第33話世界樹の元で

「ところでミリア、あなたの信奉する神は誰なの」


予想外の質問だったのかミリアの眉が上がる。


「トールに決まっています」


今までに無く強い口調。

ただ、すぐに思い直した様だ。


「すみません、ミーティスさま。何故、その様な…」


痛い。

右目の奥をえぐる様な痛みが走る。

トール…

トールは俺のやってたゲームだ。

それで、俺は…


ミーティスの指が、右肩に優しく触れる。


「ミリア、この話しは中断しましょう。旦那さまのご気分が優れないわ」

ミリアが俺に目を向け、視線を伏せる。


ミリアを見ていると何かを思い出しそうな気がする。


”いや、すまない。俺は休む。魔法を使って疲れたのかも”


酩酊状態というか頭が痛い。


「トールの呪いかも知れません」


ミーティスがハッキリと言葉にする。

それを耳にして、心穏やかでないのはミリアだ。


「トールさまが呪いなど、あり得ません」


すっとミーティスの瞳が冷たくなる。


「黙りなさい。旦那さまの周囲には濃密なトールの残り香が漂っています。あなたにはわからないの」


ミリアが言い返せず、口ごもる。


「ごめんなさい、ミリア。言い過ぎたわ」



”え、俺って臭いの?”


くんくんと匂いを嗅いでみる。

トールってヤツに何かされたのか。

瞳を閉じて頭痛を堪えていると一人だけそれらしい人物が思い浮かぶ。

教会の石像に似た。そして、この世界に来るときにほんのちょっとだけ話をした女だ。

しかし、何故こんなにも記憶が曖昧なのだろう。


「旦那さま、あまり無理をなさらないでください」


”あ、ああ。わかった。しかし、俺に何が”


「以前からですが、不都合な真実を認識なされないために、記憶を封印されている可能性があります」


あの、甘ロリの不都合な真実。

トールは神だってことか。まぁ、その認識自体が誤っているのかも。


”封印…。そうだ、俺封印されてるかも”


逆十字星霜プリン逆十字というプレイヤーでMMORPGトールを遊んでいたんだ。それで、何かプレゼントが届いた。

何も入ってないダンボール箱。

黒い白抜きの文字の入ったカード。


ふとよみがえる記憶。


そうだ、俺は知らなかったが、俺は末期のガンで余命幾ばくも無かった。ただ、俺をここに連れてきたヤツは俺の生死など、どうでも良かったんだ。


何を求めていた。


生死は問わず、俺が来る事だけだ。


カードに書かれていたカタストロフィ討伐報奨の文字。


そしてあの恐ろしい女。


”トール”


そうだ知っている。オーディンとヨルズの息子で雷と戦、農耕の神。


俺は首を振る。不確定要素が多すぎる。

ただ、ここでの俺の世界は狭い。今までに会った人物は数えるほどだ。そのなかで、トールである可能性があるのはあのロリータ趣味の女だけ。

とすると、とりあえず俺はトールにこの世界へ招待されたわけだ。


向こうで俺達がMMORPGトールの世界樹を破壊したボス、カタストロフィを討伐したからなのだろうか。


もしかしたら、俺がカタストロフィに最後の止めを刺したという可能性すらある。

俺達、討伐の最前線は戦闘終了とともに多くのスキルを戦闘中にスキルボーナスポイントに返還されゼロスキルの丸裸にされ奪われたと錯覚していた。錯覚か、錯覚というほどでもないか、俺以外の誰もスキルを取り戻せはしなかったのだから。


俺が物思いに耽っていると、ミリアの瞳が力を得た。


「ミーティスさま、ジョンさまにトールの残り香が付着しているのならばそれは、祝福です」


ミリアは深く息を吸う。

「トールは善神です」


司祭相手に神を話題にしてもそれは神学ではなく多くは信仰へと帰結するのだろう。


”善神か…”


「旦那さま、トールは確かに善神ではありますが、人々を欺いてもいます。純粋な善などありません。心を許してはいけませんよ」





















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