第9話
夢が始まった。そして、最初から悪夢だと気づいていた。
深夜、静けさに都市が包まれた頃、冷たい霧が低く生き物のようにうねって通りを流れて行く。
耳の奥で一定のリズムを刻む鐘の音が鳴りだす。居るはずの無い、隣で寝ていた父の微笑みが歪な嘲笑に変化し、苦悶の表情から激しい飢餓をその相貌に浮かべ、己を律しようという自制心からか眼をカッ見開き憤怒の形相へと変わって行く。真っ赤な瞳が仄かに蠱惑的に彩り、ただただ、真白い美しい牙がヌルリと笑みの片隅から父の口許を飾った。
顔が月明かりに照らされた時その瞳には魔力が宿っていた。
何処からともなく母が戸を開け現れ。
「ジョン…ぁなた」
母さんダメだ。父さんはもう父さんじゃない。声を出す間もなく母の首筋にその鋭い牙が食い込んだ。
すると、母の命が瞬く間に萎んで老婆のように枯れ果ると、父にすがる様に崩れ落ちて、ぼろ雑巾のようにくしゃっと潰れた。
やめてくれ。もういい。ダメだ。これは夢だ。やめてくれ。
咽び泣く俺を認識したのか。
親父がこちらへと振り向く。
「んっぎゃー」
夜泣きだ。夜はいつも良い子にしてるのにどうした事だろうと母がやって来るとオムツをチェック。
汗びっしょりに濡れた柔らかな髪を撫でつける。
「お父さんそっくり…」
寂しそうな表情をする。
「はいはい。今オムツ代えるからちょっと待っててね」
タオルで頭をグリグリされ汗を拭かれる。
ああ、良かった。母さん生きてるじゃないか。オムツも乾いたものに取り替えてもらうと、またしても睡魔に呑み込まれるのだった。
「にぎ、はぁり。にぎ、はぁり」
右手、左手。右手、左手。
俺は朝食を終えて筋肉は絶対裏切らないと訓練をしている。もちろん発声練習も兼ねてだ。きちんと発声出来るようになればショタコンの美しいお姉さん達から黄色い声援を受けることも無く、寂しい思いをするかもだが、力こそ全て強くない男は男ではない。
あ、ちなみにこの世界は女尊男卑気味で奥様を養うために男は仕事へ行き。奥様は夫に手伝われ子育てをしている。特に平民の奥様はハサミの取り扱いに長けていて夫が浮気などしたら腸詰めの豚肉に見た目が似た物が焼かれて夫の皿に載るのだとか。そのせいか何処の家庭も至極円満で笑顔が絶えない。くっ、俺のドングリを失って堪るか。
「暗闇に蠢く恐怖と畏れよ我が掌に集いて周囲を示せ〈エリアマッピング〉」暗黒魔法1位サーチの正式発声魔法の呪文。
「あんまむう かっかうれあむ た ちゅ たっあう しっ」
唱えられないがな…
無詠唱で瞬時に発動できなければ、魔法というのは意味を成さない事が多い。そのため、習熟は欠かせないのだ。
暗黒魔法1位サーチを覚えたことにより。0才6ヶ月にして全属性魔法を修得。俺は天才かも知らん。あ、もちろん【アビリティ】天才は不所持だ。アビリティと言えば俺が持ってるのは【アビリティ】勇者と【アビリティ】万魔吸引のみ。後のは世界転移の時に慌てて取得したからかジョン・B・カーライルに全て付いてないよ。悲しい。
【アビリティ】勇者:勇気ある者。強敵に対して怯まない。
勇者ね。これも何かと役に立つ。ゲームの時は強ステータスのエリアボスなんかと遭遇戦に恐慌でスタンが入る事があるのだが、それを受けなくなる。
【アビリティ】万魔吸引:科学技術が栄華を極め、人が別の惑星へと移住した古の時代。万色の魔法は人を育む自然のエネルギーだった。
んー 、万魔吸引ってSFちっくなアビリティなのね。まんま吸引とか大食いから付けたんだと思ってた。とは言えゲームの時は一定確率で攻撃魔法を無効化して魔力変換して貯蓄する。ま、確率で25%ぐらい。たぶんその設定は変わってなさそうだから魔法に対してはかなり強力なアビリティだ。
そして、魔法に関してはゲームと全く変わらん。魔法が現実に使えるっていうのは楽しい。VRMMORPGである可能性を現実的であれと思っている俺は、未だに捨てていなかった。だって魔法だぜ。ステータスで能力値が観れて魔法があるってことはゲームなんじゃないかなって、思ってた時期もありましたが、これ異世界転生じゃね。
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