土曜日を休日と決めた奴は無責任だとつくづく思う。

 土曜の午前に社内の会議を終えた俺は、アールさんの指示で西の都にある他社へ日帰り出張をした。会社の規模同様に大きなビルのあっちこっちを移動して、新規事業プロジェクト周辺の細々とした情報収集や打ち合わせを終えた後だ。

「ふっへえ! エスちゃんが酒と釣りのお誘いを断るなんて珍しいやん。明日は空から槍がぎょうさん降りよるでえ。怖い、ワシ、怖いわあ――!」

 今は先方の営業本部長が対面のソファの上で、デブった浅黒い身体をじたばたさせている。

 酒はともかく、釣りは好きでやっているわけじゃねェぞ。

 そこのあんたに調子を合わせているだけだぜ。

 そんな本音を言えるわけもなく、

「へえ、本部長さん、えらいすんまへん。まーた、自分のコレが勝手な我がままを抜かしてけつかりよって。ほとほと、参っておりますわ」

 俺は頭を下げながら適当な関西弁と一緒に小指を立てて見せた。これは、かなり古いボディランゲージだと思う。俺は動画サイトにアップされていた昔のCMでしか見たことがない。

 営業本部長は大笑いをして、

「――エスちゃんは、ホンマ、おもろい男や。あんさんは行く道を間違えたで。サラリーマンより芸人のほうがよほど向いとるわ。ああ、そう言われるとそうやなあ。エスちゃん、いい年齢とししてまだ独身チョンガーやったもんなあ。確かに女釣りの糸を切らしたらえらいことになりかねん年齢やな。まあ、せいぜい気張るこっちゃ。ワシも外野席から応援しとるで」

「本部長、ここからは真面目な話です。お誘いをむげに断って申し訳ない。最近の自分は無駄に年齢を重ね、若い部下の尻ぬぐいなどをすることも多くなり、お世話になっている本部長さんへ顔を見せることも飛び飛びになってしまいました。アールさんに連れられた自分が、初めてお会いしたときは部長さんでしたね。五年前でしたか――改めて考えると、本部長さんからは長く勉強をさせてもらっています」

「相変わらず、話が回りくどい男やなあ。今日は、さっさと田舎へ帰って、愛しいあののおめこ汁を気が済むまですすってこい。こうはっきり言わなわからんのかいな?」

「本部長さんのお心遣い、感謝致します」

「エスちゃん、頭下げるのはもうええから、はよ帰りいな。はあーあ、顔を見せてまで、ワシみたいなジジイには妬けるだけの話をしくさってからにのお――」

「それでは、お言葉に甘えて、本日はこれで失礼をさせて頂きます。あ、本部長、釣り、また誘ってくださいよ」

 俺が廊下へ退出したところで、

「ホンマ、あの田舎会社のエスってのはコテコテの営業マン気質やな。今時、珍しい男やぞ。おい、おどれら、アレの爪の垢を煎じて飲んどけよぅ!」

 営業本部長の笑い声と、それに付き合う周辺の笑い声が聞こえてきた。お誘いは断ったけど、あの様子ならへそを曲げてはいないね。俺の今回の演技は無事に成功したようだ。出世競争が激しい大企業の管理監督職にいるひとは、他社の社員が自分に媚びへつらいヨイショをする様を部下へ見せたがる。常に部下のマウントを取っておきたいのだろう。俺が外から見ている限りそんな印象だ。まあ、仮にあの営業本部長が機嫌を悪くしても、会社間で大きな問題になることはないと思う。K社グループとこの大企業は、持ちつ持たれつの関係がもう半世紀以上も続いている。得意先になるのか仕入先になるのか、俺にもよくわからない。


 §


 出張帰りの新幹線から降りたところで午後六時二十五分。エヌとは新幹線の駅前で午後七時に待ち合わせの約束だ。ホームの喫煙所で煙草を一本吸う。これで待ち合わせの十五分前。駅前へ出た。エヌの姿は見当たらない。俺は近くのベンチに腰掛けて駅に出入りするひとを眺めた。夏の気配が濃く残る夜風は秋の匂いをほんの少しだけ乗せていた。腕時計を見ると午後七時十五分。

 約束の時間を過ぎているけど、すっぽかされる心配はしなくていい。

 二時間ほど前からだ。

『エス先輩、今からおうちを出ます(お出かけする猫ちゃんのスタンプ付き)』

『忘れ物、取りに戻ります(焦って戻る猫ちゃんのスタンプ付き)』

『また忘れ物(憤る猫ちゃんのスタンプ付き)』

『忘れ物(憤って暴れる猫ちゃんのスタンプ付き)』

『エス先輩、バスを一本逃がしちゃいました。ちょっと遅れるかもしれません(心配そうな猫ちゃんのスタンプ付き)』

『エス先輩、ごめんなさい。五分の遅刻です(頭を下げる猫ちゃんのスタンプ付き)』

『エス先輩、ごめんなさい。十分の遅刻になりそうです(土下座をする猫ちゃんのスタンプ付き)』

『バスターミナルから駅前まで走っています(必死で走る猫ちゃんのスタンプ付き)』

『地下横断歩道の階段長い。疲れちゃいました。歩いてあと一分で到着です(ぐったり疲れた猫ちゃんのスタンプ付き)』

 俺のスマホの通信アプリへ、エヌからのメッセージが立て続けに届いている。通信アプリのエヌは、はきはきと喋れるみたいだね。

『エス先輩、待たせてごめんなさい』

 エヌから最新のメッセージだ。

「――エス先輩、ごめんなさい」

 注意していないと聞き逃してしまうほど小さな声だった。

 荒いだ彼女の吐息の音のほうが大きいくらいだ。

「エヌちゃんは謝るほど俺を待たせてないぜ。あ、ちょっと、おいおい――」

 スマホから目を上げて絶句した。エヌは茶色のレディース用鍔広帽子を目深にかぶって、ふりふりがたくさんついた茶色のロングスカート姿だった。高級ブランドのハンドバッグを肩に掛けて、手から誰でも知っているような超高級ブランドのボストンバッグを下げている。今から秋の行楽旅行へ出かけるセレヴ嬢みたいな気合満点のファッションだ。一方の俺は出張帰りだから、いつものよれたスーツにブランド不明のビジネスバッグを抱えた姿だ。俺が値段で張り合えるのは、エヌから渡された腕時計だけだと思う。これだって、こいつへ突っ返す予定なんだけど――。

「――うぅ――エ、エ――」

 おやおや、エヌが何か言いたいようだ。

 貧乏臭くて、みすぼらしいリーマン姿の俺を目の当たりにして、お大尽様が吐き気をもよおしている可能性も若干あるかも――。

「――うん?」

 ベンチから立ち上がって耳を寄せると、

「エヌでいいです」

 内緒話をしているような感じで告げられた。

「ああ、そう。あのな、エヌ。俺たちは駅の近所で夕めしを食うだけだよ。今から行くのは高級な店でもないし――えっと、俺は今からエヌを海外旅行へ連れていくわけじゃない。そんな約束はしていないよな?」

 俺は心配になってきて確認をした。エヌは付近を通り過ぎたサラリーマン風の男性二人組へ目を向けながら頷いた。肩を竦めている。

「ま、納得をしているのなら行こうか。店へ予約は入れてあるから――エヌはイタリア料理、好きか? 俺はピザが大好きだ。子供の頃からずっと、ピザはご馳走の王様だと思ってる。他のイタリア料理の味は――貧乏舌の俺にはよくわからんな」

 エヌを連れていったのは、繁華街の雑居ビルにあるイタリアンレストランだ。席は多くないけど内装も店員もお洒落で料理の味と価格は良心的。俺の判断ではない。グルメサイトの口コミ評だとそうだった。会社内外の接待で何回かこの店を使った。バブル世代のおっさんや、おばはんどもには受けが良かった。その時代はイタメシがシャレオツなデートコースの一部だったそうな。接待したおっさんからそう教えられるまで、俺はイタメシを炒飯チャーハンのことだと思い込んでいたんだよ。

 そんな話を一方的に聞かせながら俺はピザを頼んで、エヌはペスカトーレリゾットという得体の知れない食い物を注文した。飲み物は俺もエムもミネラルウォーターだった。初見の接待で酒に酔うのは厳禁だ。酒の上で犯す一つのミスが命取りに繋がるぞ。職場にいたどの先輩からもしつこく教えられた。エヌも同じ意見のようだった。そのエヌは移動する店内の客にびくびくしている。会社から誘いだしたところで、エヌの態度は社食にいるときと変わらない。

 むしろ、社食にいるときのほうが、ずっとリラックスしているような――。

「――えっと、エヌ?」

「あ――う?」

 この店に入ってから、何を話しかけても、エヌはこんな応答しかしてくれない。

「やっぱり、おじさんとデートをしても楽しくないか。エヌはまだ二十代の前半だもんな。話題が合わないのは無理もない――」

 俺のピザのマルゲリータ嬢は、あとひと切れで無くなる。ここまででエヌから聞き出せたのは年齢くらいだ。エヌはペスカなんちゃらを半分も食べていない。俺はエヌの接待を失敗している。

「エ、エス先輩、お――お花を――つ――!」

 エヌの声が強張って止まった。

「お花――お花摘みね。行っておいで」

 俺が力無く言うと、エヌは逃げるように女子トイレへ消えた。

「この店が気に食わないのか――いや、俺がエヌから嫌われてるのか――」

 呟いたところで内ポケットのスマホが震えた。

『エス先輩、ごめんなさい。他人の視線が多い場所は怖いです』

 通信アプリにエヌからのメッセージだ。どうも、エヌは他者視線恐怖症らしい。これは対人恐怖症の系列下にある面倒な精神疾患だ。この疾患を持つひとは他人の視線が怖くて耐えられない。俺のほうは今まで「エヌはきっと会社で居心地が悪いんだろうなあ」そう勝手に思い込んでいた。これが見当違いだ。エヌは他人の視線が怖くて社食の隅っこに一人でいたのだ。エヌのデザインが派手で他人の目を惹く服装もよくない。店へ出入りする客のたいていが、エヌへ好奇の目を向けているのは俺でもわかる。事前にエヌの得手不得手を聞き出しておくべきだった。初歩の初歩のミスだ。リサーチ不足。これが会社でやる仕事だったら、「エス、貴様は何のために携帯型のコミュニケーションツールを会社から持たされているのだ。三秒以内に答えろっ!」そんな感じで、アールさんから、こっぴどく叱られていただろう。俺の直属の上司は激高すると部下からの返答が到着するまでの時間を秒刻みで一方的に指定し始めるひとだ。超怖い。

 ともあれ、俺という男は十年近く社会人をやってみたところで、まるっきり成長をしていないんだよな――。

『辛い思いをさせてすまなかった。俺が全面的に悪い。家まで送る。ついでに腕時計も持って帰ってくれ。値段を知って驚いた。高額すぎる。これは貰えない』

 俺はスマホでエヌへ返答した。

『嫌』

 エヌから一秒後に返ってきたのは漢字一文字で拒絶だ。断固としたエヌの意思を感じる。しかし、これは、かなり難題だぞ。デートを楽しまずに帰宅するのが嫌なのか、腕時計を突っ返されるのが嫌なのか、俺という男が嫌でたまらなくなったのか――このうちのどれだろう――ああ、もしかすると全部、なのか――?

 嫌なことを考えていると頭に血が上る。

『エヌの要求をはっきり言え。できる範囲なら何でもやる。でも、この腕時計は絶対に持って帰らせるからな』

 俺は鼻息を荒げて強気に出た。

「ぅにゃーん!」

 俺の鳴き声じゃないし、ここは猫カフェでもない。エムの通信アプリの着信音だ。

 しばらく待ったあと、エヌから俺のスマホへ返ってきたメッセージは、

『エス先輩と二人きりで遊びたい』

「エヌ、そのペスカなんちゃら、もういらないの?」

 俺は対面席に戻っていたエヌへ自分の口で訊いた。エヌは自分のスマホを両手で持って見つめたまま頷いた。前髪で目が隠れているのでわかり辛いけど、きつく結んだ唇を見ると、エヌは真剣勝負をやっているような雰囲気だった。

「ああ、そう。もったいないから、俺が食うね」

 俺はエヌの前にあった食い残しのペスカなんちゃらを自分の前へ引き寄せた。見た目は海老だの貝だのが入った偉そうなおじやだ。

「――うん、味も洋風おじやだった。エヌ、とりあえず店を出ようか」

 声を掛けると、エヌはスマホを見つめたまま席を立った。

 俺は会計を済ませて店から出たところで、

「さてと。エヌは俺と二人きりで遊びたいと確かに言ったな」

 エヌは自分のスマホから目を逸らした。そっぽを向いている。頬が赤い。頷くわけでもなく、かぶりを振るわけでもない。男の意見に女が肯定も否定もしないということは全面的な肯定だ。否定する態度で肯定していることもある。女子諸君の意見は存じ上げない。俺という男は、そう思い込んでいるし、その場で行動に移すぞ。文句があるなら近寄るな。

「そうか、エヌは俺と即エッチしたかったのか。それで、ずっとムラムラ不貞腐れていたんだな。それなら、そうと――ほら、この店の裏手、ラブホ街だから。その様子だと、エヌはまるで獣を相手にするような激しいセックスが希望みたいだけど、それはどうかなあ、俺も結構いい年齢だからね。若い女の子の要求に応えられるか――ま、それを今から二人で試してみよう」

 近くのラブホテルへ引っ張り込もうとすると、

「――ぅふぅあっ!」

 たぶん悲鳴のような声を上げたエヌが、スマホを持った手で俺をぽかぽかやった。スマホは鈍器のようなものじゃないから俺は死なない。エヌはへっぴり腰だから痛くもない。

「エヌ、怒るな、怒るな。半分は冗談だから。ほれ、その大荷物を持ってやるから俺に寄越せ。でも、完全に二人きりの環境ってのは難しい注文だよな」

 俺はエヌのボストンバッグをひったくった。このなかに何が入ってるのか、だいたい想像はつく。今はそれを考えないことにする。

「――よし、こうしよう。エヌは俺と楽しく健全に遊んだら、この腕時計を持って家へ帰れ」

 俺が言うと、うつむいたエヌはスマホを持ったままの手の甲で目元をごしごしやり始めた。

「泣くなよなあ。エヌが希望した遊技場はそう遠くない。歩いて行こう」

 エヌはうつむいたままついてきた。田舎街の夜は盛り場から少し離れるだけで暗くなる。鍔広帽子をかぶったエムの顔に夜の帳が降りていて、何を考えているのかよくわからない。

 俺は構わずに言った。

「相手によかれと思って送った贈り物を突っ返されたら泣きたい気分になる。誰だってそうだ。エヌは神経質だから特別そうだと思う。それでも、エヌがくれた腕時計は俺にとって高価すぎる。高価を無償で相手へ渡したら駄目だ。それをされた相手が等価で返答できないと気に病むだろ。でも、この場合、それを気に病まない奴らのほうが問題なんだ。高価な贈り物を手放しに喜ぶ奴らは、本物の馬鹿か、自分は対価無しで他人から搾取するのが当然だと考えているクソ女かクソ野郎かのどっちかだ。本物の馬鹿はともかく、クソどものほうに深く関わると必ず痛い目を見るぜ。そう言っている俺だって自分を偽って相手を騙し掠め取ることで、ここまで何とかやってきた。営業マンや企画屋なんて、やっていることは詐欺師とそんなに変わらねェさ。それでも、俺は実業に携わる堅気の端くれなんだ。他人からクソ呼ばわりされるほどまで落ちぶれてはいねェだろ。俺は俺がクソ野郎ではないと証明するために、お前へ、この腕時計を返却したいんだ」

「エス先輩――」

 エヌの声がかなり後ろから聞こえた。

 振り向くとエヌは遠ざかっている。

 俺は足を止めて、

「エヌは歩くのが遅いな。今、俺が言ったことは、年齢を重ねただけで偉くなったと勘違いをしたおっさんどもが、若い奴らにやりがちな説教だ。若いエヌには、うざったく聞こえるだけだと思う。でも、俺はエヌが好きなんだ。だから、例え嫌われても、お前に痛い思いをしてほしくない」

 長いスカートでへろへろ走ってくるから心配になった。

 それでも、エヌは転ばずに走り寄ってきて、ガクガク頷きながら、

「エス先輩、わたしも――!」

「エヌは走るのも遅い。この、のろまめ」

「――ぷぅう、先輩!」

 道沿いのコンビニから漏れる光を反射したエヌの顔がムクれている。他人の視線がほとんど無い夜道のエヌは、ごくごく普通の女の子だった。いや、年齢から考えると態度や仕草が幼い感じだな。ここらの人格形成は彼女が持つ精神疾患の影響があるのかも知れないね。

 俺は笑いながら、エヌと歩調を合わせて、

「いや、エヌは時間を惜しまない速度で移動をする心の余裕があるってことだよな。やっぱり、相当なお嬢様育ちだ。着ている服だって高価そうだし。だいたい、どこで売ってるんだ、そんなひらひらのいっぱいついた服――何にしろ、貧乏なあばら屋育ちの俺とは金に対する感覚が全然違うみたいだな――」

 俺はエヌもコネ入社なんだろうなと考えた。得意先だの仕入先だの、お役所絡みだのとこれからも末永く付き合っていくためにだ。うちの会社では仕事の関係先から、あまりオツムがよろしくないボンボンどもや、似たような感じのお嬢ちゃん連中が新卒として採用される。K社グループは、そんな感じでコネクションというパイプから水漏れが発生していないかを念入りに点検しつつ、一世紀以上の社史を築いてきた企業だ。大きな会社は、どこだって似たようなことをやっていると思うよ。

「こいつが俺の仮の宿」

「あ――」

 エヌは足を止めて俺のマンションを見上げた。

「見栄を張って上のほうの部屋を借りている。ベランダから見えるのは、社食の窓と変わらない中途半端な田舎街だ。それでも、夜景は悪くない。夜は人間の醜い部分のたいていを隠してくれるだろ」

 俺も立ち止まってマンションを見上げた。この周辺が区画整理されたときに建てられた十五階建て。四人家族なら各自がプライベートな空間をぎりぎり維持できるていどの間取り。新幹線の駅から歩いて二十分。会社へ歩いて十五分。好条件の賃貸物件だと思う。家賃は俺の収入からするとかなり高いのだけど、入社以来、ただただ働くだけで仕事以外のことに金をほとんど使わないから苦に思ったことは一度も無い。

 俺はエントランスの扉を開けたところで足を止めて、

「エヌ、ここで腕時計とバッグを持って帰るか。俺はそれでも構わない」

 エヌは何も言わずに俺を見つめた。

 俺の言葉を促している――。

「――いや、その――今夜の俺とエヌはここでお別れだ。でも、お前とは今後も、あの、ええと、何だろう――おっと!」

 ぶつくさ言っていた俺を押しのけてエヌが先に扉を抜けた。エヌは背中を向けたままだ。彼女の細い背を見つめていると顔が熱くなった。

 俺は熱っぽく迷ったまま。

 エヌのほうは無言のまま。

 俺とエヌは一緒にエレベーターへ乗り込んだ。

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