第2話 正面衝突
学校に着いた自分は、少し落ち着いていた。
いつもの玄関。廊下を歩いて行くと、ふと目に入ったのがお手洗いだった。青と、赤。ドキッとして、意識してしまうことに自分自身ため息が出てしまう。もしかしたら無意識のうちにこれまで何度も思っていたのかもしれない。
「はぁ……」
"自分は、女だって、決められていたから、それで”
ただただトイレの前で立ち尽くして、心の中で弁明して、はたから見たら可笑しいと思う。
それでも自分は、分かりたくもない自分という存在の得体が知れなくて、気持ち悪かった。なんとかして欲しかった。
葛藤を抱えながら、ようやく教室にたどり着く。ゆっくりと自分の席まで歩いていくと、皆いつも通りに話をしていた。けれど自分はぼうとしていて、返事をするのに遅れてしまった。
「千秋?」
「あ、お、おはよう!」
「大丈夫?」
「あ、うん、平気。少しだけ具合悪くて」
「ちょっと、無理しちゃダメだからね?」
「あはは、ありがと」
心中揺らいでいるものの、笑って返す。
朝の出来事が、まだ頭の中を過ぎる。思い立ったように、今朝痴漢を見かけたんだ、なんて話をしてみようと思った。平気を装うのに必死で。
「え、痴漢ってそれ本当!? うわぁ……怖いね、痴漢なんて本当にいるんだ」
「はー、朝からそれって最悪でしょ。てか、千秋が遭ったんじゃないよね!?」
「え!? あ、いやいや、違うよ。自分じゃなくて、偶然居合わせただけなんだけど」
「そっか、よかった……それでも私だったらビビってしばらく電車乗れなくなるかも……」
「私は痴漢とかされたら殺す派だけど、でも実際声出せないとか言うしねー」
彼女たちは予想通りに話を広げてくれた。自分はそれに適当な相槌を打って。女子としての普通の反応だ。一般的な。みんなそれぞれ痴漢に対して怯えたり怒りの感情を持ったりしていた。
けれど自分は、どうだろう。思い出すと、それだけで少し気持ちが悪くなる。
――中途半端な女の子だね。
声が聞こえて思わず耳を塞いだ。
彼女たち三人はびっくりした様子で、また大丈夫かと聞いてくれる。
「あ、ご、ごめん。ちょっとやっぱり保健室で休んでくるね」
「え、大丈夫? 千秋最近具合悪そうだよね。付き添おうか?」
「あ、大丈夫大丈夫! 少し耳鳴りがするだけだから、一人で行ってくるよ!」
そう言って付き添いをやんわり断って、なんとか覚束ない足取りで教室を出る。と、その瞬間。
「わっ!!!」
「え? きゃああ!!」
全く警戒していなかったせいで、廊下から歩いてきた女子生徒とぶつかってしまう。
その衝撃のせいで、自分は廊下の壁に吹き飛んでしまう。彼女は教室のすぐ外側に座り込むように倒れていた。ぶつけてしまった肩をさすりながら、倒れてしまった女子生徒に先に声をかけて。
「痛たた……」
「だ、大丈夫、ですか?」
「あ、うん。なんとか。そっちは平気……?」
彼女も大きな怪我はなさそうだった。安心したのも束の間で、得体の知れない不安は消えていなかった。
「だ、大丈夫です。本当、本当ごめんなさい。えっと、自分行かないと……」
罪悪感はあったものの謎の声への恐怖でいても立ってもいられず、その場から逃げるように彼女の横を通り抜けて、早足で保健室に向かう。彼女が声を掛けようとした所を遮って。
その瞬間にチャイムが鳴る。隣を通り過ぎた時も、彼女は心配そうにこちらを見つめていた。
「大丈夫? って、あれ? あ、ちょっと、待――」
背後から何か声がしたものの、上手く聞き取れず、そのまま逃げるように保健室へと滑り込んで。
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