第3話「求人(勇者求む)」

 わたしは厨房におもむき、熱々の紅茶を落とさないように気を付けながら受け取った。

 椅子に座ってから、気持ちを落ち着けようと紅茶を一口すする。

 茶葉の風味が鼻に抜けていく。

 ふぅ、と気持ちを落ち着けてから、声のトーンを落としてメイドさんと料理長に問いかける。


「ねぇ、魔王さまのこれって、ボケちゃったんだと思わない?」


「え、えっと……」


 メイドさんは口淀むけど、当然よね。公に口にするにははばかられる内容だもん。


「まぁ、ボケたんじゃないですかねぇ」


 そんな中、料理長はズバっと口にしやがったわ。


「ですよねぇ! 正直これって死活問題だと思うのよね。ただでさえ、最近の魔王さまの采配は微妙なところがあって、人間たちに対して劣勢だったのが、これでボケたことが公になったら魔族全体の士気にも関わるわよね」


「隠すのはいいとして、誰が面倒見るんです? ケアラさまだけでは限界があるでしょう」


「ええ、わたし一人では確実に死ぬわ。魔族の死活問題の前にわたしの死活問題よね。そこで、ちょっと考えたのですが」


 わたしはどうしようもない作戦を伝えると、メイドさんも料理長も驚きの声を上げた。

 だけど、すぐにメイドさんはその作戦を受け入れてくれて、準備をする為に一旦自室へと下がっていったわ。


 前々から思ってたけど、あのメイドさん、メンタル強すぎない? 切り替え早すぎるのよね毎回。


 そんなことを考えていると、小走りにメイドさんは戻ってきた。

 手には大量の本を抱えて。


「はい。ケアラさま、こちらがいま、人間たちが好んで着ている洋服です」


 どさっと置かれた洋服のカタログ。

 わたし、あまりファッションに興味ないのよね。そもそもどれを手にすればいいのかしら?

 手が空中を彷徨い、どれをまず手にするか迷っていると、すかさずメイドさんは目を輝かせながら、一冊のカタログを開いた。


「ケアラさまはキリッとした顔立ちですから、このあたりなんか似合うと思うんですよね」


 そのページを伺い見ると、黒に金色の刺繍が施されたドレスが写っている。


「いや、わたしの作戦聞いてたよね? どうみてもこんな貴族令嬢みたいな恰好してたら怪しまれるわよ!」


 ハッとした表情を見せたメイドさんは、まるで事前にわたしに合う服を考えていたかのように次のカタログを開いてみせた。


「ああ、そうでした。純粋にケアラさまに似合う服をチョイスしてしまいました。でしたら、こちらなんてどうでしょうか?」


 次に勧めてきた服は、リボンのついたシャツに黒のパンツ。


「確かに、これなら動きやすそうだし、わたしに似合いそうで丁度いいわね。それじゃあ、この服で作戦を開始するから、メイドさんあとで用意しておいてくれますか?」


「かしこまりました。ですが、本当にやるんですか? 他に方法はなかったんですか?」


 心配の声をあげるメイドさん。それに追随するように料理長も顔をしかめながら声を上げる。


「そうだな。勇者に魔王さまの介護を頼むとか正気だとは思えないが」


「じゃあ、料理長が魔王さま見てくれますか? お給料はわたしの権限ではずみますよ」


「いや、頑張って勇者を勧誘してきてくれ!」


 都合が悪くなると料理長は、調理場へと下がっていった。

 まったく、これだから男はっ! メイドさんの方が余程肝が据わっているわね!


               ※


「さてと、それじゃ、まずは勇者に近づく為に、人間に変装しなきゃね」


 鏡の前に立ち指をパチンと鳴らし、魔法を行使する。

 すると、わたしの悪魔族特有の青紫がかった肌の色が人間と同様の肌色に変化する。あとは頑張って羽を収納してっと。

 これで、直接背中でも触られなければ、悪魔とばれることもないでしょ!

 あとはメイドさんが洋服を持ってくるのを待つ。


 鏡に映るわたしの容姿は、魔族基準では、まぁ普通かな。多種多様な種族がいるのもあって、人間顔ってそこまで人気じゃないのよね~。全体の1割くらいかな。好かれるの。

 ただ、人間基準でいえば、そこそこだと思うのよ。

 美人と可愛い子との間くらいの顔立ち、スタイルも抜群とまでは言わないけれど、それなりにいいし! 何よりほっそりとしていて、かつ筋肉がしっかりついているメリハリのある足は多くの人間に取って魅力的に映るってメイドさんも言っていたわ。

 勇者から魔族に好印象を持ってもらうことはもちろんだけど、最悪色仕掛けを行う覚悟で挑まないとね!


 さて、そんな自己分析をしていると、メイドさんが洋服をあつらえてきた。


「ケアラさま、こちらをどうぞ」


 さっそく着替えてみると、メイドさんの見立ては正しかったようね。

 胸元の大きなリボンは可愛らしさを強調しつつも、シャツという清潔感のある服が美人という側面も際立てている。さらにズボンスタイルということもあり最大の魅力であるスラッとした足のラインがしっかりと出ているのも高ポイントね。


「メイドさん、流石ですね。これなら勇者も話くらいは聞いてくれますよね」


「ええ、きっと大丈夫だと思いますよ。むしろ、ケアラさまに惚れられたりする方が困ります!」


 本気なのか、お世辞なのか分からないけれど、誉め言葉を受け取ったわたしは、そのまま、勇者が滞在していると噂の貿易都市『メリーズ』に向かって馬車を走らせた。

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