第35話
俺は無心に隣家のアリオン爺さんの家だった建物が壊されて片づけられていくのを見ていた。
たぶん、レベル7ぐらいあるのだろう。その解体をしている職人がレンガを塗り込めた壁を両手で掴み音を立てて破壊していく。
「親方、流石っす。とても俺達には真似でねっす」
瓦礫を回収し、細かい作業をしていた手元の職人達が親方と呼ばれた男を誉めそやす。
誉められて、まんざらでもないのか頭を掻く親方。
バンダナとターバンの間の子の様な物を頭に巻いているが、今ので確実に埃まみれだ。
「おい、いつまで休憩してやがる。もう一仕事するぞ!」
親方、親方と
”ミーティス。褒美だ、あの者にネクタールを”
俺は小さな手で彼を指さす。
俺の肘掛け椅子の右隣後方30度が定位置の様で、にこやかにしているミーティス。
ネクタール貯蔵庫に移動して、とっとっと、とミーティスが親方に駆け寄り杯に満たされた冷えた果実の汁をそっと親方に差し出した。
「お、あ、すまん。ありがとう」
人の良さそうな親方だ。
懐まですんなり飛び込まれた事がなかったのだろう。呆気に取られながらも素直に礼を言い杯を受け取った親方はごくりとネクタールを
ごくり、ごくり。
ごくり。
頭を抑え、閉じていた目を開けた。
そこには二杯目のネクタールがミーティスによって再び差し出されている。
親方が杯を掴む。
ミーティスは笑顔で飲み干した杯を受け取り、もう一杯どうぞと無言でネクタールで満たされた杯を差し出した。
親方は炎天下の作業でさぞかし喉が渇いていたのだろう。二杯目を一気に飲み干すとウォッカでも煽った様に身震いし、長い息を吐く。
気合いをいれるためか一声低く唸る。
この親方がギアを一段入れ直し、破壊活動をすると、あっという間に更地になってしまった。
確実に親方の全てのステータスが向上しているな。
俺はネクタールLV2の性能検証も兼ねて、これはと思う人物にオースティンと母さまが共同で作っているネクタール、ミックスジュースを振る舞っている。
宣伝しなくても求めて来てくれる方もいるが悪漢にはあげないよと、人物を見ているところだ。人物鑑定を得るにはコツコツと地道に人間観察を続ける必要がありそう。
悪人か善人かを見極めるなどと大層な事が出きるようになるわけではないはずだが、人となりを把握、把握では言いすぎか、人を理解しようと努める姿が追々、【スキル】人物鑑定に繋がるとのミーティスの言葉に、なるほどなと思う。一人一人をしっかり見るようにしている。まぁ、言うほど易しくはない。
「やぁ、お嬢ちゃんありがとね」
仕事終わりに俺達のところに親方が挨拶に来た。
「素晴らしい。体の底から力が溢れ出し、今も沸々と滾っている。この果実水は格別だ」
身体は筋肉質で童顔、愛嬌があり前歯2本が大きい印象だが、それほどバランスが悪くはない。俺の目には顔立ちが超絶美形な筋肉イケメンに見えた。だいたい、この世界は男も女も顔立ちが整い過ぎている。
人は悪行を重ねると顔が歪むとかなんとか聞いたことがある。完全に偏見だとは思うんだが、それが本当ならここは争いのない天国になるだろう。
この親方と呼ばれてる男は目元も優しくそれなりの人格を備えているだろうと期待させてくれる。
「いえいえ、お仕事お疲れさまでした」
俺が親方を見ていると、ミーティスがその様に答えた。
「かぁー、若いのにしっかりしてるね。弟も元気そうだ。オレたちを見て喜んでんのかな」
「弟ではありません。わたくしの旦那さまです」
「お、あぁ。ベビーシッターって事かい」
「違います」
労働の熱気がすっと下がり、周囲の明度も二段階ぐらい落ちたような錯覚。
ミーティスと親方の間に緊張が走り。
剣呑な雰囲気が辺りにたちこめた。
「旦那さま、この男は罰しましょう」
「あんめ」
俺は慌てて答える。くそ、呂律が回らん。
”おいおい、ミーティス。厳し過ぎやしないか。俺のこの姿だ。弟と思われても仕方ないだろう。婚約者だと言っておけよ”
親方は首を絞められていたのを、ほどかれたかの様に膝から崩れ落ちる。
「この方はわたくしの婚約者です」
ミーティスがにっこりと微笑んだ。
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