第5話 はるとの昼食
「それでさぁ、いっつも私同じカフェラテじゃなきゃ気が済まないんだけど、今日に限って売ってなかったの。もう本当最悪!」
「あはは、そうなんだ」
翌日、予定してた通り、二人で持ち寄った昼食を食べる。
はるは本気で怒ってるわけじゃなさそうだったけれど、喜怒哀楽をわかりやすく示してくれるから、こちらも正直に反応しやすい。自分は彼女に対して、初対面の時と全く同じ感想を持って接していた。
「千秋は何かこだわりとかあるの? 今日食べてるパンも美味しそうだけど、いつもこういうの食べてる、とか」
「あ、えっと……自分はそうだなぁ、あんまり量が食べられないから、フワフワよりサクサクしたパンみたいなのが好き、かな。小さめのメロンパンとか、チョコチップ入りのとか。あとはドーナツ、オールドファッションとか」
「あー!! いいよね、サクサク! そしたらクッキー生地みたいなのも好きだったり?」
「クッキー生地、うんうん。そういうのも好きかも。あ、もちろん普通のパンも食べるし……あと、果物が好きだから、気に入ったのがある時はフルーツサンドとか、フルーツジュースを買うようにしてる、かな」
「いいね、フルーツジュース。体に良さそう。私は食べたいもの食べちゃうから、あんまり気にしないなぁ。食べたいっ! って思ったら、りんご丸ごとかじったりするし。あ、流石に学校ではやんないよ?」
あははと笑って、それでもはるならやりそうだ、って言えば、どういうこと!なんて怒ってる振りをされる。そんなたわいのない会話で盛り上がる。こんな風に自然に笑えたのはいつ振りだろうか。それを心のどこかで意識できるくらいには、まだ緊張は完全に解れていなかったけど。
それでも彼女、はるは本当に明るく、裏表がない人で、とても話しやすい人だと改めて実感する。もちろんそれ以上に、彼女の話し方、きっと無意識なんだろうけど、気遣いみたいなのがすごいと思った。話すのも話を引き出すのも上手い。だからこうやって自分自身、自然に話せているんだろうな、と。
けれど、そういう自信溢れる彼女の姿と自信のない自分とを、勝手に比較している自分がいる。彼女との会話に満足すればするほど、自分にはないものだと劣等感に苛まれ、羨むより先に、落胆して。
なんて、元々無い物ねだりで落胆することさえ痴がましいんだ。彼女は彼女、自分は自分。尊敬できる人が友達になってくれて、素直に嬉しい、はずなんだ。
なのに、下へ下へ落ちていく感覚が止まらない。無限に自己嫌悪を繰り返せば、パンを齧る手も止まってしまう。
「あれ、千秋? どうかした? また具合悪い?」
俯いた自分に、声をかけてくれる。それを利用するみたいに。いいや、違うんだ。こんな自分、貴方には不相応だからさ。気付いてよ、って。薄黒い何かに締め付けられるように、気持ちが下がっていく。そういう自分を客観視していれば、心の中も黒く染まっていく。
”メンヘラぶって、構ってもらいたいんですか?”
違う。どうしようもないんだ。意味もなく、予兆もなく、気持ちが鬱になってるだけ。
”それが、都合よく彼女の前でだけ起こる? それはそれは、素敵な悲劇のヒロインですね”
自分自身を誹謗、嘲笑、侮蔑する声が聞こえる。
そうしてそれを飲み込む、違うって言い聞かせる。その繰り返し。だから、結局どうしようもなく、そのテンションを引きずったまま彼女を見据えて。
「ううん、大丈夫。ねぇはる、さっきの自分の好きなものとか聞いてさ、何か感じたりしない? 女子っぽいとか、わざわざ健康志向ぶってて、みたいな」
自分は”異常”なんだよ。
そうじゃないかもしれない。分からない。聞いて欲しい。でも口には出せない。分かって欲しい、分かってくれるかもしれない。
そんな淡い思いも、つい昨日までなら持っていられたかもしれない。でも彼女の優しさを前にしたら、それはもうとてつもなく勇気がいることで。距離が近いほど、拒否された時の傷が深くなる。
”彼女に傷つけられる前に、無かったことにしよう”
”自分で傷つけることには、もう慣れたから”
「え? まあ、そういうイメージも、なくはないけどさ」
彼女は答える。突拍子もない、自己嫌悪に満ちた質問に。
”そうだよね”
「そうだよね、よく言われるんだ」
ニヒルを気取って、鼻で笑ってみる。自分がどんな表情しているかは分からない。我ながら弱いなって思う。でも、現実逃避するしかない。自分はそうやって生きてきたんだから。
俯き、薄汚れてきた靴を見てふと思い出す。自分が小学校の頃を、ふと思い出していた。
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