アンドロイド美織

デリカテッセン38

第1話 美織(みおり)誕生

第1話 美織(みおり)誕生(1)

[1]

 美織(みおり)は、近江おうみ工業株式会社が発売予定の介護ロボット。「モニタリング実証試験モデル7号」というのが、美織の正式名称です。

 でも、美織には、他の同型機と大きく異なる際立った特徴がありました。



 美織のオーナーになる中村芳翠(なかむらほうすい)先生は、京都東山に住まうお茶の先生です。芳翠先生は、すでにお年を召してお点前を直接指導する事はありませんけど、お屋敷には、毎日大勢のお弟子が訪れて、師範役の新庄桜子しんじょう さくらこさんの指導を受けています。そして、芳翠先生は、今も、方々に広い交友関係をお持ちです。

 美織は、この芳翠先生の元で、3ヶ月のモニタリング実証試験を受けるのです。

 でも、それは、12体の実証試験モデル共通の役割でした。



 芳翠先生の次女の和美かずみさんは、西陣織にしじんおり老舗しにせ「鈴野屋」に嫁いでいました。

 和美さんの長女の朋美ともみは、もうすぐ三年生になる中学生です。

 3月のある日、朋美は、ママのお使いで近江工業に届け物をしましたが、それは変わった届け物でした。

 普通、着物にする布地は、平らで真っ直ぐで、筒状に巻いた反物たんものにしてあります。

 でも、朋美が持たされた風呂敷包みの中の乳白色のちりめんの生地は、立体構造を持ち、複雑な形に裁断されている様なのでした。

「悦子お姉さんが、何かに使うんやろか?」

 朋美も、おばあさまの芳翠先生の元に、もうすぐロボットが来る事は聞いていました。

 JRの電車を降りて駅を出て、工場の正門で入場手続きを済ませた朋美を、浪江悦子なみえ えつこ主任技師 ― 悦子お姉さん ― が建物の玄関ホールで迎えてくれました。

「朋美ちゃん、いらっしゃい。お休みやのに悪かったわね」

「いいえ。練習も休みやったし」

 朋美が答えると、悦子お姉さんはニマッと笑みを浮かべました。

「相変わらず、槍投げにはまっとるの? 記録は伸びた?」

「今年は、全国大会出ます」

「おお、言うた!! さあ、こっちよ」

 悦子お姉さんは、朋美を促して、壁のエレベータのボタンを押しました。

 朋美の胸はワクワクと高鳴りました。今にも、地下の秘密工場で、ロボットたちが立ち上がろうとしているのです。

 が、ふと疑問にもなりました。ハイテク工場には、秘密がいっぱいのはずなのです。

「お姉さん。うちが、見てもええの?」

「どうして? もう、出荷するばかりやし、テレビや新聞でさんざん紹介されてるやない?」

と言って、朋美を案内したのは、3階の整備ルームでした。

 明るい!!

 入口のドアにセキュリティカード装置は備わっていますが、室内は通路からガラス張り、そして、三方の壁も全面ガラス窓で、窓の外にはキラキラと輝く琵琶湖びわこの湖水が見渡せるのでした。

 周囲はまだ冬枯れの景色でしたが、そこここに梅や桃の花も見えます。もう少ししたら、一面の桜が眼下に見渡せるでしょう。

「♪ふん、ふん、ふん、ふん」

と鼻歌を歌いながら、悦子お姉さんは、セキュリティ装置を操作します。

「さあ、どうぞ!」

 ドアが開き、招き入れられた広い部屋の中央には、4体ほどのロボットが、椅子に座る様にして充電ボックスに収まっていたのでした。

「かわいいー!! 『鉄腕アトム』や!!」

 朋美は思わず叫びました。

 4体のロボットは、どれも、プラスチックのボディに覆われ、特徴的な丸みを帯びた形状をしています。

 背丈は、朋美と同じくらい。

 まあるい頭部に大きな目が二つ。まさに『アトム』です。

「この子ら、空飛ぶのん?」

「フフ。飛ぶかもね。小さな体に十万馬力や」

 悦子お姉さんは、機嫌よく冗談など飛ばします。ところが、

「うちに来るのは、どれ?」

と聞くと、

「ん‥‥。おばさまのところのは、今、チューニング中なんよ」

と微妙な調子で言います。

 それで、朋美はすぐに気づきました。

 同じ室内の少し離れた整備用ベッドを囲んで、男の人たちが作業をしています。

 その中には、顔見知りの狩野達也かのう たつや技師、朋美がひそかに「悦子お姉さんの侍従じじゅう」と呼んでいる若い職員もいました。部屋に入った時に、悦子お姉さんと狩野さんが目を交わすのも、気づいていました。

「あ! あっちなんね?」

と、返事も聞かずに作業台に歩いて行った朋美は、でも、途中で足が止まってしまいました。

「朋美ちゃん、いらっしゃい」

と、狩野さんは声をかけてくれましたが、その作業台のロボットを見て、朋美の口から出たのは、

「なんや、これ?」

でした。

 作業台のロボットは、その特徴的な丸みのあるプラスチックカバーがすっかり取り払われ、中の機械も、骨格も、それを動かすシリンダー類やケーブルも、ビニールに覆われただけでほぼむき出しなのでした。

 はっきり言って、その姿は、

「『進ゲキの巨人』やわぁ‥‥」

でした。

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