第2話「状態観察(炎上中)」

「ごめん、ミノンちゃん、わたし、行ってくる!!」


 エールのジョッキをミノンちゃんに預けると、燃え盛る魔王城へ向かって走り出した。

 城下では、瓦礫に潰されぬよう逃げ惑う魔族たち。その波をかき分け進む。


「くぅ、進みづらいな、もう!」 


 急を要する事態だし、仕方ない。

 わたしは翼を広げると、空へと舞い上がる。


 翼を全力全開で羽ばたかせ、超特急で門前へ。


「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ、はぁ、長距離、飛ぶの、苦手なんだから」


 体力を著しく減らした甲斐はあるわね。

 次の被害が出る前に今にも泣きそうなメイドさんと出くわせたわ。

 魔王さまの部屋へ向かいながら事の経緯を聞くと、気絶から目を覚ました魔王さまは、わたしのことを「ナイスキック」と褒め、上機嫌に寝室に向かったそうだった。

 いつもの魔王さまのようで安心していたメイドさんだったのだが、ベッドに入って少しすると、口論するような怒鳴り声が聞こえてきたそうだ。


「魔王さま、どうなさいました?」


 慌ててメイドさんが部屋へ入ると、そこには何もないところに怒声を浴びせる魔王さまの姿が。


「で、その口論が激しくなって魔王さまが爆破の魔法を使ったと」


「はい。わたくし共ではどうしようもなく、ケアラさまを探しに行こうと思っていたところに駆けつけてくださって、本当に本当に助かりました」


 まぁ、でしょうね。わたし以外じゃ、この魔王城に魔王さまの攻撃に耐えられる魔族はいないだろうし。


「呪術や暗殺者の可能性もあるから下手に部屋に入らなかった判断は賢明でしたね。あとは任せてください。あっ、終わったあとに飲む紅茶でも用意しておいてくれると助かるわ」


 サムズアップとわたしの笑みに釣られたのか、メイドさんも笑みを浮かべ、「はい。お砂糖たっぷりで用意しておきます」と応え、立ち去った。


「さてと、鬼が出るか蛇がでるか」


 個人的には暗殺者が一番対応が楽で助かるんだけどなぁ。暗殺者来ないかなぁ。

 わたしは祈りと共に思い切って魔王さまの寝室の扉を開け放った。


 天蓋付きのベッド、黄金の調度品に様々な季節の自然物が表現されたウールで縫われた絨毯、それらに埃というか瓦礫というか、とにかく壁だったものの破片が飛び散って汚れている。

 炎は石造りの壁のおかげがすでにほとんど消えていたのは不幸中の幸いね。


「魔王さま、ご無事ですか?」


 魔王さまの安全を確認しつつ、呪術や暗殺者の気配に気を配る。が――。


「何もない……、ということは」


 最悪の結末を想像していると、


「むぅ!! 貴様人間の分際で、この魔王の寝室に忍び込むとはいい度胸だ!!」


 何もない部屋の隅に向かって、怒鳴り散らす魔王さまの声が聞こえてくる。


「魔王さまっ!? そこには、何もないですが?」


「ん、ケアラかいい所に、そこにいる不届き者を倒すのじゃ!!」


「えっ、いや、ですから、何もいないですよ。しっかりしてください」


「いいや、居る! さっさとやるのじゃ!!」


 わたしは目を細めて確認してみるが、やはり何もないし、誰もいない。


「むぅ! お前がやらぬのならわしがやろう!!」


 バッと手をかざし火球が壁へと放たれると、あっという間に壁が溶けてなくなっていくという恐怖映像を見させられる。


「ぬぅ、これでも平然としいておるとは、貴様勇者か!? ならば、これならどうだ」


 爆破魔法デストロイ・ボムが炸裂する。

 もはや、寝室の壁の3分の1は壊され、よく部屋自体が壊れないな~と現実逃避気味の謎の感想を抱き、同時に魔王城を建設した大工を褒めたい気持ちに駆られる。

 あ~、また炎が……。炎って見てると癒されるわよねぇ……。

 いやいや、現実逃避はやめよう。とにかく、この被害を抑えなくちゃ!


 ぶんぶんと頭を振って現実に戻ってから魔王さまへ話しかける。


「魔王さま、ここまでやればいいんじゃないですか?」


「いや、まだだ。まだ、そこに勇者がいる!!」


「えっと、魔王さまの攻撃をこれだけ受けてピンピンしているとか、勇者ってバケモノですか!? 人間が最強種族になりませんっ!?」


「だが、そこに、まだ……む、いなくなったのだ」


 満足したのか魔王さまは自分からベッドに潜り込み、すぐにスゥースゥーと寝息を立て始めた。


「なんとか、なったのかな……。いや、概ねなんとかなってないわね」


 風通しの良くなり過ぎた魔王さまの寝室、そこに炎で熱された陰湿な風が入り込み、わたしの体にまとわりつき不快感を与える。

 なぜ、こんなことに……。


                ※


「あの、ケアラさま、大丈夫ですか?」


 ようやく静かになった魔王さまの部屋に、メイドさんが恐る恐る声をかけてくる。


「まぁ、なんとか、明日にでも大工さんを手配しないといけないけどね」


 わたしは最後の爆破魔法で燃えたところを拳圧で火を消しながら笑顔を返す。


「それなら良かったです。では、いま、紅茶の用意をしてきますね」


 安心した表情を見せ、ほっと胸を撫でおろしたメイドさんは厨房へと小走りに駆けて行く。

 わたしは完全に独りになったことを確認してから、あえて独り言を呟く。というか声にでも出さなきゃやってられないわ。


「しっかし、これってあれよね、たぶん、魔王さまボケたってやつよね。マジでどうしよう。自分の身もかわいいし、かといって魔王城の従業員を見捨てる訳にもいかないし。こりゃ、マジにあの手を考えるしかないかしら……。とりあえず、紅茶飲んでから考えましょ」

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