第4話「勧誘(ヘッドハンティング)」

 貿易都市『メリーズ』は人間たちの交易のかなめとなる都市で、メリーズごきげんなという名に恥じない活気に溢れた街。


 そんなメリーズに行商のフリをしつつ、侵入するのだけど。

 門番に魔族だとバレないかひやひやしつつも、特になんの問題もなく、通り抜けられたわ。


「案外簡単にいけるものなのね。拍子抜けだわ」


 もしかしたら、いい品を持ってきてくれるなら魔族でも人間でも関係ないという考えなのかもしれないわね。


「さてと、ここに勇者がいるって噂はいいとして、予想以上に広いわね。流石貿易都市といったところかしら。この中から勇者を探すには……」


 1、魔族の正体を現して暴れる。

 2、居そうな店をしらみつぶしに当たる。

 3、運命力にかける。


 いやいや、どれもダメね。ダメダメね。

 現実はそう甘くないんだから!

 メイドさんたちとミノンちゃんに頼んで、なんとか1日、勇者を探す時間を作ったのだから、無駄な行動は避けたいわ。


「あ~、ちょっと、なんで魔族がいるんだ?」


 そんなとき、不意に背後から声を掛けられて咄嗟に振り返る。

 わたしに気配を悟らせないで声をかけるなんてなかなかやるわよね。どんな面なのかしら?

 マジマジと見て見ると、それなりのイケメン。まぁ、人間からすればわたしはキレイな方だからナンパの1つや2つ……って、この男、魔族って言った?


「な、なななななな、なんのことですか?」


 け、けして、汗をだくだくかいたり、目を泳がせてはいけないわ! 演技するのよ! 心は女優になるのよケアラッ!!


「いや、魔族特有の魔力がダダ洩れだから。しかも、めっちゃ汗かいてるし目泳いでるが。それにそれだけ魔力だだ漏れなら俺以外にも気づいてるやつはいるんだけど。まぁ、それは別にいいんだ。あんたの滞在目的さえ分かれば」


 もう完全にバレてるみたい。

 相手のイケメンが平静に聞いてきてくれて、話し合いができるのが救いね。


「滞在目的? なぜ、それを知りたいのですか?」


「ぶっちゃけ、ここは利益さえ見込めれば魔族が居ようと構わないんだよ。実際あんた以外も人間に扮した魔族はチラホラと入っているからな。ただ、その目的がメリーズへの攻撃なら話は別だ」


 イケメンの手刀が、わたしの喉元にすんどめされる。

 早いっ!!

 なんとか見えたけど、今の避けられたかは微妙なところだったわね……。


「で、何をしに来たんだ?」


 先ほどまでの平静な雰囲気はなく、殺気に溢れてるんですけどっ!


「え、えと、わたしは人探しで、その……、勇者を探しに」


「えっ? 俺を?」


 イケメンはきょとんとした表情を見せる。

 わたしもきょとんとしながら、思わず指差しながら、「勇者?」と聞き返した。


「ああ、そうだけど」


 よくよく見ると、顔は確かに情報通りスッキリとした顔立ちのイケメン。体躯も程よい筋肉をつけているわね。

 だた、服装は普通のチュニックにズボン、それに濃紺のジャケットを羽織っているだけで、パッと見は完全に村人なのよね。

 でも、村人がそうそうあんな手刀できてたまるか!


「あ~、もしかして暗殺しにきたとか?」


 わたしは即座に首を横に振った。それはもう全力で。

 魔王さまの元に上がって来た報告記録じゃ、もうすでに十数回暗殺を試して、ことごとく失敗している。

 この魔王側近のわたしがそんな無駄なことをする訳がないじゃない!


「なら、なんで俺のところに?」


 わたしは地面へ両手両足をつけ、人間に伝わるという伝説の懇願ポーズ、「ド・ゲ・ザ」なるものをしつつ訴える。


「お願いします。どうかわたしと魔王城の従業員たちを救うと思って、ボケてしまった魔王さまの介護を引き受けていただけないでしょうか? もちろん、報酬は最大限考慮した値でお渡しします」


「すまない。意味が分からな過ぎてついて行けないんだが……。とりあえず、クエストとして介護を受けろってことか?」


「ま、まぁ、そうなりますね」


 どうせ、断られるに決まっているけど、交渉は断られてからが肝だ。最終的には絶対勇者に魔王さまを看てもらうわ!!


「魔王軍と人間は敵同士だし、俺が居なくなったら人間不利になるよな?」


 やっぱりそうよね!

 でも、それについては考えてあるわ。


「わたしの力で停戦か休戦にします!」


 ド・ゲ・ザの姿勢のまま必死に訴える。

 そもそも魔王さまがこんな状況じゃ人間との戦いどころじゃないしね。


「あんたに、それだけの力がある保証は?」


「あっ、申し遅れました。わたし、魔王側近のケアラ=イフリーと申します。どうぞこちらを」


 わたしは顔を上げ、勇者を上目遣いに見つめると、木札で出来た名刺を差し出した。


「これはご丁寧に」


 急に腰を低くして名刺を受け取り、まじまじと眺める。


「偽造の可能性もあるが、このクオリティはこっちじゃ滅多にお目にかかれないし、それなりに側近だというのは信じてもいいな」


「それじゃあ、受けてくれるってことで! さっそく魔王城へ行きましょう!」


 瞬時に立ち上がったわたしは、勇者の腕を取って連れて行こうとしたんだけど、


「いやいや、待て待て、まだ受けるって言ってないだろ」


 凄まじい速度で腕を振り払われた。まるで汚いものを扱われたようで、微妙にショック!!


「残念。そのまま連れていければこちらのもんかと」


「いや、無理があるだろ。一応これでも俺、勇者だよ。馬車で何日も掛かる道のり拘束できないだろ」


「転移魔術があるので一瞬ですけど、今の動きを見る限り、それでも厳しそうですね」


 勇者は呆れたような表情を見せて、ひとつため息をついた。

 ここで諦める訳にはいかないわ! 諦めたら、本当に、本当の意味でお先真っ暗になるんだから!! 


「それなら、あなたが魔王さまの面倒を看ることのメリットをプレゼンさせてもらうわ!」


 このプレゼンに全てが掛かっているわ!

 わたしは少しでもそれっぽい賢い雰囲気になるよう指を1本立てて説明する!


「過去のデータを参照にしますと、魔王軍と戦った勇者の末路はそれはそれは悲惨なものなんですよ」


 わたしがそう言うと、うんざりしたような顔で勇者は口を開いた。

 

「あれだろ、どうせ、魔王討伐後に国から追われるってところだろ? 魔王を倒せるくらい強い力は危険だって。そういう展開は結構読んだことあるしな」


 えっ!? 驚いた。なんで、この勇者知っているのよ。

 まぁ、今の魔王さまになってからは無敗だから、どちらかというと負けた勇者はニセモノだったとかって扱いが多いけれど。どのみち、人間の統治者なんて自分勝手なのよね。


「だから正直なところ、いくつか質問に答えてもらえれば、このクエストを受けてもいいと思っている」


 勇者の口から思いがけない言葉に、わたしは一気に有頂天になる。


「えっ!? ほんとう!! ありがとう!! 本当にありがとう!!」


 これで、わたし、死ななくて済むわっ!!

 勇者の手を握り、これでもかとブンブン振るう。


「だから、待て待て! 質問に答えろ!!」


「あっ、そうだった」


「じゃあ、まず1つ目。なんで魔王が認知症になったことを俺に言った? 敵にそんなこと言ったら不利になるだろ」


「にんちしょー?」


 初めての言葉が出て来た。

 なんのことなのかしら?


「ボケたってこと」


 なるほど。人間の間ではそう言うのね。勉強になったわ。

 で、理由よね。


「ええ。それは。それだけ切羽詰まってるととって貰っていいのと。魔王さま戦いは全然出来そうだから、そこまですぐに戦力差が出るとは思えなかったからね。むしろ、暴れて魔王城や城下に被害が出て、徐々に衰退していく方が問題なのよね」


「なるほど。それじゃ2つ目。勇者の悲惨な末路ってやつを知っても俺が受けない場合はどうした?」


「わたし、これでも悪魔族なのよ。もし勇者がありとあらゆる欲がない聖人みたいな人じゃなければ誘惑する自信があったわ」


 わたしは、足とバスト、ヒップが強調されるよう魅惑的なポーズを取ってみせる。


「あーそうですねー」


「なぜ、棒読みっ!? くっ、色仕掛けより金の方が有効なタイプか」


 女の子にこの対応は酷くないっ!?

 かなり傷ついたけど、ここは勇者の不興を買わないようにグッと我慢よ!


「最後に、俺一人で介護は無理だから後進育成もする。まずはお前が手伝え、それが条件だ」


 え、えっと、その条件って、わたしの命の危機まだ去ってないっぽい?


「ま、まぁ一人でやるよりは生存率高そうよね。いいわ。わたしももちろんやるわ!」


「オーケー。ならこのクエスト受注してやるよ。俺は、ユニ。ユニ=ヴァサルディンだ。よろしくな。まぁ、介護なら昔、散々やってきたからな。大船に乗った気でいてくれ!」


 こうして、なんやかんやで勇者の勧誘に成功したんだけれど、同時にわたしの介護生活の開始でもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る