魔王さまが認知症っ!? 最強魔王の側近は背に腹は代えられないから勇者に介護お願いしたらプロだったから教わります!!

タカナシ

第1クエスト 介護準備

第1話「プロローグ(はじめに)」

「余はまだ夕飯を食べておらんと言っておるだろうがっ!!」


 執務室に居たわたしの元まで聞こえてくるような大声が魔王城内に響き渡る。


「今の声は魔王さま!?」


 聞く者に恐怖を与える怒声にわたしでも微かに手が震える。けどっ! なにがあったのか確めなくちゃ! それが側近であるわたしの務め。


 そのとき、勢いよく扉が開かれた。


「ケアラさま、メイドがヤバイ! すぐ来てくれ!」


 持ち場の違う料理長がわたしを呼びに来た。ということは、それだけ切羽詰まった状況ってことよね!! 急がなくちゃ!


「料理長、何があったの?」


 一分一秒も無駄にできない! わたしは魔王さまの部屋へ向かいながら、状況を尋ねた。


「メイドがオレの料理を魔王さまに持って行ったんだ」


「料理がお気に召さなかったってこと?」


 料理長は首を横にふる。


「料理は完食だった。だけど、まだ夕食を食べていないって言ったらしいんだ」


「どういうこと? 食べたのに、食べてないって? ふざけてます?」


 お遊びに付き合うほど暇ではないのだけど、という無言の念を込めてキッと睨みつける。


「いやいや、ふざけてたら、あんな魔王さまの怒声は上がらんだろ」


「まぁ、それもそうね」


「メイドも食べましたよって答えたんだが、それが良くなかったのか、ご立腹だ。このままだとメイドが殺されちまう」


「まぁ、それとなく状況は分かったわ。わたしがなんとかするから!」


 急いで玉座の間に駆けつけると、そこには瞳に涙を浮かべるメイドさん。

 まじで焦ったわ。なんせ魔王さまからは殺気がダダ洩れだし、メイドさんは委縮して動けなくなっているし。

 このままじゃメイドさんが殺されると思って、すぐに間に立ち、メイドさんを料理長に連れ出してもらう。

 部屋をメイドさんが出たのを確認すると、魔王さまに尋ねた。


「魔王さま、もう少し夕食を食べたいということでいいですか?」


「だから余は食べとらんっ!!」


 問答無用で、魔王さまは手をかざしてきた。


「いっ!」


 とっさに体を捻る。その直後、火球プチ・インフェルノがすぐ脇を通り抜けていったわ。

 あ、あぶなっ! なんとか反応して避けれたけれど、無詠唱でこんな魔法。わたしじゃなければ死んでたわよっ!!


 ジジジッ。


 なんか、変な音がするんだけど、見たくない。全っ然、見たくないんだけど、ゆっくり火球が飛んで行った方を見ると、魔王城の石壁が溶けている。

 相変わらずの高威力。普通えぐるとか焦げるとかよね。なに溶けるって!!


 もし当たっていたらと思うと全身に冷や汗が湧き出る。


「えっと、これ、わたし死ぬんじゃないかな~」


 冷や汗で背中がびしゃびしゃになっているのが分かる。

 乙女としては誰にも見せられないくらい汗だくだと思うんだけど、メイドさんたちの視線はわたしに集まる。

 というか、この状況、汗だくでも誰もわたしを責めるものはいないわよね。むしろ居たら喜んでわたしと立場を代わってほしいわよ!


 ぶっちゃけ、めっちゃこの場から逃げ出したい。逃げ出したいけど、みんなの期待を一身に背負っている為、逃げられない。というか、逃げたらわたしを呼んだ料理長も、魔王さまの下膳に伺ったメイドさんも、もれなく被害にあうわよね。

 仕方ない。ここは魔王さまの言う通り、もう一度夕食を出そうっ!


「すみません。魔王さま、いま夕食をご用意してまいります」


 わたしが深々と頭を下げると、納得したのか、「うむ」と頷いて大人しく玉座へと座ってくれた。


 その場から退室すると、「ふぅ」と一息吐いた。

 汗を拭ってからメイドさんに再び夕食を手配するよう伝え、わたしはまた魔王さまが暴れ出さないか監視する。


 今のところ魔王さまは、高貴で威厳漂う玉座へ鎮座されている。

 その風格は先ほど暴れていた人物とはまるで別人ね。


 魔王さまは一見、悪魔族のわたしと同じで人間と大差ない姿だ。蝙蝠のような翼も山羊のような角もなく、ただ人間と区別できるのは額にある第三の目があるということくらい。

 年を召した魔王さまは長い白髪と髭を携えているけど、だいたいの魔族はこうなる前に死んでしまうため、その風体を見ただけで只者ではないということを万人に知らしめる。

 まぁ、そんなものなくても、その圧倒的なプレッシャーは対峙した相手に絶望を刻み込むんだけどね。たとえ今がラフなパジャマ姿だったとしても。


「お、お待たせしました」


 魔王さまを監視するわたしに背後から震えた声が掛かる。


「メイドさんに料理長まで。すみません、魔王さまが」


「いえ、ケアラさまがお気になさることでは。それで……」


 メイドさんはなんとも言い淀んでいるが、わたしにはすぐに何を言いたいか予想がついた。


「大丈夫よ。これも側近の務めよ!」


 夕食を届けて来いってことよね!

 この中で一番死ぬ確率低いのわたしだし!


「骨は拾ってください」


 わたしは最高の笑顔を見せ、夕飯の入ったトレイを引き継ぎ、魔王さまの部屋へと入って行った。


「魔王さま、夕飯をお持ちしまし――」


「ケアラか? 夕飯か? 余は、お腹いっぱいだしいらんっ!」


「えっ? ですが、先ほど、夕食を食べていないと……」


「いらぬと言ったのが分からぬかっ!!」


 あっ、やばっ!!


 周囲の温度が下がり、幾重もの氷柱が地面から隆起する。


「ふぅ、危ない」


 わたしは翼を羽ばたかせ、なんとか夕飯のトレイと共に上空へ飛び難を逃れたのだが、


「あっ、まだ1本残ってた」


 時間差で襲ってきていた氷柱の最後の1本がわたしの手からトレイを落とす。


「はぁっ!! ご飯が」


 無常にも地面へと落ちて台無しになる夕食を見て、ピキッとスイッチが入る音がする。


「食べ物粗末にすんなやぁ!!」


 一閃。わたしの高速の蹴りが魔王さまの顎を正確に捉え意識を刈り取った。


「ああ、なんてこと……」


 気絶した魔王さまを尻目に夕食だったものと氷柱を片づけ、メイドさんと料理長に平に謝る。

 

              ※


「あ~、やっちゃったよ」


 城下にある行きつけの酒場でエールをゴクゴクとあおる。なんで、悲壮的な状況なのにエールは美味しいのかしら。


「えっと、ケアラちゃん、何があったの?」


 葡萄酒の樽を片手に話しかけてきたのは、よくここで一緒になる、魔王四天王補佐官、ミノタウロスのミノンちゃんだ。

 牛頭のスタイル抜群の女の子、いつ見てもお化粧は欠かさないしファッションセンスも良い。趣味はお菓子作りのメッチャ女子力が高い子なのよね。

 お酒のチョイスも葡萄酒だし。


 そんなミノンちゃんにわたしは今日の魔王さまのいきさつを説明すると、ミノンちゃんは青ざめる。


「えっ、魔王さまに蹴りって大丈夫なの?」


「あ~、どうだろ? 昔は蹴りくらいじゃなんとも言わなかったけど。もしかしたらクビかも。正直、今の魔王さまの側近をするのは精神的にも肉体的にも辛いわぁ。下手すると魔王さまの攻撃で死ぬかもしれないし」


「わかる~。うちの父親もそうなのよっ!!」


「そっか、そっちの上司の四天王はお父さんなんだったっけ」


「まぁねぇ、数百年前は英雄だったみたいだけど、今じゃ見る影もないし一日中寝てるし」


「そうよね。人間との争いも今年で300年とかだっけ、そりゃ昔の英雄って言われた人たちも老いるわよ。実際、最近どうなの? 魔王さまも四天王もみんな年でしょ?」


「正直かなり劣勢よね。しかも、今回の勇者がめちゃくちゃ強くてカッコイイのよ」


「ああ、ステータスだけなら魔王さま並みって勇者でしょ」


「そうそう。一回やりあったけど、全然歯が立たなかったわよ」


「ミノンちゃんでもっ!? そりゃすごい。そこまで強いなら魔王さまと居ても大丈夫だし、いっそ魔王さまの面倒とか見てくれないかしら?」


「はははっ! それいいわね!!」


 お酒も入り、愚痴に荒唐無稽な話にと、雑談にも花が咲いた頃、不意に店内を揺らすほどの爆発音が遠くから響き渡る。

 ミノンちゃんとわたしは急いで外へ出ると音の出どころを確認する。


「ケアラちゃん、あそこって」


 もくもくと上がる煙は魔王城最上階、魔王さまの部屋から上がっていた。

 サァーっと血の気が引き、酔いが冷める。


「魔王さまの部屋が燃えてるんだけど……」


 わたしは茫然としながらも、手に持ったままのエールをクイッと一気にあおった。

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