第13話 脱出計画

 この話の主な登場人物


 カトリーヌ 主人公(わたし)

 フランツ 護衛

 ヒルダ 家庭教師

 ベルモン 医師

 セリーヌ メイド


  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 わたしは苦しむだけの一晩を過ごした。

 何度も気絶し、何度も苦しさで目を覚ます。

 うめき、身もだえ、身体をよじって、ただあえぐ。

 そのたびにフランツとヒルダが語りかけてくれる。

 それを繰り返し、朝日が昇る頃、ようやく視界だけは回復した。


「見える、また、目が見える」


「お嬢さま、わたしが見えますか!」


 視界の中にヒルダの疲れて泣きはらした顔が見えた。


「ええ」


「よかった、ほんとうに」


 ヒルダの顔がくしゃくしゃになっている。


「カトリーヌお嬢さま!」


 フランツの真剣な顔が目に飛び込んできた。


「ああ、フランツ。見えます」


「頑張りましたね。本当によく、耐えなすった」


 彼はそれ以上は言葉にならないようで、ただ、うんうんとうなずいた。

 たぶんではあるが、峠は越したのだろうとそれぞれが思う。

 だけど胸の苦しみは相変わらずで、同様にただあえぐ時間を過ごし、そして死にたいと思う気持ちも変わらなかった。


 定期的にベルモン医師が訪れて診察してくれた。

 彼の見立てによると、「快方に向かっているだろうけど、いつ急変するとも限らない。予断を許さない状況が続く」と難しい表情を崩さない。

 その間にもメイドが何人も訪れて見舞うが、皆、難しい表情で部屋を出た。


 苦痛にさいなまれているわたしは時間の感覚もおかしくなっている。

 ただの一分が長い。

 一〇分が一時間にも、それ以上に感じられる。

 そんな苦しむだけの一日を過ごす。

 部屋にはわたしのうめき声が充満している。

 それを繰り返し、三日過ぎたころ、ようやく死にたくなるような苦しみが引き始める。


 その頃のわたしといえば、衰弱し、頬はくぼみ、あばらが浮いて、腕も細くなって肌はかさかさだった。


「お嬢さま、せめて重湯でも」とヒルダが葛湯を飲ませてくれた。

 スプーンも持つこともかなわないので、彼女の手で数口、それを飲んだ。

 だけど、もうそれ以上は身体が受け付けない。


「さて、お嬢さまは体力の回復を待つとして、今後の話をしましょう」


 わたしが気絶するように眠ったことを確認したフランツが言った。


「ええ、わたしもそれを考えて居りました」


 ヒルダも真剣な表情でそう答える。


「毒が混じっていたことは確実だとして、それが偶然一人だけに混入する可能性などほぼない」


「ええ、そしてそれは誰の差し金か、もう想像が付いておりますよね、フランツ殿」


 フランツの目に力がこもる。

 ヒルダも同様だ。

 ただ、ここが屋敷なのでその名を口にすることを無意識にためらっているのだ。

 二人の脳裏にはアナベルの顔が浮かんでいる。

 一見愛くるしい顔だけど、このような事態のあとでは、それすら別の顔に見えてくる。


 だけど同時にこうも思った。


「しかし、年端もいかぬ少女、お一人でここまでできるものか。わたしはそうは思わない。背後に手引きした者、あるいはそそのかした者、そんな存在が居るのでは」


 ヒルダもこくりとうなずく。


「わたしもそう思います」


 そして問題はその先だった。


「わたしは屋敷を出るべきだと思う」


 フランツが声を潜める。


「はい、お嬢さまがわずかでも動かせる状態になったら、急いでここを離れ、一時避難しましょう」


 このままここに居たら、いつ何時、同じ目に遭うのか分からない。

 二人はこっそりと秘密裏にそれを行なうことを確認した。

 知られてはならない、あの女、アナベルにだけは、そう強く思った。



 わたしの体力の回復を待つ日々が続く。

 フランツとヒルダはほぼ付きっ切りでわたしのベッドから離れない。

 何かで離れるときも、必ず一人が残るようにしてわたしを守ってくれていた。

 そしてメイドたちも、それとなく二人をサポートしている。

 そんな日々が続いたある日のこと。

 一人のメイドが意を決したようにして、わたしたち三人に話しかけてきた。


「これから話すことはご内密に」とそのメイドは言った。

 彼女の名はセリーヌ。

 まだ10代の年若いメイドで、可愛い感じのする少女だった。


 そのセリーヌがささやく。

「出入り商人のラジモフをご存じですか?」


「うん、知っている」


 フランツは出入り商人ラジモフの姿形を思い出している。

 濃いひげの生えた壮年で、身体ががっしりとした商人には似つかわしくない体つきをしている。そして目の眼光がするどく、何を考えているのか分からない男だった。


「確か東の国の出身で、遠く砂漠の国までもキャラバンを送り出している商人よね」


 ヒルダがそう言った。

 その会話を聞きながら、わたしはラジモフをいつ頃から居たのかと記憶をたどる。

 たしか、母がまだ元気なころから屋敷を出入りしてた。

 それを皆に伝えた。


「わたしの母が存命のころから出入りしていたのよ」


 その言葉を受けてメイド・セリーヌがこくりとうなずく。

 そして言った。


「そのラジモフですが、ここ最近、屋敷を頻繁に訪れているのです」

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