第2話 踏み込んだ新たな世界

次の日、宮地は約束の時間ピッタリに迎えにきた。

少し離れた場所で爆音が消えて、車輪が回る音だけが近づいてくる。

住宅街に入るときにエンジンを切り惰性で単車を走らせる、彼らなりのささやかなマナーらしい。


「タンタン」と言う舌打ちの合図で外に出る。


「お待たせアキオ、後ろに乗んな」


「わざわざ迎えに来てもらって悪いね」


「俺は全然構わないけどホント平気か?」

「危ない事も色々あるぞ」


「大丈夫、ありがと」

宮地はエンジンをかけて吹かさずゆっくりと住宅街を出る。

大通りに出ると一気に加速、高音と空き缶のカラカラという音が胸に響く。

ノーヘルで風を感じてオイルの匂いと何とも心を刺激する音色が生きている実感を感じさせてくれる。


集会の集合場所には見るからに怖そうな連中がわんさか溜まっている。

どうやら今夜は6支部が集まる中規模な集会らしい。

各支部で役割を決め、ルートを話し合う。


役割はパトカーやヤクザに追われた場合、距離を保つ為のケツ持ち、信号止め、特攻とあり、各支部から数台が割り当てられる。

俺が乗る宮地の今夜の役割は信号止めらしい。


「Aルートでお巡りに追われたらBルートとCルートに分散してD地点に集合」

号令と共に一斉にエンジンを掛ける。


「アキオ、マフラーのカンカン取ってくれ」

マフラーから空き缶を外すと地響きが鳴る様な排気音に変わる。


「行くぞ」一気に加速し国道に赤いテールランプの光の筋が川の様に流れていく。


「アキオ、赤信号突っ込むから回り見とけよ」

爆音を立てながら交差点に入り、横断する車を止める、その脇を30台のバイクが通り過ぎる。


「ありがとうございました!」

青信号の進行を止めた車に御礼を叫んで先に行った30台を追い抜き次の赤信号交差点に突っ込んでいく。

何チームかがそれを繰り返し、30台のバイクは止まることなく走り続ける。


その繰り返しが続くと思っていた時、けたたましいサイレンが止めている車の横をすり抜け突っ込んでくる。


「お巡り来たぞー」

一斉に体制が変わる。


「アキオ捕まってろ」

宮地は一気に加速しその横をケツ持ちが下がる。

2台のパトカーをあざ笑う様にゆったりと左右に車体を動かし、前に行かさない。

その間に俺たちのバイク含めた数十台がパトカーとの距離をどんどん広げて、左右に散っていく。


「宮地、ケツ持ちの彼らは捕まらないの?」


「ケツ持ちは俺らの中でもかなりの腕だからパトカー2、3台じゃ捕まらないよ」

宮地は絶対的な自信をもって答えてきた。


このチームは強い信頼関係の元保たれている。

共同危険行為、迷惑行為で決して許される事ではないけれど彼らは何かを求めて真剣に走っている。

それが何なのか、俺には分からなかった。


元の集合場所に戻ると散った仲間たちが続々と帰ってきた。


「宮地、光輝どこだ」

大柄で殺気の走る男が宮地に光輝の居場所を尋ねてきた。


「燃料入れて戻って来るのでもうすぐ着くと思います」


「戻ってきたらすぐ俺のところへ来いと言っとけ」

男はズカズカと駐車場の奥に戻っていった。


「誰?」


「三多摩纏めている頭で北町の1個上の青山先輩」


「かなり怒っていたよね」


「あーなんかマズそうだな」

光輝の甲高いマフラーの音が近づいてきた。

「お疲れー」


「おい光輝、青山先輩が怒り気味で探してたぞ」


「マジか、この間の幹部会バックレた件だな」

「とにかく直ぐ行って来るわ」

光輝は走って青山先輩がいる駐車場の奥に向かった。


「光輝、てめーこの間の幹部会顔出さなかったな」


「すいません、急に仕事の予定が入ってしまって」


「だったら桜町の誰かに代理でださせろ!」

「この間の幹部会でルート変更の説明を各支部に入れておいたのに桜町は前のルートで散っただろ」

「あのルートはお巡りが張り込む情報があったから避けてたんだよ」

「たまたま情報通りに張っていなくて助かったけど、テメーらがそこでパクられたら全員芋づる式に引っ張られんだよ」

「決まりを守れ」


ボコッ!


怒鳴り声と共に鈍い音が聞こえた。

戻って来た光輝の顔面は腫れあがっていた。


「大丈夫か光輝?」


「大丈夫だ、行くぞ」

光輝はバイクにまたがると直ぐにその場所から爆音を立てて去って行った。


「色々大変なんだね」


「あー、好き勝手にやっている様で代々続く厳しい決まりの中でチームを長年保っているからね」

「昔から築かれた決まりは過去に起きた問題を繰り替えさない為に作られ維持されてきて、それは長く存続する程、起きる問題の数の分増えて行くから、俺らの古くから代々続くチームほど厳しい決まりが多いんだだ。」

「特に頭の光輝は桜町のチームを背負っているからより大変なんだよ」


自分の信念を貫き自由に生きている様に思える彼らも厳格なルールに縛られ従わざる負えない事が意外であった。

それに自分の信念とは何なのだろう。

光輝は何を教えたくて俺をこの集会に呼んだのか、まずはそれを知る事にした。



夏休みも終わりに差し掛かる頃、ヒロと二人で光輝の仕事の手伝いに行く事になった。


「おう、アキオ、ヒロ手伝い来てくれてありがとな」

「親方が納期間に合わないから若いやつ集めてくれって言うんでさ」


「親方、俺のダチのアキオとヒロです」


「おう、兄ちゃん達悪いな!早速こっち来て手伝ってくれや」

光輝の仕事は解体屋、古い一軒家を中心に取り壊して更地にする仕事だ。


「まずはそこいらに有るガラを表の収集場に運んでくれ」

ガラとは取り壊したコンクリートの塊でこれが重いのなんの。

光輝はひょいひょいと重いガラを運び出していく。

俺とヒロはへっぴり腰で光輝の半分以下のペースでどうにかガラを運び出す。

毎日この様な作業をしている光輝の腕は俺の足より太く感じ、たくましく強さを醸し出す体つきをしている。


一通りガラを片付けると次に木材で組立てられている柱の取り壊しに掛かりだした。

先ずは二階から取り壊し一階に下ろしていくらしい。

安全の為に一階には誰も残らず皆で二階で作業を行う。


俺とヒロも光輝に連れられ二階に上った。

元々高い所は得意では無いのに加え、足元の不安定な場所も多く、怖さのせいか余計にへっぴり腰になってしまう。


「アキオ怖いのか?」

光輝が馬鹿にした様に投げかけてくる。


「別に怖くねえょ、さっさと仕事しようぜ」

怖さを紛らわす様に木材や取り壊した破片を下に落としていった。


「アキオ、この柱下に落とすの手伝ってくれ」

光輝が大黒柱の様な太い柱の片側を持つよう指示をしてきた。


「了解」

俺は太い柱の片方を思いっきり持ち上げた。


「おいしょ~」

そして勢いよく空中に投げつけた。


「おりゃぁー」

すると柱から出ていた釘に上着が引っ掛かり柱と共に下に真っ逆さまに叩き落とされてしまった。


死ぬ!、一瞬の事であったが走馬灯の様に思いが巡る。


結局何も分からず見つけられなかった。

自分は何を信念に生きて何を目指していたのか。

誰かの決めたルールの範囲内を惰性で生きて何が得られたのか。

生まれてきた意味はあったのだろうか。

子供の頃から良い学校に進学する事、良い仕事に就く事、その為に日々勉強を重ねて色々な取り決めを守っていく事を教育されてきた。

何も疑問に思わず親や周りが喜ぶその目標達成の為の努力が大事と思っていたあの頃の方が結局信念をもっていたのかもしれない。

大切な人達を喜ばす事が出来ていたのだから。



「アキオ、大丈夫かー」

ヒロの叫び声と共に止まっていた息が復活した。

背中を打って息が止まり一瞬気を失ってしまったようだ。


「ヒロ、光輝」

「何とか生きてるみたいだよ」


「頭は打ってねえか?」

親方が俺の顔をマジマジと覗き込む。


「大丈夫です、背中を強く打って一瞬息が出来なかったけど」


「立てるか?」


「はい」

ゆっくりと立ち上がり全身を確認する様に全ての関節を動かしてみる。


「大丈夫そうです」


「良かったー、心配させんなよ」

光輝が涙目で安堵の顔をしている。


「馬鹿野郎、光輝がルールを守らねえから大事な友達が命を落とす寸前になったんだろうが」

親方が鬼の形相で光輝を睨みつける。


「すいません」

光輝の表情は一変し青ざめた感じで深々と頭を下げる。


重い柱は一カ所に集めて後で纏めて建設機械のユンボで下に下ろしていくのがルールらしい。


「アキオ君はしばらく車で休んでな!」

親方がライトバンの鍵を渡してくれて俺は助手席を倒し身体を休めた。


またルールか。

トラブルが起きる度にルールがつくられる。

勿論トラブルが起きる前に決められるルールが殆どではあるだろうが。

自分の考えだけではトラブル全てを回避できないのだからやはりルールは必要なのは理解できるが全てのルールに意味があるのか分からない、そんな事を考えているうちに寝てしまったようだ。


「おいアキオ調子はどうだ?」

光輝が心配そうに窓越しに声を掛けてきた。


「背中は痛むけど大丈夫そうだよ」


「そうか、良かった」

「お昼になったけど食欲はあるか?」


「あーそういえば腹減ったな」


「親方から皆の弁当と飲みもの買ってこいと金貰ったので好きなもんいいな」


「俺も付き合うよ」


「大丈夫か?」


「勿論」

ヒロも加わり3人でコンビニに出掛けた。


「なぁアキオ、中学の時俺らパシリ使ってよくコンビニの買い出し行かせてたろ」


「あー拓也とか良く行かされてるの見たなぁ」


「社会に出ると新人はそんなパシリを毎日やらされんだよ」

「学校で番を張ってケンカなら負けねえから文句言うやつ叩き潰して、自分がルールだなんて勘違いしてね」

「でも結果素行が悪い札付きの不良は警察にパクられ鑑別所入ったりで進学も出来ず、まだ右も左も分からない状態で社会に放り込まれて、結局食う為、生きる為には何かに従うしかないのが現実なんだよ」

「そしてその中には必ず決まりが存在する」

「今日の様な事故を無くす為の取り決めや作業効率を上げて仕事の成果を高める為の取り決め、色々なものが有るけどみんな何かしらの意味があるんだと思うよ」

「チームもそうだったろ、荒くれものの中でも厳しい決まりがあって厳格に守られている」「好き勝手にやりたいと結局一人で粋がっていたって組織力には勝てずに、飲み込まれるか干されるかなんだよ」

「これはどの世界でも共通だと思うよ」

「アキオの求める自由なんてもんはどこにも無いんだよ」

輝いて見えていた光輝の言葉がどこか諦めの様な声に聞こえていた。



夏休み最後の日、いつものコンビニでヒロと二人会話をしながら色々な考えが巡っていた。


「どうするんだ?アキオ 学校本当に辞めるのか?」

ヒロがレンジで袋ごと温めたウィンナーをほおばりながら聞いてきた。


「自由と使命って何なんだろうなぁ」

一生懸命レジ打ちをしている多部さんの横顔を眺めながらぼやいていた。

この間の光輝の件で自分が何を望んでいて何を目指すのか、この先の生き方が余計分からなくなってしまった。


「自由も使命も自分で感じることで人それぞれだと思うよ、だから定義なんてないんじゃないかな」

珍しくヒロが真剣に考えて答えてくれている。


「今のままじゃいけない、無性にそう感じるんだけど何をするべきなのか、したいのか分からないんだよ」


「焦って無理に決める事無いだろ、大抵の奴はそれが見えないから取り敢えず学校に通って基礎力や知識を高めて、今の自分の性質をより高めて何かを見つけていくんじゃないかね」


「そうなんだろうけど、時間を重ねて年を取る程に諦めも出て無難に生きて行く選択をしてしまう気がするんだよね」


「無難が悪い事じゃないだろ、無難に平穏に生きれるだけでも幸せな事だと思うよ」


「そうかねぇ。。」


「幸せな家庭を作って無難に生きて行く、今じゃ当たり前だけど少し前はそれだけでも大変だったんだから贅沢な悩みだよ」


「幸せな家庭ねぇ。。」


女性と長く付き合った事も無い俺らが幸せな家庭を想像して会話しているのも不毛な議論だと思えるが。

ただ根本はヒロが言っている事そのものなのは理解出来る。

動物は種を残す為に子供を産み環境適応能力を更に付けて長い時間を掛けて進化していく。

環境に順応出来ない種は滅びる運命にあるのだ。

その種を残す為の本能が子作りでありその過程で恋愛が生まれる。

そして家族を守る為に母性や家庭を守ろうとする愛情が芽生える。

これは思考で生まれる感情では無く本能なのだと思う。

だから家庭を築き子孫を残していく為の平穏な環境の維持が生きて行く上で一番重要な使命なのかもしれない。

今は平和な日本では戦争もなく生きて行くのに差ほど不自由がなく、1人でも十分に生活していける。

だからこそ生きている意味や充実感を掴めずに希望を失い自ら命を絶つ人も後を絶たない。

幸せを幸せと感じることが難しく息苦しい世の中なのだと思う。

唯一の俺の信念は生きている上で資源を消費し環境を破壊している人間がそれ以上の何かを貢献出来る様になる事が人類のみ成らず地球を持続していく上でも重要な事なのだと考えている事だ。

だけど俺は誰かに、何かに貢献出来ているのだろうか。


「なぁヒロ、俺と出会って幸せか?」


「えっ?何言ってんの?頭いっちゃった??」


「失敬な、まっ確かにキモイ愚問だった、気にしないで」


「マジでアキオヤバそうだな。。」

「いっその事、多部さんと付き合って青春を謳歌したら」


「何を軽い事言ってんだよ」

「その前にお前もちゃんとした恋愛考えろよ、芸能人となんて言ってられないだろ」

俺は少し嫌味が入った口調でヒロに捨て台詞を言った。

そんな悶悶としている俺に救いの手を多部さんが差し出してくれた。

多部さんがエプロンを外し近寄ってきたのだ。


「アキオ先輩、ヒロ先輩、私バイト上がりますね」

なんて律儀な子なんだろう。

バイトが終わる時間になってわざわざ挨拶に来てくれたのだ。

凄く可愛く思い、思わず軽い言葉を発してしまった。


「じゃぁジュース奢るから飲んでいきなよ」


数分後着替えを終えて裏から多部さんが出てきた。


バイトの制服や祭りの時の浴衣も良いが、やはりカジュアルな私服も多部さんの生活感を感じることが出来て一番素敵に思えた。


「何か二人で真剣な話ししてましたよね?」


「こいつが学校辞めようかと悩んでてね」


「えっアキオ先輩高校辞めちゃうんですか?確かいい学校行ってましたよね?」


「ヒロ!余計な事言うなよ」

「あっごめんなさい立ち入り過ぎましたよね」


「いやっ、多部さんは全然気にする事無いよ、それより俺の高校の事とかも知っていてくれて嬉しいよ」


「私は二人のファンですから」

少しふざけ気味な満面の笑みで言ってくれた一言で今までの悶悶とした気分が一気に晴れた!

これが恋の力なのか。

と興奮気味に感動をしていると更に追い打ちが。


「でもアキオ先輩っぽいですよね、学校なんて辞めちゃえ、自由に生きる!って感じが」

その印象は良い事なのかは分からんが、ある程度意識してくれている存在と見ても良いのではないだろうか!

ますます気持ちが高揚する。

すると急に多部のトーンが変わる。


「羨ましいなぁ、私もその度胸と行動力があればな」

今度は凄く切なそうな顔を見せる。

どうしたんだろう、何が有ったんだ多部さん。。

無性に心配になる。


その空気を読んだのか、さもなくは完全なKYなのか、ヒロがケラケラ笑いながら

「アキオ、もう辞める事にされてるぞ、こりゃぁ決まったな」


「えっ私そういうつもりじゃ」

多部さんは慌ててかぶりを振った。


「大丈夫だよ、さすがにその一言でやーめたとは成らないから」

と俺も笑って返したものの多部さんの一言は大いに俺の後押しとなった。


そして夏休み後、俺は学校を辞めた。


それは思いの他あっけなかった。

教師たちにとって俺はお荷物だったのだろう。

退学届けを提出すると「本当にいいのか?」と然程止める気もなく義務感で言われた一言二言の言葉を掛けられただけで俺は教員室から出て高校を後にした。


大騒ぎに成ると思った家の方もあまりにも突拍子もない行動にお嬢様育ちの母親の思考が付いていけないのか唖然とされ、その夜に帰って来た父親も理解しがたい俺の行動に怒る事でもなく「これからどうやって生きていくんだ?」と好きに生きるならば自分で責任を取り他人に迷惑だけは掛けるなという事だけを伝えてその後は沈黙だけが残った。

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