第41話 カチンときた
この話の主な登場人物
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
デニス 金髪の剣士
コック長
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一夜明けて。
わたしとヒルダ、そしてフランツやデニスと隊員の皆さんのあいだを歩いて回った。
わたしたちは昨晩は疲れから早々に就寝したけれど、隊員はそのあとも酒盛りをして祝い酒を沢山飲んでいたという。
それでも朝には起き出し仕事している。
でも、まだ少し、顔の赤い隊員も居た。
わたしは彼らの作業が気になった。
普通、兵士と言えば、剣や槍、そして弓矢を装備して、その訓練や手入れに余念が無い。
だけどデニスの部隊は、もちろんそれらもあるけれど、もっと他の道具や武器(?)も沢山持っていた。
小さな小包のような物や、樽やカゴ、スコップやクワなども沢山ある。
それを貨物用の馬車に積載したりしていた。
その様子を見たフランツは、軽く驚いたような表情をしている。
そして言った。
「エンジニアの部隊だったとは」
「フランツ、エンジニアって何?」
わたしは初めて聞く言葉に首を傾げて聞いた。
「火薬を扱ったり、坑道と言った穴を掘る専門職の部隊のことだよ」と教えてくれた。
※軍隊でいうエンジニアとは、我々が良く知る機械を扱う人々とは別の意味を持っている。
「火薬、つまり爆弾をもっているってことなの?」
聞き慣れない言葉なので、どうしても質問が続いてしまう。
「そう、爆弾をしかけたり、塹壕という穴を掘ったり、砦を作ったりする部隊だ。とても専門的な技術をもち、また味方が怯むような敵の陣地を破壊するため活躍する、とても危険な任務をやってのける」
「へぇー、なんか難しそうね」
わたしは関心して、隊員の皆さんを見回す。
「お詳しいですね」と言ったのはデニスだ。
「いや、戦場にエンジニアが居ると頼りになる。それだから、よく覚えていたんだ」
そう返答するフランツの言葉を、デニスは嬉しそうに聞いていた。
「そう言っていただいて嬉しいですよ。中にはただの工事人足と変わらないと馬鹿にする味方も多いですからね」
「そんな、お味方が馬鹿にするなんて」と、わたしは驚いた。
「陪臣で、しかも兵種がエンジニアときたら、そりゃあもう侮られるだけです。剣よりもスコップ持っている方が似合うと笑われたりはしょっちゅうです。何せ騎兵のような華々しい兵科ではありませんから」
苦笑しつつデニスはそう言ってはにかんだ。
でもそれには悔しさが見え隠れしていた。
そんな会話を耳にしながらも、ヒルダは隊員の扱う道具か気になるようで、つつっと近寄って話しかけていた。
「それ、何です?」と気軽に問いかける。
ヒルダが指さしたものは、まるで小包のような箱状のもので、紐がついていた。
「これですか、梱包爆薬でさぁ」
馬車に積み込んでいた隊員が答える。
「こんぽう、ばくやく。これが」
ヒルダは興味深そうに見つめながらつぶやく。
「これに火を点けて、紐を持ってえいやって敵に投げるんですよ」
「火を点けて投げる。てことは」
「そ、敵のただ中でポンッと爆発するでしょ、そうしたら重装歩兵であれ何であれ、みんな吹っ飛んじまいますよ」
「へぇー、本で読んでいたけれど、実際に目にするのは初めてです」と感心するヒルダ。
「ただねえ、導火線の長さで爆発までの時間が違うんで、それがね、また難しいんでさぁ」と笑みを交えて教えてくれる。
それをヒルダは食い入るように聞き、「ねえねえ、これは何」と、次から次へと質問し始めた。
気がつくとフランツとデニスも何やら話し込んでいる。
わたしは別の隊員のみんなの所へ足を運び、話しかけた。
「お仕事中、失礼します」
籐かごを積んでいる集団が振り返り、「あっ、姫さま」と笑顔を見せてくれる。
「昨晩、あっしら、感激しました」
「だから嬉しくて夜更けまで飲んでしまいやした」
そういってにこにこと微笑んでいる。
「おいおい、お前ら。姫さまに気軽に口聞くなんて恐れ多いだろ」
そこの責任者と思われる隊員が窘める。
「宜しいんですよ、わたしも皆さまのお話を聞きたいです」
「ほらぁ、班長、姫さまがこう言ってくれてんですから」
「皆さん、とても難しいお仕事していらっしゃるんですってね。ヒルダも興味津々に質問しているわ」
その言葉に、皆、誇らしげな表情をしている。
「そんなこと仰ってくださるの、姫さまのご一行だけですよ」
「そうなの?」
「そりゃあ、ねえ」と隊員の一人は、周囲の仲間を見渡す。
そして他の隊員も何やら苦笑する。
それはデニスが先ほど見せた表情と同じだった。
「若から話聞いたと思いますが、まあ、他家からの評判はよくないです」
「ええ、デニス殿から話を聞いたのですけど、その、お味方から、いろいろと言われていると。でも、大切なお仕事なんでしょ」
その言葉に隊員の方々は一様に、寂しげな、そして真面目な表情をする。
そして一人が感極まったように口を開く。
「姫さま、若のこと、最後までお味方してやってください」
「ええ、もちろん」
その言葉に、隊員は嬉しそうにしながら、こう語った。
「わしら、ほとんどの者が農民なんです。しかも三男坊とかその下ばかり。働き手だけど、飢饉となったら、家を出なければならない。居たら家族全員が共倒れになっちまう」
わたしはそれを黙って聞いていた。
「食い扶持を減らすためでさあ。それで村を出て街に働き口を探すんですが、なかなか職にありつけやしません。昨日まで土耕していたあっしらを、どうして大量に雇ってくれましょう。そんで街の外れで空きっ腹かかえているあっしらに、若が声かけてくださるんです。『俺の所にこいよ』と、そうやって集められたのがここに居る連中です」
そのあとを引き取って、別の隊員が語り出す。
「若、身なりがみすぼらしいあっしらに、湯浴みさせて、散髪をして、服をくれて、そして食事も。そのあとに、『見違えたじゃないか』と嬉しそうにしてくれて。さらに配下にしてくださるんです。さらに給金も。実家に仕送りできるほど、ちゃんとした給金を。この世に身の置き場のないあっしらに、居場所をくださるんです」
別の隊員も次々に語り始めた。
「勉強も教えてくれたんです。読み書きができた方が良いぞって、先生つけてくれて。さらに、俺ら、火薬扱うでしょ。だから化学も」
「そんな若のことを俺たちは大好きなんです、嫌いになれる筈がありません。でも、俺らのような者を集めたら、集めるほど、他家の連中、馬鹿にするんです。食い詰めた農民集めてどうするんだって、そう、あざ笑うんです。俺たちを馬鹿にするのはいい。でも、若まで一緒に馬鹿にされるのは我慢が」
そう言って手をぎゅっと握った。
わたしは思う。
彼らとは生まれ育った環境は違えど、家を出なければならないのは同じだ。
でも、まだわたしにはフランツとヒルダがいる。
だけど、この彼らには身寄りがなかった。
それを引き取って配下にすることで、彼らは人の情けを知った。
だから無類に人に優しく、そして気立てがいいのだと。
わたしが何とも言えない暖かみを胸の中に感じている、そのときのこと。
他の貴族家、その隊列がやってきた。
「山賊の討伐にきたんでさぁ」と教えてくれた。
何でも、複数の貴族家が持ち回りで巡回しているという。
その隊列が、途中、デニスのクノール家が居る幕舎に立ち寄ったのだ。
わたしは彼らの旗を見て分かった。
それはザクセン選帝侯の配下であると。
ゲルマンでも有数の軍閥家だ。
先頭、率いる馬上の貴族が右手をあげ、「よぉ、デニスじゃねえか」と声をかける。
その挨拶、どう見ても親しみを込めてと言う感じがしない。
「これはリュトガス殿」とデニスが挨拶を返す。
そのリュトガスという男、馬上のまま近寄り、デニスを見下ろしながらこう言った。
「また農民ばかり、よーく集めたもんだな。これから道路工事でもするつもりか」よと。
わたしはそれを聞いて、苦い感情がわき上がる。
もっと平たい言い方をすれば、カチンと来たのだ。
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