第3話 運命の赤い糸
学校も行かずダラダラと家で過ごす訳も行かず出来る限り自分の事は自分で生活か出来る様にまずは働く事にした。
とは言っても高校中退で簡単に就職先が決まるわけもなく取り敢えず近くのガソリンスタンドでバイトを始めた。
「神野君、ガソリンを給油するお客様にエンジンルームの点検を申し出てオイルが汚れていたり不足していたら交換や補充をお勧めする様に」
その他添加剤やウォッシャー液等もお勧めする様にしきりに店長兼オーナーが指導をする。
お店の先輩曰くガソリンでの儲けは薄いのでその様な車の消耗品販売で利益を上げる必要が有るとの事。
大半のお客がその様な販売活動に嫌気を露わにし酷い時には煩いとキレられる。
正直この販売活動は嫌いであった。
逆に手洗い洗車は遣り甲斐を持てた。
特に白い車の汚れをシャンプーに浸したスポンジで優しくこすって落としていくと今までくすんでいた車体に輝きを取り戻す。
自分の労力を掛けた成果が見えやすくお客にも喜ばれる事が多い。
同じガソリンスタンドの仕事でも後ろめたく嫌な気持ちになる仕事と遣り甲斐が持てる仕事とが混在している。
いい事も悪い事も、好きな事も嫌いな事も常に混在しているのは学校も仕事もそれ以外も共通している事だ。
そうならば少しでも好きな事、良いことに人生の割合が振れるようにしていきたい。
あっと言う間に秋も終盤となり17歳を迎えた初冬、原チャリでタバコを買いに行くと偶然に宮地と出会った。
「ようアキオ、どこか行くのか?」
「いや、タバコ買いに来ただけ」
「そっか、じゃぁ丁度いいや、俺彼女の家に行くところなんだけど送ってくんない?」
「いいけど宮地のバイクは?」
「俺は無免だから昼間は控えてるんだよね、お巡りにも目をつけられてるからな」
チームの殆どの奴らは免許を持っていない。
免許を持っていても整備不良や共同危険行為などで即免停、免取になってしまうからだ。
「じゃぁケツ乗ってよ」
「悪いな!」
勿論原付なので二人乗りは違法で警察に捕まれば切符を切られ点数を引かれて罰金も取られる。だけど先日の集会ではそれ以上の莫大なリスクを持った中で俺を迎えに来てくれて無事に送り届けてくれた宮地の願いを断れるはずがない。
宮地を後ろに乗せて駅の先の上水方面まで向かう。
出来る限り裏道を選んだがどうしても通り越さねば成らない大通りに出た瞬間、赤灯が回った。
「そこの二人乗りの原付、止まりなさい!」
「アキオ逃げるぞ!」
宮地は号令と共に俺の原チャリのナンバープレートを上に折り曲げた。
俺の原付も族車同様、ナンバープレートをアルミのステイでジョイントし取り付けてあるのでステイから簡単に折り曲げる事が出来、ナンバーを隠す事が出来るのだ。
俺は大通りを一気に渡り裏道に逃げる。
パトカーはサイレンとマイクでの怒鳴り声をけたたましく鳴り響かし猛スピードで近づいてくる。
「そこ左!」宮地の指示に敏速に反応し車体を左に倒す。壁をギリギリにかわしながら出来る限り細い道を選びパトカーを巻いていく。少し引き離した所で上水の側道に差し掛かる。
「アキオ、上水脇入れ」宮地の言うとおりに上水脇の未舗装の道に突っ込む。デコボコの土むき出しの道の張り出した木の幹に車体がバラツキぶっ飛びそうになる。どうにかバランスを保ち上水脇の道を進んでいくとサイレンの音は遠ざかり安堵の空気が流れた。
「もう大丈夫だな、その先の上水脇出たとこの家のガレージにバイクを入れな」
そこには宮地の彼女宅が有ったのだ。
「アキオも寄っていけよ、暫くホトボリ冷めるまで、二ケツは大した事ないけど逃走に成ると免停だからな」
確かにこのままうろつくのはリスクが高い。宮地の勧めを受けて宮地の彼女の家に上がり暗く成ってほとぼりが冷めるまで待つことにした。
「こいつ佐伯優香、元桜中の1個下」、宮地が彼女を紹介する。
多部さんと同級生だ!
「俺は神野アキオ、宮地の元同級生、よろしくね」
「よろしく」
多少の笑顔はあるものの大袈裟な愛想笑いはしないクールな感じの子だった。
「その辺座って漫画でも読んでろよ」
俺は出来るだけ二人の邪魔に成らない様、本棚にある漫画を取りだし静かに読んでいる事にした。
「お団子食べる?」
宮地の彼女の優香がお茶と一緒に持って来てくれた。
「有難う」
「あと灰皿置いとくね」
クールな感じだが気の利く優しい子の様だ。
団子をほおばりお茶で口の中を流すと俺はタバコに火をつけた。
優香と多部さんは知り合いなのだろうか?桜中はマンモス校で一学年に400人程度が在籍する。顔位は分かるだろうが知り合いの可能性は低い。多部さんの事をもっと知りたい、タバコを吹かしながら無性に多部さんの事が気になりだしていた。
タバコを消し読み終わった漫画を本棚に戻すとふと一冊の本が目に入った。
優香の代の桜中の卒業文集だ。
思わず手に取り多部さんの名前を探す。
あった!多部さんの文集だ。
題名は「夢」
私の夢、それは大切な人と平穏に過ごし最後は手を握りしめあい大切な人に見送られながら静かに息を引き取る事。その為に大切な人との関係をゆっくり育てて築きながら1本の幹になれる様な人生を送りたい。ささやかだけど私の夢は本当に好きな人と家庭を築き、幸せに暮らす事です。
何て質素ながら素敵な夢なのだろう。
俺が卒業文集に書いた「俺の目標」との題名でビックに成る事、多くの人に尊敬され最後は後楽園球場満員の葬式を行える様に成功する事。などと小学生並みの思考で書いた内容とは大違いだ。
多部さんの文集に感動しながら何度も読み返していると突然優香が部屋に入って声を掛けてきた。
「何見てるの?」
何故か悪い事をしている様にギクッと背筋を伸ばす。
「あー卒業文集ね」
優香が覗き込む。
「あれ?多部の文集のページじゃん」
「えっ!知っているの?」
「知っているも何も今から来るよ」
「えーー」
あまりの偶然に大声を出してしまった。
「アキオ先輩、何をそんなに驚いてるの」
「いや、別に、この子はいい事を書いてるななぁと眺めていた子が偶然来るなんてと思ってね」
若干無理の有る誤魔化しをしながら卒業文集を慌てて本棚に戻す。
するとチャイムが鳴った。
「あっ多部が来た」
優香が階段を駆け下りドアを開ける音と共に多部さんの声が聞こえてきた。
「優香、こんにちは、彼来てるの?」
「うん、彼と彼の友達来てるよ」
「じゃぁ悪いからお土産貰ったらすぐ帰るよ」
どうやら多部さんは宮地と優香が先日行ったディズニーランドのお土産を学校帰りに取りにきたらしい。
「美味しいお団子あるから少し寄っていきなよ」
そう優香が誘うと靴を脱いで家に上がり階段を上ってくる音が近づく。
俺の心臓の鼓動は既にレッドゾーンを超えてオーバーヒート寸前だ。
「こんにちは」
部屋に入ってきた学生服姿の多部さんは宮地の顔を見て挨拶をしている。
「こんにちは、多部さん?だっけ」
「はい、多部みゆきです、ご無沙汰してます」
宮地と多部さんはそれ程親しくないようだ。
「あっこいつ俺の友達の…」
と宮地が俺を紹介しようとした時多部さんが驚いた様に俺に気づいた。
「アキオ先輩!、なんで居るんですか?」
「えっ?みゆき知り合いなの?」
優香が驚いた感じで聞いている。
「うん、バイト先で良く会っていて仲良くなったの」
仲良くって!そこまで親しくなった感じでは無いが確実に距離が近づいているようだ。
そしてこんなタイミングで会うなんて、まさに運命だ!
しかも学生服姿の多部さんは私服に勝るとも劣らない可愛さだ。
多部さんは今日は学校の帰り際に部活の美術部に顔を出し仕掛かり中だった油絵を仕上げていたらいし。
「今度多部さんの絵見てみたいなぁ」
俺が何気なく言うと多部さんは大きく被りを振って
「人様に見せられる様なレベルじゃ無いから嫌ですよぉ、だいたいノートの隅に授業中落書きするのが好きだから本格的に描いてみたらと友達に勧められて美術部入ってみたものの周りとレベルが違いすぎて正直辞めたいなぁと悩んでる位ですから」
「辞めたいなら辞めちゃった方がいいよ、嫌々やっていたって上達しないだろうし.貴重な今の時間無駄にしちゃうじゃん!」
「そうなんですけどねぇ」
煮え切らない感じで多部さんが答えると優香が会話に割って入ってきた。
「みゆきは美術部に誘ってくれた友達に悪いから無理して楽しそうに振る舞って部活に迷惑の掛からない程度に顔を出してるんだよね」
「そんなのその友達にハッキリ言えばいいじゃん、友達なんだから分かってくれるでしょ」
熱く語ってしまった…ウザられないかな。。と心配になったが多部さんはニコニコしながら俺の顔を眺めて
「やっぱりアキオ先輩って想像通りの人ですよね」
と言ってきた。
「想像通り? それっていい想像?」
少し不安気味に聞くと多部さんは意地悪そうに
「前にも言ったけど自由人ていう感じ」と返してきた。
相変わらず良い印象なのかは分からないが。。
でも親しげに寄り添って会話をしている多部さんを見ると好意は感じる。
そんなおちゃらけた楽しくときめく時間もアッと言う間に過ぎて夜も更けた。
多部さんが帰る事になり夜道の女の子一人歩きは危ないと宮地達に送る様に勧められた。
勿論俺はそうしたいが家まで送られる多部さんは嫌ではないだろうか?
そんな不安を吹き飛ばす様に多部さんは満面の笑顔で俺を見つめてくる。
「アキオ先輩、送ってくれますか? 私、夜道怖いですー」
ふざけた感じでお願いをしてくる多部さんがめちゃくちゃ愛らしい。
宮地と優香に見送られて外に出ると初冬には珍しい大粒の雪が降っていた。
原チャリをガレージから出し押しながら多部さんの横を歩く。
2人で上水脇を歩いていくと、しんしんと鳴る雪の音と、積もり掛けた雪道での足音が「ザクリ、ザクリ」と木霊する。
トキめきと緊張で俺の心臓は張り裂けそうだ。
冷静さを装い会話が途切れない様に話題を探す。
「そういえば多部さんの卒業文集読んだよ」
「えー!あの【夢】ですか?」
「うん」
「恥ずかしい、恥ずかしすぎる!忘れてください!アキオ先輩」
顔を真っ赤にしてバシバシと腕を叩いてきた。
「イテテ」
加減をしらない多部さんの攻撃はマジで痛かった。
「あっ、ごめんなさい」
慌てて多部さんは手を引いた。
俺はその手の小指を見つめ、降り続ける雪が明かりに反射しているせいなのか、俺と多部さんの小指と小指が赤い糸で結ばれている様に見えた。
間違いなく運命の相手だ、こんなセンチな人間だったのかと自分でも驚きながら多部さんが俺にとって大きな存在に飛躍した。
完全に恋に落ち、今までの自分を彼女が大きく変える扉が開いたのだ。
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