第12話 死を望む苦しみ

 この話の主な登場人物


 カトリーヌ 主人公(わたし)

 フランツ 護衛

 ヒルダ 家庭教師

 ベルモン 医師


  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「遅くなりました」とベッドに寄り、重そうな診察鞄を脇に置く。

 そして片メガネを右にはめ、わたしの診察を始めた。


 顔色をうかがい、呼吸と脈を測り、目を見て光彩の広がりを確認する。

 そして医師の判断は。


「まだ詳しいことはわからないが、これはただの食あたりではない。おそらく神経毒」


 そう見なした。

 それからベルモン医師は、まず体調不良になったその初期段階の症状、そして自分が居ない間の処置を訪ねた。

 だからフランツとヒルダは食事会での容態の変化、さらに処置として胃の中の物を出し、胃洗浄および海綿や炭で吸着したことを話した。


「何とまあ、意識がないときに胃の物を吐瀉させるとは」とベルモン医師はあきれた。


 本来ならばそれは危険な行為で、まず、医療機関ではやらない。

 のどに詰まって呼吸困難になるからだ。

 でもフランツは、もしそうなったら、自分で吸い出すつもりであったと付け加える。

 そしてフグの肝に話が及ぶと、ベルモン医師は目を見開いた。


「なんと、なんと、猛毒であるフグの卵巣を投与したと」


 見開いたので片メガネが顔から外れ、チェーンでぷらんと垂れ下がった。


「はい」


 そう返事したヒルダの顔を医師は見る。

 そして次のことを言った。


「ということは、ヒルダ嬢、カトリーヌさまの毒が何であるのか、もう、検討がついていると。わたしはトリカブトだと見立てるが、お嬢、あなたは」


「わたしもトリカブトだと思います」


 トリカブト、それはキンポウゲ科の紫色の花をつける植物で、それには猛毒が含まれている。とくに根に。

 即効性で致死量である数グラムで簡単に死に至る。しかも一分とかからない。早ければ数十秒で帰らぬ人となる。それだけの猛毒だ。

 ベルモン医師は難しい顔でなにやら考えている。


「それにしてもヒルダ嬢、よく、フグ毒がトリカブトの毒を抑制することをご存じでしたな」


「ええ、こんなことがあっても良いように、一番、恐ろしい毒、その対処だけはと思い、学びました。でも、こんなこと役に立って欲しくなかった」


 それを言ったヒルダは悲しげにベッドのうえのわたしを見た。

 まだ息を荒くしてぜえぜえと短い呼吸をしている。

 ベルモン医師はうんうんと短くうなずいたあと、こう言った。


「厳密なことを言えばフグ毒は解毒するのではなく、トリカブトの毒の効果を遅らせるだけだ。そしてフグ毒の方が早く効果がきえる。つまり、まだ、完全には終わっていない」


「予断を許さないと」


「そうだ。だけどもう致死量ではないから急死はないとみて構わないだろう。だけど内臓が痛めつけられているゆえ、カトリーヌさまはまだまだ苦しむことになる。お可哀想に」


 そう言ってからベルモン医師は内臓を保護する薬を調合し、それをヒルダに渡した。そして別室にて控えるといって部屋を出た。

 そしてメイドたちに、「また何かあったときのために待機お願いします」と言って控えるよう部屋からさがってもらった。

 あとにはフランツとヒルダが残った。


 そしてわたし。

 相変わらず苦しく、ずっと浅い呼吸をしている。

 寝ていたと思うと、それは就寝というよりも気絶しているだけだった。

 そして気がついて目を覚ますと猛烈に気分が悪く、「くるしい、くるしい」とうわごとを言いながらぜぇぜぇとあえぐ。

 それをずっと繰り返していた。


 あまりにも苦しいものだから、わたしはそれから逃れるために死を望むようになった。

 こんなに苦しいのなら、いっそひと思いに。

 そうしたらこんな苦痛から解放される。

 それを望むようになった。

 それほどまでに苦しかったのだ。


「だ、誰か、わたしを高いところに、連れて、いって」


 わたしはそう懇願した。


「お嬢さま、高いところに行ってどうなさいますの」


 ヒルダが聞き返す。


「目も見えない、か、身体も動かない、歩いて、いけない。だから高いところへ、テラスの手すりに横たえて、お願い」


「ダメです、連れていけませんっ!」


「お願い、テラスの手すりに。そうしたら身をひねるだけで宙にいける。楽になれる。苦しみから解放される。それだけがわたしの願い。だから、わたしを」


「お嬢さま、気をしっかり。そんな気弱なことを言ってはだめだ!」


 フランツが必死に語りかけてくれる。


「フランツ、わたしの胸に短剣を。心の臓を一突きに。お願い、助けると思って」


 それを言ったわたしは、また激しい苦しみで身もだえる。

 ぜぇぜぇと、「殺して、おねがい。苦しいの、助けて」と繰り返す。


「お嬢さまおいたわしい」とヒルダが泣いている。

 フランツは悲しい表情でただ見つめている。

 そしてわたしはその二人を見ることができない。

 ただ暗黒と苦痛の世界で、死を望むだけになっていた。

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