第4話 ネガティヴな自分

「千秋、お昼ご飯は? いつも何食べてるの?」

「私は最近買ってきてるかな。たまにお弁当も作ってるけど、まだ慣れなくて。はるは?」

「え、お弁当すごいじゃん! 私は買ってくる時もあるし、売店の時もあるかなぁ。その時によって食べたいもの違うんだよね。だからお腹空いた時に食べたいものを買って食べたい! って思うんだけど、正直あの売店って品揃え悪いんだよねぇ」


 保健室を出て、二人廊下を歩きながら話す。


 私が保健室に逃げ込んで倒れるように眠り、ふと目を覚ました時にはもうお昼の時間だった。そうしてそこには隣のクラスの辻宮はるがいた。


 それから今まで、まだ知り合って数十分なのに、いろいろなことを話した。


 はるが自然に話題を振ってくれるおかげで、自然と話が弾んだ。かといって彼女だけがずっと話しているわけでもない。ちゃんとこちらの話を聞く時目を見据えて、うんうんと相槌を打ってくれる。まさしく聞き上手という彼女の前で、口下手な自分も言葉がスラスラ出てきて、少し怖いくらいだった。そんな風に彼女と話しているだけで、自然とはるという人間の魅力が染み込んでくるようだった。


 売店の話で随分と盛り上がって、彼女は喜怒哀楽の表情を見せていたが、ふと階段の前で立ち止まる。


「あ、そうだ! 今日のお昼食べ損ねちゃった!」

「そういえばそうだね。ご、ごめんね? 自分のせいで……」

「あぁいやいや! そういうつもりで言ったわけじゃないよ! 大丈夫大丈夫。後で適当にお菓子でも食べてればなんてことないし」


 彼女は大袈裟なくらい、お昼を食べ損ねたことにリアクションしていたものの、大丈夫だと言い張る時の表情も、こちらに心配させまいと、本音からそう言ってるのが伝わってきた。


 そんな彼女に対してやはり申し訳ないと思う自分は、ふとあることを思いつくものの、それを言うべきか逡巡して。断れられたり、嫌な顔をされたらどうしようと思いながら、恐る恐る提案してみる。


「えっと……もしよかったら、自分が買ってきたパン、食べる?」

「え! いいの? って、それは悪いよ。そしたら千秋はどうするの?」

「自分は別に、食べなくても平気っていうか、まだちょっと具合悪いの残ってる感じで、食欲ないんだ。だからはるが食べてくれるなら、むしろ助かる、って感じ」

「そう? それなら……」

「あ、無理に食べてくれってわけでもないから! 嫌なら全然」

「嫌ってわけじゃないよ! っていうか、千秋もそんな気を遣わなくていいのに」


 はるは恐縮しながらも、此方の意図を察してくれたのか、少し微笑んでくれて。そのまま二人で教室に行き、自席に置いておいたパンが入った袋を手渡す。教室はいつも通り賑やかで、昼休みも後少しという時間だった。


「ごめんね、ありがとう、千秋。それじゃお言葉に甘えて、頂くね! ちなみに……メロンパンとクロワッサンだ! 千秋、王道好きなんだね?」


 はるは袋をちらと覗いて、おぉ!と声を出して喜んでくれた。

 王道好きなんだ、なんて優しく茶化すみたいに不敵な笑みを見せるはる。


「王道……確かに、メロンパンは好きかな。クロワッサンも食べるけど、すごくこだわりがあるってわけじゃなくて、今日はそういう気分だったって感じ」

「へぇ、こだわりない系かぁ。でも、気分ってあるよね! 私なんか、気分によるって言ったでしょ? あー、あのメロンパンが食べたいなぁって思い出して、いざ買いに行っても、クリームとかチョコチップが入ってたらヤダ、みたいなのがあったりして。でもその点、王道は必ず置いてあるし、また食べたいって時ちゃんと食べられるのが良いところ。王道好きに悪い人はいないってことだよ、千秋」


 彼女は嬉しそうに語ってくれる。そうやって聞くと自分も、メロンパンを選んでよかったと思う。


「自分ははるみたいに積極的に動けないから、なんでも良いってなっちゃうけど。そこまで言ってくれるなら、王道にこだわってみようかな」

「そうそう、それがいいよ! なんて言って、たまにチョコチップに浮気したりするんだけどね」


 少しおちゃらけて見せる彼女に、思わず笑ってしまう。そうしているとちょうど、予鈴が鳴り響いて。


「あ、それじゃそろそろ教室に戻るね。そうだ! このパンのお返しは、ちゃんとするから!」

「え? い、いいよ別に」

「そういうわけにいかないでしょ! だから、また明日。今度は私も買ってくるから、そしたら一緒に食べない? それとも、クラスでいつも誰かと食べてる?」

「まあ、でも、決まってるわけじゃないから、大丈夫」


 いつも一緒に食べてる友達はいるけれど、友達もその日によっていろんな場所で食べているから、一人で食べることもよくあった。


 だから今更自分が外で食べても、お昼くらいは大丈夫だろうと思って。

 むしろ、彼女の方が交友関係が広いだろう。自分に気を遣ってくれるあたり、明日は大丈夫なんだろうけれど。


「はるは大丈夫なの? 友達とか」

「私は平気平気。いつもこんな感じだから。気分屋っていうか」


 そう言って笑顔を見せる。よし決まり、高らかに彼女はそう言って、パンの袋を持って。


「じゃ、迎えにくるね。まだ具合悪いなら無理しちゃダメだよ、千秋。本当、パンありがとね! それじゃまた明日、楽しみにしてる!」

「ううん、こちらこそ来てくれてありがとう。おかげで気分も楽になったから。自分も、明日楽しみにしてるね」


 そう言ってはるは教室を出て行った。

 その道中も数人の女子と会話を交わしていて、クラス分け隔てなく人脈のある、自分とは正反対の人。


 自分に自信があって、まっすぐに生きられる。純粋に、彼女のことが羨ましいと思った。けれどそれはちょっとした憧れのような気持ちで。


「はる、か」


 人見知りの自分が会っていきなりタメ口で、それも名前も呼び捨てで呼ぶなんて、咄嗟のことだったから今になって震えてくる。


 大抵仲良くなってもちゃん付けで、そうでもなきゃ苗字呼び。

 そういうのが自分自身、他人との距離を縮められない理由だというのはわかっていても。


 ”怖い”


 他人が何を考えているか、怖い。

 それは拭えなかった。


 ただ、はるに対しては、そういうものが限りなく薄くて。最初から、話して一瞬で、この人は正直な人だ、って。それがまた盲信かもしれないと言われればそれまでだけど、彼女のような人に裏切られるなら、それも仕方ない。自分の、人の見る目がないんだと割り切れるから。


 そういうのを無しにしても、やっぱり本心では人を見定めるようなことをしたくないから。


 ”疑いたくない”


 そう、疑うって嫌だ。疑われるのより、もっと辛い。


 だから、信じられるなら、信じたい。信じ続けるのも苦しいけれど。


「……なんて、いきなり重いかな」


 久しぶりに会話が出来て、高揚しているのかもしれない。ふうと小さく深呼吸をして、先の余韻を確かめながら。明日のお昼は何を買っていこう。そんなことを考えながら、午後の授業が始まった。

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