第14話 メイドの報告

 この話の主な登場人物


 カトリーヌ 主人公(わたし)

 フランツ 護衛

 ヒルダ 家庭教師

 ベルモン 医師

 セリーヌ メイド


  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「うん、確かにここ最近、ラジモフの馬車をよく見かける。メイドの君からみて、頻度は如何ほどなのだろうか」


 そのフランツの問いかけに、メイド・セリーヌはこう答えた。


「週に三から四日、多いときにはほぼ毎日」


「そんなにもか」


 フランツがあきれたように言った。

 だけどメイド・セリーヌはもっと大事なことを打ち明けるために顔を寄せた。


「わたくし、夜のお勤めの日に、眠れないので屋敷の中を歩いたことがあるんです。そして主さまのお部屋の前を通りかかったとき、話し声が聞こえました」


「お父さまの部屋に誰がいたのかしら」


「まずラジモフの声がしました、そして主さま。だけど、それだけではなくてお后さまと、そしてアナベルさま、さらにオーギュスタン殿まで居られるようでした」


「えっ!? わたし以外の家族全員とオーギュ、そしてラジモフがそこに居たというの!!」


「わたし、いけないことだと思いながら、深夜に皆で集まって何を話しているのか気になって、その、あの、中の会話を聞いてみようとドアに耳を寄せたんです。そうしたら匂いがして」


 わたしはそれを聞いて思うところがあった。


「もしかして、その匂い甘くなかった」と聞いた。


「ええ、ものすごい甘い匂いがして、それを嗅いだ瞬間、こう頭がしびれてこれはいけないと思って、急いでその場を離れたのです」


「あの甘い匂いってアナベルからしているのと同じものかしら」


「そうです。アナベルさまがいつもしているコロン、それを何倍にも濃くしたような匂いが主さまのお部屋から漂っていました」


「そう、分かったわ。セリーヌ、よく話してくれたわね、礼を言うわ。でもね、そのことは人に話さないほうがいいわ。仲のいいお友達、同僚や信頼している先輩にも決して。その方達を疑っているのではなく、もし何かで漏れたときのことを心配しているの。分かった?」


「はい、決して他の人には言いません」


 そう言ってメイド・セリーヌは後ろにさがった。

 聞いたわたしたちはそれぞれが難しい顔している。

 ヒルダがあごに手をやって思案顔でつぶやいた。


「甘い匂いって、もしかしてオピウムじゃないかしら」


 オピウム。

 それは芥子(けし)の実からとれる薬品で麻薬だった。阿片(あへん)ともいう。

 その香りは甘く、樹液を固めた物に火を付けて吸うと幻覚作用があった。

 ただ、その香りを嗅いだだけでは効果は無い。


「では、アナベル嬢からしている匂いはオピウムであると」


「いえ、そう即断はできないの」と、わたし。そして、「オピウムから香りの成分だけを抽出した香水があるわ。それを用いている可能性も」


「ふうむ、ラジモフのことといい、何か、こう割り切れないものがありますね」と難しい顔のフランツ。


 だけどそれ以上、詮索しても何か結果が得られる訳でもなかった。

 だからその話をいったんは脇に置き、まずはここを出る計画をちゃくちゃくと進めることにした。


 わたしは体力が少し回復し、ペンが持てるようになった。

 だから手紙を書いた。

 ベッドの上で。

 堂々とこの邸宅から退出するではないのでお別れを言えない。

 メイド、コック、侍従そして詰め所の兵士や庭師などの人たち。

 その一人ひとりへお別れの手紙を書いた。


 書いては休み、書いては休みの繰り返し。

 著しく体力を消耗しているわたしには、それですら重労働だった。

 でも何とか七〇名ほどの、邸宅に詰めている全員に手紙を書くことができた。

 その間もフランツとヒルダは交代で、ここを出て行く準備に余念が無い。


 そしてわたしの食事は相変わらず重湯か、それよりも少しだけましになったスープだった。

 それを小さなお皿やボール一杯食べるのがやっとだった。


「食べることがこんなにも重労働とは思わなかった、そして話すことも」


 食事の終わったわたしが言う。


「確かに病み上がりは食が進みませんものね。でも、お嬢さまほどの大病はわたし、したことがないので」


 食器の乗った銀のトレーをさげながらヒルダがそう言った。


「以前なら鶏肉のソテーとか簡単に食べることができたけど、いまは想像もできない。ほんの小さな欠片のような肉、子供さえ楽しそうに食べるそんなものでも、いまのわたしには荷が重すぎる」


「お嬢さま……」とヒルダが心配そうな顔をする。


「大丈夫よ。少しずつだけど、ちゃんと体力、回復しているから」


「わかりました。厨房に言って、消化のいい、それで体力の付く献立を考えてもらいますから」


「うふ、期待している」


「任せてください」とヒルダが自分の胸を叩いた。

 その仕草が頼もしくて、つい顔がほころんでしまう。


「あと、お願いがあるのだけど、頼めるかな?」


「何でしょう」


「少しベッドを出て歩きたいのだけど、付き添っていただけるかしら」


 それを聞いたヒルダは、「えっ」という表情をした。

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