第6話 雨の日の昼食
それからというもの、自分はメロンパンを食べるために水樹と昼時だけ一緒に過ごすことにした。あくまでもメロンパンを目的として。
どちらともなく中庭に集まり、彼はメロンパンを持って、自分が犬のくせに、まるでフリスビーを持って遊んでやるぞと言わんばかりに飼い主の振りをするのが滑稽でならない。そのメロンパンが無ければわざわざここに来ていないのにめでたい奴だ、とは言ってやらない。メロンパンに罪はないからだ。
はじめは抵抗のあった水樹からの質問責めも、メロンパンを食べながらであれば不思議と、自然と許容することが出来た。
また取り留めのないヒーローの話になったかと思えば、格闘技について聞かれる。出身地は、中学時代何をしていた、漫画やゲームはするのか、色んなことを聞かれたが、どれとして答えてやらなかった。
それでも彼は、こちらが答えないと分かると、自分のことを話していく。それが当たり前だよと言った表情で、楽しそうに一時間弱を過ごして行く。
気がつけばそんな、屈託のない彼の性格に流されて二週間近くそのルーティンは続いた。
そんなある日、毎日欠かさず持ってきていたメロンパンが売り切れていたのだと、彼が出会い頭に言った。それはそれは悲しそうな顔で。ちょうどその日は久しぶりの雨で、中庭も使えそうになかった。
「どうするんだ、水樹は」
「え? どうするって?」
「だから、昼飯だよ。持ってきてないんだろ、メロンパン以外」
「まあね。でも今日はいいよ。相原は売店に行って来れば? 今日は空いてるだろうし、まだ残ってるでしょ」
「いや、それはそれでいいけど。お前はどうするんだよ」
「食べない、って話だよ。別に普通でしょ」
「……前々から思ってたけど、お前ってそんなメロンパンにしか執着しない奴なのか」
「あはは、執着って。それを言うなら相原だって、かれこれ……もう二週間近く俺のメロンパン生活に付き合ってくれたじゃん。二人とも意地になってメロンパンしか食べないって、今思えば馬鹿だよね。そもそもメロンパンなんて女子っぽいっていうか、見る人が見たら馬鹿にされそう」
彼が口にした言葉に一瞬眉を顰めるものの、彼は気がつかない。
「というかむしろ、相原は馬鹿にしてたでしょ。なんで男がメロンパンなんだよ、って。まるで女子みたいで気持ち悪い、とか思わなかった?」
「思わないって」
食い気味でそう言うと、彼はそれを肯定と捉えたのかにこやかな顔をして。
「ま、今日くらいは久々に食べてきなよ。俺、昼はパン派なんだけど、相原と話してる時のメロンパンに慣れちゃって、本当今日は食べる気が起きないだけだから。朝は食べてきてるし、別に昼くらい抜いたって平気」
彼が珍しく身を引く。何かあるのかと勘ぐりたくなったが、もともと彼に付いて回ってたのはメロンパンという報酬があったから。それがない今、無駄に関わる必要もないか、と。
「……そう、なら分かった」
そう言って一人売店に急ぐ。
おにぎりを二つ……いや、四つ買って、すぐに教室のある階へと駆け上がる。
そして、ちょうど階段の踊り場にいた水樹に声をかけた。
「あれ、相原どうしたの」
「どうしたもない。メロンパンの借り」
そういっておにぎりを差し出す。
「いやいや、それは困るって」
「黙って食べろって。あとでメロンパンを引き合いに出されたら困るから」
「そこまで言うなら、遠慮なく貰うけど」
水樹は妙に嬉しそうな顔で、おにぎりを二つ受け取った。
「大体、俺はパン派だって言ったのに、なんでおにぎりなのさ」
「お前がパン派だって言うから」
「え、何? 嫌がらせ? わざと? 相原、そんな可愛いところもあったんだ」
「うるさいな。というか、俺が元々米派なんだよ」
二人は人気のない階段の踊り場に腰掛けて、やや距離を離しておにぎりを食べ始める。踊り場にある大きめの窓から、雨が降り頻る中庭が見える。校舎の三階。度々窓に叩きつける雨で、最近にしては珍しい大雨だった。
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