第5話「労働条件」

 馬車の中、御者に転移魔術を行使してもらいながら勇者と待遇の話になる。


「さてと、ケアラでいいんだっけ。で、労働条件なんだが、最初のうちは休みとかは気を使わなくていい。人員が増えれば、勝手に休みも取れるようになるだろうし。ただ、賃金は譲れない! ここだけは譲っちゃいけないと思うんだ。俺の元いた所じゃ、介護の賃金はそりゃあ安くて、3Kの代表格として挙げられるくらいだ」


「3K?」


 このユニという勇者はたまにわたしのわからない言葉を使うな。


「キツイ、汚い、給料安いの頭文字で3K」


 ……確かに、魔王さまの介護はキツイ。しかも粉塵ふんじんでめっちゃ体汚れたし。通常業務にプラスされた仕事で給料が適正とも言えない。


「ああっ!! それはわかるぞ!! 確かに。確かにだ!! 給料は任せろ。絶対言い値で高額にしてやるぞ!!」


「おおっ!! そうか。お前、意外に話が分かるな。だいたい、魔王軍の月の平均給料ってどれくらいなんだ?」


 勇者はパッと顔を明るくした。

 イケメンの笑顔は効くからやめてほしいんですけどっ!


「側近のわたしで金貨10枚。他の平均的な魔族の給料は月銀貨7枚ってところだな」


「なら、俺も金貨10枚だ!」


 わたしはユニの発言を片手で制止した。


「ふざけるな! あの魔王さまの世話を任せるのだぞ! あんな大変なことを受けてくれたんだ。もっと出すに決まっている月金貨12枚くらいは妥当だし、わたしの権限でなんとかしてやる」


 金貨10枚前後は超高難度クエストのクリア報酬に相当するし、魔王さまの介護ならそれ以上の難易度でもおかしくない。妥当も妥当なところよ。


「お前……、いや、ケアラは良い女だな。ここまで話がわかる奴がいるなんて」


 なぜかユニは目に涙を浮かべているだけど。

 そんなにお金が欲しかったの?


「俺のところじゃ、月15万、いや、銀貨3枚くらいで介護していたんだぞ。それを金貨12枚も出してくれるなんて……。しかも、こっちはこっちで、最初に銀貨5枚渡されて、あとは自力でクエスト受けて、魔物倒して、魔族倒して稼いできてたんだ。かなりの額は稼げていたけどさ。勇者の仕事ってそんな認められてないのかなって、俺の選ぶ職業は全部不遇職なのかなって。でも、ケアラのおかげで報われた。前世の俺がすでに報われた。ありがとう」


 えぇ……、なぞに感動されても怖いんですけど。ま、まぁでも魔王さまの介護に前向きなのは良い事ね。うん。


「労働条件も決まったところで、着いたみたいよ」


「メリーズから、約1時間ってところか。すごいな転移魔術ってのは」


 馬車から体を乗り出し、外の風景を見ようとするユニを見て、わたしは忘れていたことを告げる。


「あっ!! ちょっとユニ、待って!!」


「ん? どうした?」


「そのままの恰好だと人間ってバレちゃうから、変装用に全身鎧を用意したんだけど」


 馬車内で一式手渡すと、そのまま返品された。


「……なんでっ!?」


「せっかく用意してもらって悪いとは思うが、これから俺らがやるのは介護だ。直接相手の体に触れることもあるし、転んだりしたときには支えなくちゃならない。そんなとき、こんな物を付けていたら相手がケガするだろっ! アクセサリーとかも同様だからな」


 確かにユニは魔法効果のある指輪も防御力を高めるベルトもしていない。

 逆にわたしは身体能力や魔力をあげる髪飾りや指輪を装備していたので、急いで外す。


「言われたことをすぐに実践するのは好感度高いな。ましてやこっちの世界じゃあ、色々と能力が付随するものだから外すの躊躇うと思ったが」


「魔王さまに傷をつける訳にもいかないからね。ユニが言う事は納得できるし、納得できることにはどんな相手からの言葉だって聞き入れるものよ」


「なるほどね。良い心がけだ。さて、それと変装だったな。要は人間と違ければいいんだろ。なら――」


 ユニは前髪を上げると、額に指で円を描く。


「これで、他の奴からは第三の目があるように見えるだろ。普段は髪で隠れてるから俺が鏡を見たときに驚く心配もないしな」


 偶然なのか、それともわざとやったのか計れないけれど、第三の目がある特徴は魔王さまと同じだ。これで強さも魔王さま級なんだから、確実に血統だと勘違いされるわね。それならそれで都合がいいかもしれないから黙っておこう。


「それなら、大丈夫そうね。それと、他に何かいるものがあれば、城下町で揃えてからいきましょう」


「ああ、そうしてくれると助かる」


 御者さんに伝えて、城下町へと降りた。

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