第42話

ジョン・カーライルが戸を開いて出ていった瞬間に冒険者ギルドの時間が再び動き始めた。


狐につままれて居たような甘い余韻。


柔らかい微笑み、そして人懐っこい瞳の輝き。父親そっくりのふわりとした軽い髪。


冒険者ギルドの受付嬢であるオリビアが最初に考えたのは腹話術をミーティス嬢が使っている事だったが、ジョンの瞳には知性の煌めきがあった。


そして、姿が見えなくなってわかる。そこに居たからこその温かみを残していく存在感。


だが、長年の勘から何かを誤魔化された様な違和感がぬぐえない。でもそれは、どうでも良い事に思えた。


受付を担当したオリビアにも他の皆にも生後たった数ヶ月の赤子と八歳に成ったか成らないかの見た目の少女が冒険者登録したという件はさして重要な事だとは、もう思えないのだった。


◇◇◇


ジョンはおかしい。


確かに魔法は使っていたが肝心要のところは魔法の様な何か。魔法でも何でもない鳥肌の立つような奇術でその場を凌いだ。それがジョンだ。


そして、種も仕掛けもないので全く手に負えない。認識阻害、記憶改竄、魅了等々、もしそれが魔法だったとしたら私も納得できたかもしれない。


繋いだ手のひらの感触は柔らかく張りがあり、笑顔は底抜けに明るい。


見た目のバカっぽさと違って深い思考をするジョンが、無理をさせた自分に苛立っているのを感じる。だからと言って一年、二年と先延ばしにしても印象操作は私がやった場合それほど変わらなかっただろう。


ジョンがコレほどとは思わなかったが結果オーライだ。


今、冒険者ギルドに登録するという決断をした。

それだけだ。


◇◇◇


目立てば目立つほど敵が増える。ゲームではそれが当たり前、だからこそ注目を集めないように細心の注意を払う。例えばゲームでは桃太郎というキャラが背中にのぼりを立てて目立つ格好で道中を進んでいたら物陰から狙撃されて終わりだろう。それほどに注目を集めるとは危険な行為だ。

そして、これはゲームではないらしい。

だが、ルールがゲームに準拠していたとして最低でも奇襲で一撃死しない準備を整えてから有名になるのが王道である。


一歳未満で冒険者登録する赤ん坊がどこにいるんだよ。


なんとか誤魔化そうと逆十字星霜プリン逆十字お得意のマジックを披露して難局を乗り越えたが、毎度毎度行き当たりばったりのこんなことをするようになったら俺は前と何も変わらない。


◇◇◇


曲線を多用した美麗な装飾過多な建物がある。商業ギルドの建物だ。


本来の目的地であるそこに、渋面を作りながらミーティスに連れられて入った。


身なりの良い小洒落た衣装を着た商人と、ふしくれだった無骨な腕に如何にも頑固そうな太い眉の背が低く意地っ張りそうな男が立ち話をしてる。


お昼になろうという時間で少しばかり空いていた。


受付カウンターにはこの世に何の未練もないという風体の枯れたじいがいるが、受付嬢ならぬ受付じじいだ。

こちらに視線を向けているが視認されているのに、その瞳には無関心しかない。


話しかけようとすると、その男が口を開く。


「ようこそ、商人ギルドへ」


「奥のカウンターへおすすみください」


立て続けに受付じじが喋るが、何の感情も籠っていない。


奥へ目を向けると営業スマイルを浮かべた如何にも出来る女性がこちらへ向かって来る。


「マイア・ラムズフィールド様から伺っております。ジョン・カーライルさまとミーティス・カーライルさま。折り畳み式赤ちゃん乳母車の特許の申請をお願いいたします」

「私、特許申請を担当させて頂きます。イザベラと申します」


折り畳み式赤ちゃん乳母車だと。

なんか凄くダサいネーミングだが、これがこの世界の常識なのか。











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