第36話 親方

親方に手を伸ばした。


だが、手はあまりに小さくて届きはしない。


俺の前の人生で得ることの出来なかった全てを持つ男。周囲の人々に称賛され、必要とされる人物。


ミーティスはやりすぎなんだ…。俺より年上に見られて当たり前だろうに。女性ってのはなにかと若く見られたいのかも知れない。


痛め付けられた親方がぷるぷると小鹿の様に立ち上がろうとする。

自分に何が起きたのか理解してはいないのだろう。


そもそもが家の壁を掴んで投げるほどの男なのだ。彼は周囲をぎろりとねめつけ、慎重に片膝をつき立ち上がると、遠巻きにしていた職人達がちじみあがる。


だが、満面の笑みで親方は俺を見て笑った。


「坊っちゃん、あんた…。えらい女房を貰うんだな。末恐ろしい…。心臓が止まるかと思ったぜ」

と愉快そうに高笑いする。


誰にやられたのかわかっていながらに笑い飛ばせる貴方のほうが、よほど凄いだろう。心臓を掴まれ、今にも命がついえるところだったのだから…


俺と親方の目が合う。

そして、親方は俺を軽々と持ち上げた。


「羽の様に軽いな、放り投げたら天まで届きそうだ」


親方はミーティスの顔色を伺い、俺に視線を戻す。


「旦那さまはお強いですよ」

ミーティスの声。


俺は何かが見えそうで見えないようなもどかしさを俺は覚えた。


【スキル】触診から親方の解析データが送られてきた。


人物鑑定は修得待ちだな。


ウィリアム

18才

LV8

大工


今は亡きアントリム王家の出自。大胆で誇り高く機知に富む。ウサギの様に出た前歯からラビットと大工仲間から愛称で呼ばれ、民家の外壁を投げ飛ばすほどの腕力をもつ。


王族だと…


触診で解るのは医学的あるいは解剖学的な人体の健康に関するものだと思っていたのだが、今回の触診で得られた鑑定はフレーバーテキストの様なもので読解力を試されている様な気がしてくるものだった。


今は亡き王家の末裔か…

ウサギ顔でラビットと呼ばれてるらしいが、そんなに醜くい容貌ではない。どうみてもイケメンだ。


それにしても、ただの解体屋さんだと思ってたんだが、大工さんだったんだな。


「おっと、わりーわりー。こうして、抱いてると弟を思い出すな」


顔を緩めながらも、悲しみが滲む。たぶん弟さんはもうこの世にいないのだろう。


「あんたも、大切にするんだよ」


当初とは違い砕けた感じでミーティスに話しかけた。

いや、俺にかな。


「ん」

俺は答える。


「おい 、おい。マジか」

そう独り言を言うと、ミーティスに俺を渡した。俺に知性を見たということだろう。

大抵の赤子は寝て泣いてお乳を吸って遊んで寝て泣くの繰り返しだからな。


”こちらこそ、マジかですよ。アントリム王家の末裔さん”


”ミーティス、アントリム王家とは”


「アントリム王家についての詳細を持ち合わせておりません。一万年前に車輪の技術と共に流入してきたクーリット民族、七王の系譜かと推察はしますが…私は直近の数千年は眠りについていたので解りません。お調べしておきます」


亡国の王子ってとこか…

く、羨ましい。ゲームなら主人公だな。

さらには、人望があり人もついてくる。なぜに大工さんやってるんだろう。


しかし、俺のまわりなんか貴族の子弟や王族とかって多くないか。


神もいるしな…とミーティスを見る。


大工の親方であるウィリアムは、再び大声で笑いながらにミーティスにウインクをすると職人を引き連れ家路に着いた。


あいつは良い男だと思う。

大工職人にしてはレベルも8だし鍛えれば…


本人の意思次第だが、付き合っても良いと思った。








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