小悪魔な女神

神野愛輝生

第1話 夏祭りに舞い降りた女神


「社長!」

「もう限界です、月末に資金ショートします」

俺は神野アキオ、51歳、中堅広告代理店の社長だ。

この時までは…


「先日のM&Aの話し、受けましょう」


横で必死な説得をしてくるのは経理の風間。

起業して20年来の仲間だ。


「条件はどんなだったかな?」


「相手側は今の会社を負債含めて買取り、更に社長には数十年遊んで暮らせるお金と今の個人所有の物は全て残ります」


「この船は?」


「この船は社有ですから手放さなければ成りませんが。」


今俺と風間は海の上だ。

起業して数年で軌道に乗り、夢であったクルーザーを手に入れた。

当初はクルーザーと言えるか微妙な26フィートの小さな船であった。

それから20年近く、とにかくがむしゃらに働いた。

そして何艇か乗り継ぎ、今のアメリカ製カーバー42フィートクルーザーを手に入れた。

何度も壁にぶつかる度に船で海に出てモチベーションを高め、数々の難題を乗り越えてきた。

今回もコロナ感染拡大の影響で売上が大きく落ち込み厳しい資金状況の中、何か解決策があるのでは無いかと海に出て見た物の打開策は思いつかず痺れを切らした風間からの最後通告だった。


「会社を売ったら風間はどうする?」


「自分は社長のお陰で数年は食うに困らない資産を持っていますし、もし出来たらまた社長と一から新しい事業が出来たならと考えています」


「他のメンバーは?」


「今回の契約に幹部たちの現状維持を最低5年保つ様に入れていますので後は各自の考えかと」


「その他の社員は?」


「それは残念ですが500人居る社員の半分はリストラに成ります」


「半分も、それもどうにか成らないのか?」


「社長、それは無理な話です。そもそも会社が傾く原因はコロナの影響も有りますが今までも売上が順調なのに人件費が嵩み過ぎて厳しかったのですから」

「サンライズ通信社は半分の人員でも十分に現状の仕事を賄えると踏んでいます。平均給与も弊社は高いのでそれも標準に均せば人件費を半分以下に抑えられると踏んでいるのでしょう。そうなれば現状の仕事でも十分な利益を得られますので」


「それは500人の中の中枢が活躍するから得られている仕事だろ」

「会社は1対7対2の割合で優れた社員、標準的な社員、力の発揮出来ない社員でバランスが保たれ、優れた社員が居なく成れば残った中から再び1対7対2の割合の割合でバランスが保たれるんだよ」


「社長は優しすぎます、社員の中には楽をして好待遇を受けられる事をいいことに如何に手を抜いて上手く見せる事だけに力を入れている者も多数います、現にリモートの業務形態を取ってから更に効率が低下して売上減少に拍車を掛けています」


「そうは言ってもそういう奴らも大化けして会社に貢献する時が来るんだよ」


「社長、ハッキリ言いますがその社長の甘さが会社を窮地に陥る原因を作ったのですよ」

「他の多くは尊敬出来るけどそこだけは、甘さだけは大切な物を守る事の出来ない足かせに成っていると思います」


「もう限界か?」


「はい、限界です」


「少し走るか」

スロットを全開にたおしていく。

図太いエンジン音とオイルの焼ける臭い、風と共に後方へ流れていく。


何か懐かしい。

そうかあの頃か。


もう30年以上の過去を思い出しながら波を切り跳ねながら進んでいく。


17歳の冬、雪と共に女神が降って来た。



「アキオ行くぞー」


「待てよヒロ、小銭かき集めてるから」


「クソ暑いから先にいつものコンビニ行ってるぞ」

高校2年の夏、俺らのオアシスはコンビニのテーブルにあった。


「なぁヒロ、夏休み明けたら俺学校辞めるわ」


「ふーん、なんで?」


「学校や親の言う事聞いていてタメになるのかね?」

「体裁ばかりでルール、決まりに縛り付けて、みんな同じ目標、行動を取らせる事ばかりで、なんか違う気がすんだよねぇ」


「そんなの社会性を学ぶ場なんだから仕方ないんじゃない」


「社会性ねぇ。。」

「中学の頃、ファミレスの窓から見える車の整備工場見てうちのお袋は勉強頑張らないとあなたもああいう風に油まみれで働く事になるのよって言われたんだよねぇ」

「あり得ないだろ!」

「その頃から学歴主義や世の中で正しいと決められている事に嫌気がさしてさ。。」

「そこに追い打ちで、この間学校で生活指導に保健室に呼ばれて髪の毛の色が茶色っぽいだ、カバンが学校の指定の物でないとか言ってきてさ」

「そのルールは何が目的でいつ誰が作ったものなのか聞いたら屁理屈言うなとか切れてスリッパで尻を叩いてきたよ」

「その後担任に教員室に呼ばれて優しく校則に違反しない様に諭されたけど、指定のカバン、靴下、ベルト以外の着用は禁止、髪の色や長さまで指定されて、挙句の果てに学問に支障をきたす恋愛も禁止とかこの校則はそれぞれ何が目的で何の意味があるのか聞いてみてもやっぱり曖昧な回答しか言わないので、あんたらに教わる事は無いと教員たちに啖呵を切って帰ってきたよ」

「社会性なんて体裁が大半で実際は大人達や権力者達の都合で決めた規則を従順に従う奴隷を賞罰を糧に育成していく制度としか思えないよ」


「へぇー 何か色々考えてんねぇ」

「でも面倒くさくない、そんな吠えてたって周りは変わらないし、結果自分が外されて苦労するだけじゃないのかねぇ」


「ヒロはそんな長いものに巻かれる人生でいいのか?」


「大袈裟だよアキオ、別に高校の間は難しい事考えないで楽しくやればいいんじゃない」


「俺は嫌だね、そんな誰かの都合に合わせた決まりで教育されて価値観を植え付けられるのは!」

「それに比べてこの間あった光輝達は自由だよなぁ」

「金が無ければ働いて、好きな事やるなら仕事辞めて、この間もパトカーに追われているのに余裕な顔してノーヘルで颯爽と走ってたよ」

「別世界の奴らと思っていたけどチョイチョイ会う様になってあいつらの方が自分に正直に、しかも一生懸命考えながら生きていて自分の事は自分でケツ持つという責任感が半端ないよな」


「距離があるからカッコよく見えるけど実際はかなり危ない事も多いしアキオが居る場所じゃないよ」


「シラケる事ばかり言うねぇ。。」


確かに少し熱くなり過ぎた。

微妙な空気が流れたが、話題を変えるキッカケをヒロが見つけてくれた。


「ところでさ、あの店員さん前から居たっけ、新人かな?」


「ほんとだ、可愛くない?」


「まあまあじゃない」


「いや、俺めちゃくちゃタイプだ!」

「どこの子だろ。」


「今日はいないけど文太に聞いてみたら」

文太とは桜中時代の同級生でこのコンビニでバイトをしている。


「明日は金曜だからシフト入ってるんじゃない」


「そうだな、明日聞いてみよ」


「ヒロ3円頂戴」

「カップラーメン買うのに足りないんだよ」


「またか小銭王、ほんとアキオは金持ち貧乏だよな」


家はひいじいさんから都心に小さいながらも代々続く街医者だ。

兄弟も当たり前の様に医大に行き、親戚中、俺も当然後を継ぐと思われている。

学歴主義に身をまとわれた大人たちが医者を高収入で地位の高い仕事と位置づけ、鼻高々としている光景に凄く嫌悪感を持っていた。

俺は絶対に違う道に行く、敷かれたレールに乗って大した志もない人間が人様の命を預かる仕事はするべきでないし、そもそも俺は不器用だし頭脳明晰な人間でもない。

カッコよくは行きたい、でももっと情熱的に何かに打ち込み結果として認められる人間に成りたい!でも今はそれが何なのか想像も出来ない自分にイラつきを覚えている。


今朝は珍しく朝早く目が覚めた。


「おっす、文太」

「ちょっと聞きたい事があるんだけど」


「おはようアキオ、朝から何?」


「昨日の夕方バイトに出ていた女の子知ってる?」


「あぁ最近入った子で多部さんだね」

「元桜中の1個下の後輩だよ」


「ふーん、俺らの後輩なんだ」

ほんの少しだけ親近感を得る事ができた。


女に時間を使うのなんて今は無駄、男同士で毎日が充実しまくりの正に青春。

男くさい仲間達との提言だ。


でも本当は恋も嫌いではない。

自分を高めてくれる原動力になるから。


その日の夜アキオは中学からの友人、須田とヒロとの三人で地元の祭りに出かけた。

俺は祭りの雰囲気は凄く好きだ。

屋台の焼きそばの匂い、杏飴のルーレットに歓喜する子供達、浴衣にボンボン、そして何といっても金魚すくい、特に金魚の入った袋の水が光に反射しゆらゆらとする水の歪みが紆余曲折しながらも金魚という生命を包んでいる。

そんな感じと夏の風が感受性を高めてくれる。


「アキオ、射的の所に居るの光輝達じゃない?」


須田が目を細めなら光輝達グループを見つけた。


「ホントだ、凄い盛り上がってるな」


彼らは地元では札付きの悪、とされているけど俺にはキラキラに輝いて見える。

誰に媚びることなく自分の思うがままに一生懸命生きている感じが凄く羨ましくて憧れる。

臆病な俺には到底真似が出来ない多くのリスクと背中合わせの生き方。

飛び出してみたい、当たり前とされる世間から。


「よぉアキオ、須田、ヒロ久しぶり」

「高校生活謳歌してるか?」


「久しぶり、光輝、宮地、文也」


「学生はいいよなぁ、今夏休みなんだろ?」


「そうだけど光輝達は夏休み無いの?」


「職人にそんなもんねえょ」

「まぁ2,3日程度は休むけど」


「そっかぁ、社会人も大変なんだな」


「でもアキオも高校止めたら働かなきゃな」


「えっアキオ学校辞めんの?」


「まぁ夏休み明けたら辞めようかなと」


「絶対もったいないって!」

「アキオ頭悪くないし、将来家ついで医者になればすげぇ儲かるじゃん」


「医者を金儲けの為にやるの嫌なんだよ」


「甘いねぇ、金を稼ぐというのは生きる上でも自分を保つ為にも勿論大切なやつを守る為にも凄く大切なものだよ」

「綺麗ごと言っても金に困れば自分のみならず周りも不幸にさせる」

「挫折だらけの奴沢山見てるけど、そこで自分に負けたらとことん落ちて、大勢に迷惑かける生き方、苦しいぞ」

「綺麗ごとや自分の価値観だけで金は稼げない、殆どが自分の思い通りなんていかないんだよ」


「でも光輝達は自分たちの信念貫いて自由に生きてる様に思えるよ」


「分かってないねぇ」


「そうだ、明日さ、俺らの集会顔出しなよ」

「元町のファミレス駐車場集合で神町まで走るから」


「光輝ヤバくね、一般人集会に入れて面倒な事ならないかねぇ」

文也が怪訝そうに訴える。


「関係ねぇよ、アキオが人生の岐路に立とうとしてるんだ、世界観広げさせる為にも一肌脱ごうぜ」

「宮地、明日アキオ拾ってきてくれよ」


「まぁ、頭の光輝が言うなら別に構わないけど」


「じゃあ、明日仕事終わって9時頃迎えにいくわ」


「分かった、宜しく」


「アキオ、大丈夫か?」

「集会でパクられたら一発で退学だぞ」


「元々辞めるつもりだから構わないよ」

それに見てみたい、光輝達が仲間たちと自由に走りまくって風を纏い輝く姿を。


光輝達と分かれて三人で祭りを楽しんでいると今度はヒロが目を細めて何かを見つけた。


「おいアキオ、あそこに居るのコンビニの子じゃねぇ?」


「ホントだ! 間違いないね」

桜中の後輩多部さんが友達と二人で綿飴をほおばりながら談笑をしている。


「誰?あの子たち?」

須田が訪ねる。


「右の子がアキオの家の近所のコンビニで働いている子」


「ふーん、もう一人の子の方が可愛いな」


「何言ってんだ須田、絶対右の子だろ!」


「何ムキになってるんだよアキオ」


「アキオのもろタイプらしいよ」

ヒロがニヤニヤしながら須田に伝える。


「じゃぁ声かけて来いよ」


「誰?とかキモがられないかな」


「そんなもん分からんよ、やってみなきゃ」

「だいたいアキオの口癖だろ、やる前から諦めないで実行あるのみ!ってさ」


「まぁ、こういうのは違う感じなんだけど」


「グチグチ言ってんなら俺がナンパしてくるぞ」

須田が女の子達に向かいだす。


「いいよ、俺が話すから」

慌てて須田を追い越し彼女たちの元へ向かった。


「こんばんは」


声を掛けると一瞬きょとんとした顔を二人ともしている。


「いつも宮町のサンクスでバイトしてるよね」


「はい」


「えっとー、お二人は良く居ますよね」


覚えていてくれた、そして愛らしい顔で言葉を返してくれた。


「覚えてくれてたんだね!」


「いつも二人で楽しそうだなぁって見てますよ」

「もう一人の方は初めてだと思いますけど」


「俺は須田、よろしくね」

愛らしい彼女に須田も満面の笑みで答える。

さっきまでもう片方の子の方が可愛いと言っていたくせに。


そのもう片方の子は不思議そうな顔をしていると思っていたら突然目をまん丸にして叫びだした。


「ヒロ先輩!ですよね?桜中の」

彼女はまじまじとヒロを見つめる。


「やっぱりヒロ先輩だ!本物だ!!」

興奮してぴょんぴょんと跳ねながら喜んでいる。


「私中学の頃からファンなんです!」

ファン?なんじゃそりゃ。


「私、桜中のヒロ先輩ファンクラブ自称第一号なんです」

彼女曰くそのファンクラブにはどんどん加入者が増え卒業の時には数十人規模になっていたのだとか。

俺より少しカッコいいなとは思っていたが次元が違う、恐るべしモテ男、ヒロ。。


「麻美、興奮しないの!」

多部さんが冷静に彼女をなだめる。


「あっごめんなさい」

「でもみゆき、知り合いになったのなら教えてよ!」


「知り合いって、ただバイト先で良く見かける位だから」

もしかして覚えていたのはヒロの方だけなのだろうか。

不安になって確かめる様に自己紹介をしていた。


「ヒロは有名人なんだなぁ、俺は神野アキオ、ヒロと桜中の同級生、よろしくね」

その自己紹介に多部さんは満面の笑みで答えてくれた。


「知ってますよアキオ先輩、私は多部魅雪16歳、南桜高1年です」

俺の事を知っていてくれた、あー神様こんな幸せを有難う!

完全に色ボケ状態な俺を遮り須田が自己紹介をしてきた。


「俺は須田おさむ、ファンクラブあったかなぁ」

「クスッ」っともう片方の女の子も自己紹介を始めた。


「私は佐藤麻美、みゆきと中学時代の同級生で今は西野商業高校1年です」

「因みに桜中のファンクラブは後にも先にもヒロ先輩だけですよ」


「なーんだ、つまんねぇの」

須田が不貞腐れながらヒロを睨んだ。


「いや、俺そういの知らないし興味ないから」

いかにもモテ男らしい冷めた答えだ。

確かに普段からヒロは「俺は芸能人のアイドル位しか付き合おうと思わない」とふざけた事を言っていたがまさかここまでモテる男とは知らなかった。

今まで彼女もいた事が無く、おそらくこいつも俺と同じく童貞のはずだ。


「ヒロ先輩、ごめんなさい、そいうの嫌いだって知っています、つい懐かしくて」

佐藤麻美が平謝りをしている。


「別にそういうのも気にしないから大丈夫だよ」

不愛想なのか優しかなのか分からない回答をヒロがするのをすかさず須田がフォローを入れる。


「ヒロ、お前は馬鹿か、こんな可愛い子がファンだなんて言ってくれるのは奇跡だぞ、有難く感謝しろよ!」

「俺、逆に麻美ちゃんのファンになっちゃおうかな」

それもそれで軽い男だ。


「何かの縁だし皆で何か食べに行こうぜ」

軽い発言の須田だが俺は内心良く言ったとガッツポーズをしている。


「ごめんなさい、もう帰らないとイケない時間なので」

多部さんが申し訳なさそうに言う。


「この子の家門限厳しくて」

続けて佐藤さんも申し訳なさそうに謝る。


「確かにもう遅目だし早く帰った方が良いよ」

俺は本心とは裏腹に彼女たちの帰りを促した。


「そっかぁ、仕方ないね、じゃぁ連絡先教えてよ」

須田が図々しく聞き出した。

この時代は携帯、ポケベルが無く連絡は家にするしかない。


「みゆきの家は厳しいから男の人の電話はまずいよね、私が代表で教えるね」

男三人の電話番号と佐藤麻美の電話番号を交換しその日は解散となった。

浴衣姿の多部は更に可愛かったなぁと思いに更けながら祭りを後にした。

この時点ではただの一目惚れだと思っていたがまさか俺の人間形成に大いに関わる運命の子だとは知る由もなかった。

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