玄関のドアを開けるとゴルフの道具が俺とエヌを出迎えた。

 俺は部屋の電気をつけて回りながら、

「エヌの希望通り、遊び道具だらけで二人きりだぞ。もっと喜べよ」

 エヌはゴルフの道具の前でまだ固まっている。

「俺のほうから何かするつもりは無いから、さっさと上がりなさい。職場恋愛なんて面倒事の権化だろ。俺は仕事の面倒事で手一杯。面倒事をこれ以上、受け入れる余地は無い。これは真面目な話だ。最近、胃が妙に重くて。春先の健康診断では引っかからなかったから、たぶん、これはストレス性のアレだよ。サラリーマンあるある病――」

 ブーツを脱いでいたエヌがぴたっと動きを止めた。

「虫でもいたか? 掃除だけは小まめにしているから、ゴキブリはまだ見たことないけど――」

 エヌの荷物を床に置いて台所へ足を向けた。俺がこの台所ですることは埃が積もったら取り除くことくらいだ。この部屋を借りた直後、調理道具を買い揃えて自炊に挑戦した。三日で面倒になってやめた。一人暮らしの自炊は手間まで考えると、コンビニ弁当だとか庶民的な外食のほうが安上がりだという計算に落ち着く。何よりもだ。一人暮らしの部屋で、一人で作った手料理を、一人で食う気分というものは、比喩で表現し難いほどの空しさがあった。その上、俺の料理はぐうの音も出ないほど不味かった。

「よくよく考えてみると、俺がこの部屋でやっていることは、持ち帰り残業と掃除、それに洗濯機を回すことくらいだ。こうなると、マンションを維持する金は無駄に近い。俺もそろそろ実家に戻る頃合いなのかな。最近、俺の親父も老いぼれて元気が無くなってきたんだよ。お袋が毎度毎度、電話で泣き言をな――エヌ、洗面台もトイレも好きに使って。面倒だから逐一、断りを入れるなよ」

 俺は台所で手と顔を洗った。洗面所から戻ってきたエヌは、俺の仕事用の遊び道具をそろそろ見回している。たった今、拾ってきた捨て猫みたいな感じだ。

「――実家でオスの猫を一匹飼っていた。ちょっと前に奴は死んだ。これも、お袋から電話で教えられた。二十年近く生きていたから、猫としては大往生になる。眠るように逝ったらしい。子供の頃、俺が拾ってきたときから、ずっと一緒に暮らしていた。臨終に立ち会えなかったのは残念だった。それでも、安らかに逝ったなら、返答は『それは、よかった』で済ますべきだろ。実際、俺はお袋へそう言ったよ」

 俺は冷蔵庫を開けて、

「ああ、俺はビールを飲めない。エヌを車で送っていかないといけないし。お嬢様の送迎に使うのが汚くて煙草臭い営業車で申し訳ないけど、タクシーは呼んでやらんぞ。俺の生活はカツカツなんだ。うちの会社の経理はマジでケチ臭いからな。アフターとか休日にやる仕事関係の付き合いのことだよ。この部屋を見ればわかってもらえるだろ。好きでもないことを自腹でやっているんだ。Fラン大卒で不器用な俺に仕事の手段を選んでいる余裕は無いからな。入社以来、やる遊びは全部、仕事相手に合わせてきた。それを会社は遊んでいるだけだと思っていやがるんだぜ。本来なら経費として落ちる筈だよな?」

 エヌはほとんど喋らない。

 それでも俺の口から、どうでもいいような過去や近況が次々と飛び出てくる。

 いや、違うな。

 エヌは俺の話を黙って聞いてくれる――。

「――コンビニ、寄ってくればよかった――飲み物は、ビールか、トマトジュース。この二択しか俺の冷蔵庫には無いから諦めろ。あ、ウォーターサーバーの水も含めると三択だ」

「トマトジュース、好きです」

 エヌの声だ。

 エヌは笑った――ような表情を見せている。

 気づくとエヌは俺の隣にいる。

「――トマトジュース、好きなの。ビール、混ぜる? この簡単なカクテルを、レッドアイというのだ。エヌは知ってた?」

 俺は棚からグラスを取り出した。エヌは首を捻った。レッドアイはお好みじゃないようだ。

 俺はトマトジュースだけで満たしたグラスに口をつけながら、

「さて、一緒に遊ぶと言っても、エヌにもできそうなのは――ビリヤードくらいかな。麻雀は女子向けじゃない。人数だって足りないし。ああ、将棋やる? 俺、結構、強いよ。上司の上司の爺さんに鍛えられて――あの爺さん、俺が部署のデスクにいるのを見つけると昼休み前でも連れ出すんだぜ。あのクソみたいに口うるさい補佐も、おっかないアールさんも、それを見て見ぬフリだ。俺が役員室のあるフロアへ行くのって将棋をやるときだけだよ。ただっ広くて静かでな。あそこにいる奴らは額に汗して働いている気配がほとんど無いね。取締役だとか執行役員あたりの役職になると、何だってやりたい放題なんだろうな――」

 エヌは両手で包むようにして俺と同じグラスをちびちびしながら、テレビとゲーム機へ視線を送っていた。

「テレビゲームで遊びたいのか?」

「うん」

 エヌが頷いた。

「それなら、お安い御用だ。でもなあ、すっトロくさいエヌに俺のお相手が務まるのかなあ?」

 俺はにちゃあと笑って見せた。俺はかつて生粋のゲーマーだった。ゲーセンでアルバイトをするくらいゲームが大好きだった。腕前だって、そこそこのものだった。具体的に言うと、バイト先の常連客だった全国大会に出場するような格闘系プロゲーマーから、三本勝負のうちの一つくらい勝ちを取れる腕前だった。脂ぎった笑みの俺に構ってくれない。エヌはテレビとゲーム機の電源を入れてソファへ浅く腰かけると、コントローラーを手に取った。

「ふーん、その様子だと、エヌは嗜むていどのゲーマーではあるらしいよねえ?」

 俺はエヌの横へ腰を下ろした。

「先輩は、どの種類ジャンルが好き?」

 エヌはゲームソフトの選択画面を眺めている。

「あ、ああ、対戦するゲームはエヌが決めていいぜ――」

 俺の声が小さくなった。ジャンルというフランス語の単語――テレビゲーム用語がさらっと口から出てくるあたり、エヌが普段からテレビゲームを熱心に嗜んでいるのはもう間違いない。俺のゲーム機にインストールしてあるのは大半が積みゲーだ。サムネイルの下にあるプレイ時間ゼロの列を見ればすぐわかる。俺が過去のゲーマーだということを、現役ゲーマーのエヌに見抜かれている可能性は高い。

 これは雲行きが怪しくなってきたね――。

「――本当に、このゲームで対戦していいのか?」

 しかし、俺の心配は杞憂に終わった。

「うん」

 エヌの選択は三か月前にシリーズ最新作が出たカーレースのゲームだ。俺が生粋のゲーマーだった頃から一番のお気に入りシリーズで、今でも新作が出るたび購入している。追加のDLCダウンロードコンテンツだって残らず買った。本格的にやりこむ時間は無い。それでも空いている時間を見つけるたびプレイした。このゲームに限って、ぽんこつOL風情に敗けるほど、俺の腕前は落ちていないぜ。

「おいおい、お前、レースゲーで俺と勝負をしたら後悔するぞ――?」

 俺は満面の笑みでコントローラーを手に取った。仕事用の笑顔とはまったく違う。普段は使わない顔面の筋肉が引きつりそうだ。俺はこのとき、自分の趣味全開の接待へ事あるごとに呼びつける会社の先輩や、お得意先や、お役所の偉そうなおっさんや、上司の上司の気持ちがわかった。ビジネス油で脂ぎったおっさんどもだって、かつて少年だった、青年だった日々の残り火が、まだその胸に燻っているのだ。

 おっさんだって夢中になって遊びたい。

 今の俺だってそうだ。

 では、サクっと周回遅れにしたエヌ車のケツを、バックからガンガン突いて、ひいひい泣かせてやるかとするかよ――。

「――いや、俺は必ずお前を後悔させる」

 我が胸に再び戻ってきた、この炎へ宣誓する。

 脳細胞が、全身の細胞が火祭りを始めた。

 お互い得るものも失うものもない。

 それでも、この上なく楽しい時間だ。

 ここから始まるのは無為の時間。

 無為に関係しない認識と感覚が俺から消えていく――。


「――あー! エヌは何かのチートを使っただろ。ほら、これこれ、この部分のリプレイな。お前の選んだ車が、このスピードでS字コーナーを曲がり切れるわけねェから!」

 で、レースの結果は俺の宣誓の真逆になった。周回遅れになった俺の車の尻が、エヌの車の鼻先でドスドスやられた。ホモ差別はよくないことだと思う。でも俺はホモそのものじゃない。後ろからドスドスやられても辛い気持ちになるだけだ。後ろからドスドスやるのが好きなのだ。三周回勝負の二周目に入ったときから、エヌは舐めプを始めやがった。超悔しい。

 レースのリプレイを二度見直したあとで、俺はエヌをきっと睨みつけた。

 そこにあったのはエヌの上気した笑顔だ。

 いつの間につけたのだろう。ヘアバンドで前髪を上げている。小学生が運動会にやるリレー競争で、ドベからバトンを渡されたアンカー走者が先にいる走者をごぼう抜きにし、一等でゴールテープを切ったときにやる、あの笑顔が、俺へ向けられて――。

「――勝ち逃げは許さん。別ゲーで勝負だ」

 俺は彼女の笑顔から目を逸らすことで、爆発寸前まで高まった胸の鼓動を何とか誤魔化して、対戦するゲームを切り替えた。

 色々なゲームでの対戦が二時間くらい続いたと思う。

「うん、よくわかった。お前という女子は、男の子のプライドだとか思い出を、ギッタンギタンにするのが趣味だったんだな――」

 結果は俺の全敗だった。

 コントローラーを放り投げて降参した。自分の年齢がつくづく情けない。全盛期は夜通し戦えた。勝つまで戦えば俺の勝ち。それがゲームをプレイする上で信じていた絶対の哲学だった。だけど、今の俺は土曜の夜なのにも関わらず自分から白旗を上げている。しかも、入社二年目のOLを対戦相手にしてだ。

 これは、もうダメだ。

 俺という男は人生の敗残兵だっ!

 真っ白な灰になった俺はそろっとエヌへ視線を送った。

 彼女は頬を益々上気させて、息まで荒げて、まるで、少女のような笑顔で――。

「――くっそ、こいつ!」

 俺の下になったエヌの笑顔が「あっ!」と強張った。

 お嬢様のドレスをひん剥くと、エヌは着痩せをするエロいからだをしている。

 俺は本格的に我を失った。






【♂】自主規制【♀】






「先輩のばか!」

「お風呂、先に入りたいって、何度も言った!」

「部屋、暗くしてって、何度もいった!」

「先輩は、らんぼう、らんぼうでヘンタイ!」

「ばか、ばかばか!」

 事前に取り交わした口約束のほとんどを反故にした事後の俺は、エヌからぐすんぐすんぽかんぽかんと批難された。ビジネスの上での口約束は契約として成立する。これを反故にした場合、先方から法律を使って追い詰められても文句を言えない。エヌには俺を批難する権利がある。抵抗しない。へっぴり腰だから叩かれても大して痛くない。

 俺はベッドへ仰向けになったまま、うふふと笑って、

「そうだね。エヌのからだ、ちょっぴり汗臭かったかもね――」

 今宵の俺は嘘まみれだ。エヌはすべて甘い匂いだった。俺のほうは働いた汗と煙草で饐えた臭いがしただろう。乱暴に狼藉を重ねてエヌをぽろぽろ泣かせている最中は構うものかと思ったし、今も反省していない。横に座って俺をぽかぽかやっているエヌは掛け布団で甘いはだかを隠していた。がっかりだ。エヌに掛け布団のほとんどを取られているので、俺の裸は下半身の一部しか隠れていない。これは、どうでもいい。

 今は暑くも寒くもない季節だから――。

「――ばかあっ!」

「げっふんっ!」

 エヌは両方の拳をまとめて俺の腹へ落とした。顔が真っ赤だ。すごく怒っているようだけど、性的暴行をされたと訴え出ても無駄だと思う。エントランスの防犯カメラの記録には俺を押しのけて入ってきたエヌの姿が残っている筈だ。これは双方合意の上で今ある事後に至ったという揺るぎのない証拠となる。警察の相談窓口に泣き喚きながら押し掛けたところで、「痴話喧嘩か。それ民事だ。さっさと帰れ」そんな冷たい対応と一緒に追い返されるだろう。

 俺はまた、うふふと笑って、

「わかった、わかった。風呂も好きに使え。言っただろ。面倒だから逐一、断りを入れなくていいよ」

「ぷん!」

「あー、布団、もってくんだあ――」

 俺としては、彼女のはだかの後ろ姿を鑑賞したかったのだけど、エヌは掛布団に包まって風呂場へ向かった。

「――せ、先輩の、ばかっ!」

 エヌは背中越しに横顔を見せて叫ぶと、自分のボストンバッグと一緒に風呂場へ消えた。

 愚息が二回戦目に向けて準備運動をしているのは見なくてもわかる。

「おいおい、おじさんのほうからがつがつしたら格好がつかないだろ――」

 苦笑いの俺はエヌが浴びるシャワーの音を眺めるような姿勢でベッドに横たわった。ビールを飲もうかな。いや、あのお嬢さんお嬢さんしている様子を見ると、実家暮らしで門限とかがあるのかも知れないよな。ベランダで煙草を吸ったあと、すぐ家まで送っていったほうがいいのか。いやいや、ここは恥の上塗りを承知で風呂場へ乱入しておこうかね。

 いろいろと考えているうちに、積み重なる疲労がまぶたを重くして――。


 §


 窓から入る秋の陽の鋭さが重い瞼を貫いて目が覚めた。

 俺の上に掛布団が戻っていた。俺の横にエヌはいなかった。台所へ目を向けると、裸エプロン姿のエヌが鼻歌交じりに二人分の朝食を作って――とかもない。枕元の腕時計を見ると午前の十時だ。久々に長く寝ていた気がする。

「腕時計を持って帰らなかったのか。これだって契約違反だぜ――あ、これマジでヤバっ――」

 掛布団を身体から剥がして気が付いた。ベッドシーツに血痕がある。俺はエヌを乱暴にしたけど、誓って暴力は振るっていない。たぶん、みさおの証だ。それがある位置的にも間違いないと思う。俺は彼女の初体験を弄んだ。彼女は黙って部屋から出ていった。どうやら、俺はエヌから完全に嫌われたようだ。

 グラスで水を二杯飲んだ後、シャワーを浴びた。風呂場にはエヌの残り香があった。溜まっていた洗濯物と一緒にベッドシーツを洗濯機へ放り込み、ベランダに出て煙草を吸いながらスマホを眺めた。通信アプリにエヌからの新しいメッセージは無かった。その代わりに、グループ機能のほうへ、金髪からメッセージが入っている。タイムスタンプは昨日の夜更けだった。

『日曜の昼から、俺らのチームと、その他大勢でBBQバーベキューやることになったっス。パイセンも必ず来るっス。会場は夏にやったときと同じ河川敷っス』

 だ、そうだ。

『行かない』

 俺の返答。

『それって俺らが困るだろ!』

 デブが横から吠えた。

『お前らが困っても俺は困らん』

 俺の返答だ。今は心底からそう思っている。

『パイセーン、総務部のアイドル軍団も揃って来るっスよ?』

 金髪がスタンプで泣きを入れてきた。

『それも今はどうでもいい』

 俺はスタンプ機能を一度も使ったことがない。

『どうでもよくないっスよ。俺たちアイドル軍団へ、パイセン連れていく約束しちゃったっス』

 金髪は食い下がって、

『おいおい、部下の面子が丸つぶれだろ!』

 デブはまた横から吠えた。

『上司の許可を取らずに部下が勝手な契約をしてんじゃねェよ』

 こう返信すると、

『なるほど、課長代理は土曜日午後に行った出張の報告書を自宅でまだ作成中のようですね。相変わらず仕事が遅い。効率というものを再考してみたらどうですか』

 メガネが会話に割り込んできた。

『このクソメガネが』

 スタンプは使わない。心の中で中指を両方おっ立てている。ツインファックユーだ。だいたい、なんでメガネは俺の居場所や仕事の予定をいつもいつも把握しているんだ。あの出張は週末の末も末にアールさんからねじ込まれたものだ。土曜の休日を謳歌していたメガネが知ることは絶対できない筈だぞ。イラつくし不気味だけど指摘された通りだ。今から俺は出張の報告書を作らないといけない。細かい資料を添付した面倒なものをだ。月曜の朝礼を終えた後から仕事を始めると締め切りに間に合わない。アールさんの指定した締め切りが月曜の朝一番だからだ。いろいろあったから、うっかり忘れるところだった。

 顔を上げると行楽日和の秋空が滲んで見える。

『課長代理はグズグズ言ってないでさー、すぐ来なよー、そろそろ始めるよー』

 ヤン子の発言だ。

『仕事が残っているから行けなくなった。本当に残念だよ』

 俺は自分でも本音なのだか嘘なのだかわからない返答をした。

『それな、それ。チマ子がさ、課長代理に話があるってさ。仕事のこととか、他にも色々とさー』

『仕事のことで課長代理に相談があります。たくさん』

 チマ子が会話に割り込んできた。

 今日は日曜日だぞ。

 こっちで仕事、向こうで仕事仕事って、こいつら――。

『相談する前に自分でじっくり考えろ』

 チマ子を突き放すと、

『アンタさ、一応、ウチらの上司だろ。部下のホウレンソウを断るな!』

 ヤン子がキレた。

 何で、お前がキレるんだ。

 それに、一応って――。

『俺は、ほうれん草を食って正義の味方をやるポパイじゃないんだ。どちらかというと、ブルートの性格のほうに近いと思う』

 俺はそれでも冷静に対応した。

『わけのわからねーこと言ってないで、男が女に呼ばれたらすぐツラを貸せ、オラ!』

 無駄だった。ヤン子は一度キレたら周辺を焦土へ変えるまで止まらない。いつものことだ。

『あのな、俺は持ち帰り残業と失恋の処理で手一杯なんだ。頼むから放っておいてくれ』

 俺も頭に血が上って失言をした。

『おっさんの失恋、Wtf!(※What the fuck。大まかに「なんてこった」の意)』

 金髪のメッセージだ。モヒカン頭が大爆笑するスタンプがついている。BBQの準備中らしい俺より馬鹿五人衆も、スマホの向こうで大笑いしているのだろう。メッセージはそれ以降、来なかった。

「くっそ――!」

 俺はもやもやしながら袋ラーメンを作った。器は小鍋のままで具材は生卵だけ。独身男がたまにやる自炊なんてこんなものだ。午後はPCで報告書を作った。報告書がほぼ完成したところで陽が暮れかかっていた。急いでベランダの洗濯物を取り寄せた。ベッドシーツの血は落ちていない。考えた挙句、シーツは処分することにした。夕めしはコンビニ弁当と缶ビールで済ませた。その後、テレビを眺めた。どの番組も退屈だった。結局、寝るまでの時間を持て余して部屋の掃除を始めた。エヌの痕跡がすべて消えた部屋で、缶ビール一本と、レッドアイを二杯を飲んだ。

 エヌからのメッセージは午前零時を過ぎてもこなかった。

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