第20話 傭兵、そしてケーキ

 この話の主な登場人物


 カトリーヌ 主人公(わたし)

 フランツ 護衛

 ヒルダ 家庭教師


  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 フランツの乗っている駿馬、ボン・エトワールは、たかかったかかっと蹄の音も軽やかにひた走っている。

 そしてである。

 近づいて細部が見えると同時に、違和感を持った。


 ──旗が、旗が違う。


 フォルチェ家の旗が見えている。

 一番大きな旗は城門の中央、その一番高いところにへんぽんと翻っている。

 その左右に小さな旗が城壁の左右にずらっと並んでいる。


 だけど小さな旗はフォルチェ家の物ではなかった。

 黒地に縦に赤い帯。その中央に黒い十時がある。

 東方商会の旗だった。

 それがびっしりと並んでいる。


 フランツはもっと細部を見ようと馬を寄せる。

 間違いない。

 東方商会の旗だった。

 そして城壁の上に居る兵士たちも、フォルチェ家の兵士ではなく、東方商会の傭兵たちだ。


 あの邸宅の裏庭でヒルダが見たのと同じ出で立ち。

 股が膨らんだ乗馬ズボンに膝まであるブーツ。胸までボタンのある詰め襟のジャケット、前後に長いつばのない帽子。

 そんな兵士が城壁のうえを警護している、その光景が目に飛び込んできた。


 ──国の最重要拠点に兵士でなく、傭兵が詰めている。


 フランツは驚いた。

 やがて馬は城壁のたもとにたどり着く。

 そして見上げる。

 五〇メートルを超え、そびえ立つ城壁。

 それを見上げる。


 城壁は何段にも階段状になっている。下段、中段、そして上段だ。

 そのどこにでも東方商会の傭兵が配備されている様子が見えた。


 フランツは城壁に沿って馬を走らせる。

 たかかったかかっと軽やかに進んでゆく。

 進みながら観察する。


 城壁の上に居る傭兵が何事かとフランツのことを見ている。

 彼もまた傭兵を見る。

 フランツは国の内側から接近したので、傭兵は誰も手出しはしない。

 だけどじろじろと見ている。

 何事かと、興味深そうに見ていた。

 フランツは城壁プルートの端から端までを縦断した。


 ──間違いない、国の兵士が一人も居ない。


 異様だった。

 国の最重要拠点、その要。

 そこに兵士ではなく、商人集団が雇った傭兵が詰めている。

 もうフォルチェ家の中枢にまで外部組織が入り込んでいる。

 その現れがプルートだった。


 フランツは岐路を急ぐ。

 何かとても嫌な予感がした。

 この国にとてつもなく悪い災いが押し寄せている、そんな予感がしていたのだ。



 フランツは邸宅に戻り、馬を御者のドナードに返却したあと、真っ直ぐにわたしの部屋までやってきた。

 ドアを開け、わたしとヒルダが居ることを確認するとほっとした表情をみせた。


 なぜなら、わたしたちはケーキを食べていたからだ。

 彼が入ってきたとき、わたしはベッドの上でちいさなフォークをくわえ、突然入ってきたフランツに驚いた表情をしていた。


「フ、フランツ、戻ってきたのね」


「あっ、フランツ殿、お帰りなさい」とヒルダはケーキをもぐもぐさせて言った。


「カトリーヌさま、そのようなものを召し上がって大丈夫なのですか?」


「す、少し食欲が戻ったから、軽めのクリームケーキなら大丈夫かなって」


 わたしはまるでつまみ食いを見つかった子供のように少しばつが悪かった。


「このケーキはわたしと仲のいいメイドが街中で買ってきたもので、ちゃんと毒味もしたあとなのでご安心ください。フランツ殿の分もありますよ。いま、カフィ入れますね」


 ヒルダは口をもぐもぐさせながら席を立ち、茶器セットからコーヒーの準備を始めた。

 そのさなか、フランツは視察のことを話した。


 その報告によると、道程は問題ないと思われる。橋も渡ってしまえばあとは追跡をまくのは造作もない。そしてプルートのことに話が及んだ。

 そう、あの、国境を守る城壁を傭兵が詰めていることを語り聞かせたのだ。


「最重要拠点の守りに傭兵が居たんですか?」


 ヒルダがコーヒーとケーキの乗ったトレイをテーブルに乗せながら聞いた。

 フランツはそれを受け取りながら答える。


「うん。俺もお嬢さまの護衛役になってから兵役に就いていなかったので、あんな事になっているとは知らなかった」


 それをわたしは暗い表情で聞いた。

 なにやらわたしの家が黒い物に変貌している気がしてならなかったのだ。

 そしてそれはフランツが視察のときに感じていたものと同じだった。

 だけど一番難しい顔をしていたのはヒルダだった。


「北の守りを、国の最重要防御を、そんな外部の組織に任せるだなんて」


 あごに手をやり、でも口はケーキをもぐもぐさせながらつぶやいていた。


「まずい、まずいよ、そんなの」


 ヒルダはそれを繰り返している。


「ケーキ、美味しくないの?」と、わたしが。


「だったら俺がいただこうかな。食事しないで走り通しだったからお腹すいちゃって、お代わりしたい」とフランツがヒルダのケーキに手を伸ばす。


「違います! ケーキは美味しいですっ。まずいのはプルートのことですっ」とヒルダは取られまいとケーキの皿を抱える。

 抱えながら、こう言った。


「だって、だって、プルートの守りは国の最重要な決定。それはフォルチェ家だけではなく、国全体の話。さらに言えば、それは東方商会の力が国の兵権にまで達しているってことですよ。小国ならいざしらず、大陸でも有数のこの国でそんなことが起きているだなんて」


 そのヒルダの指摘はもっともだった。

 知らない間にこの国の中央にまで、東方商会の力が及んでいる。

 ヒルダの指摘はそれだった。

 わたしたちは何か不穏なことを感じつつも、ケーキをもぐもぐさせていた。

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