購入。


「なに、蹴りが得意なの?」


「いや、床がどんな場所かわからないから、いざというときに力が入る様にクツはしっかりしたものを履いておいた方がいい。ケアラはその点、良いクツを履いてるな」


「そうでしょう! やっぱり高威力の打撃は足からだと思うのよね。だから足元が不安定だとイヤなのよね。あとは蹴るときに、固いクツの方がダメージ大きいし! その点、このクツはそれら全てを満たしてくれているわたしのお気に入りメーカーなのよ! ガーゴイルの頭も蹴り砕くってのが売り文句ね」


 メーカーロゴは頭のないガーゴイル像。


「売り文句含めてなかなかいいな。そっちにすれば良かった……」


 物欲しそうに見つめてくるんだから。仕方ないわね。


「いまの防具屋には無いわよ。専門店にしか売ってないから、今度買っておいてあげるわよ。結構高いんだから感謝しなさいよ」


 正直、自分が気に入って使っているものを褒められると気分いいわね。


「ああ、ありがとう助かる。それまではこっちを使っておくよ」


 最後にユニはアルコール度数の高い酒を数本購入したと思ったら、そのうちの1本をわたしに渡してきた。


「なにこれ? ま、まさか、わたしを酔わせてどうしようっていうの!?」


「いや、手指消毒に使う用だ。水で手を洗うよりこっちの方が効果的だから魔王に会う前と後に手に吹きかけろ」


 その言葉にわたしはちょっとムッとする。


「ユニ、もしかして魔王さまをバイキン扱いしてない? 消毒なんてしなくても大丈夫よ!!」


「別にバイキン扱いはしていないよ。むしろ逆だ。俺やお前は普段の生活があるから色んなところを出歩くだろ? そこで病原菌が手についたまま魔王に触れたら、それこそ病気になるぞ? 健康なやつは罹らない病気でも、そうじゃない相手もいる。消毒は自分も相手も守る手段だ。

それに、俺らが病気で倒れたら誰が介護するんだ? 自分を守ってはじめて誰かを介護できるんだ。そこを忘れるな!」


 ユニはすごく真剣な眼差しで、本気で皆の健康を気にしているのがわかる。

 むしろ、そんな気遣いにムッとしたわたしの方が恥ずかしい。


「そ、そうね。ごめんなさい。わたしの早とちりだったみたい」


「気にするな。分からないことは質問してほしいし、その結果、お前が傷つくことが少なくなるのなら俺も嬉しい」


「えっ? ユニ、まだ出会って大して経っていないのに、そこまでわたしのこと……」


 ちょっと、やめてよね。そんなこと言われたら恥ずかしいじゃない。それもこんな往来で。


「ああっ! もちろんだ。介護はチームワークが重要だしな。それにケアラが欠けたら介護崩壊するしな! 心配するのは当たり前だ!!」


「あっ、そうよね」


 うん。わかってた。一瞬、恋愛方面も考えたけど、いくらわたしがキレイだからって、そうそうこれまでのやり取りで恋愛感情なんて生まれないってことくらい分かっていたわ。


「さて、それじゃ、道具もそろったし、そろそろ魔王のところに行くか!」


 ユニのセリフを聞きつつ、いまいち釈然としないまま、わたしたちは馬車へと戻り、魔王城へ向かった。

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