第8話 模索⑧

『カイル、ここまでだ。記憶の錯乱さくらんが生じ始めている。負荷がでかい』


 虎のウールヴェの向こうにディム・トゥーラの姿が見えた気がした。

 これはディム・トゥーラだ。ディム・トゥーラがウールヴェと同調して地上に降下している事実をカイルはようやく思い出した。

 カイルは跳ね起きた。


「まだ――できる」


 カイルは支援追跡者バックアップが同調しているウールヴェに迫り、懇願こんがんした。


「まだ、やれる。まだ、見ることができる!お願いだ、やらせてくれっ!」


『カイル、落ち着け』


「落ち着いてなんかいられないっ!ひどい未来だっ!時間がないっ!あんな光景を回避できるなら、命だって――」


 次の瞬間、ほほをかなり強めにはたかれた。殴ったのは、シルビアだった。


「――」

「落ちついてください。貴方だけの問題じゃないです。ファーレンシア様が限界です」


 シルビアの言葉に、カイルは、愕然がくぜんとしてファーレンシアを振り返った。

 そうだ、ファーレンシアは補助をしていて、カイルが目撃したあんな凄惨せいさんな光景を同じように見たはずだった。彼女を巻き込んだことに、カイルは激しく後悔した。

 ファーレンシアは泣いていた。


「……ファーレンシア……」


 ファーレンシアは何も言わずに、座り込んだままのカイルを抱きしめた。


「自分が無力なことが……悔しいです……」


 それはカイルの心情と一致していた。


「でも、この重荷を貴方一人に背負わせるのは、もっと悔しいです。貴方は一人で全てを――世界の未来を背負うことを選んでしまう。お願いです。今は、ディム様とシルビア様の言葉を聞いてください。私は世界の未来よりも、貴方の苦しみが悲しい。エトゥールの王族失格とののしられてもいいです。卑怯者ひきょうものと言われてもいいです。お願いですから、私を愛しているなら、今は踏みとどまってください」

「――」


 その言葉にカイルの身体から緊張が消え、力が抜けた。ファーレンシアはさらに強く青年を抱きしめた。少女の身体の温もりが感じられ、カイルにこちらが現実世界であることを認識させた。

 愛しているなら――そう言われてしまえば、選択は一択だった。

 

「……ファーレンシア、君はずるい……」

「……はい」

「また泣かせてしまった」


 ファーレンシアは首を振ったが、涙はこぼれていた。

 カイルは黙って少女の身体を抱きしめ返した。もう一度同調しようとする気持ちは完全に失せていた。


「……行かないでください」

「……うん」


『二人を休ませたい』


 シルビアに希望を告げると、メレ・エトゥールが専属護衛であるミナリオとアッシュを呼んだ。歩くこともできないほど憔悴しょうすいしている二人を専属護衛達が抱き上げる。


「ディム」


 カイルはすがるようにウールヴェを見つめた。今回の状況で今後、先見を得ることを禁じられてしまうことをカイルは恐れた。


『わかっている。だが今は休憩きゅうけいをしろ。見た光景を絵に起こし必要もあるだろう。それが解析に利用できるか確認するまでは、未来をのぞいても無駄になる可能性がある。姫に負荷をかけるのは本意ではないよな?』


 カイルに選択させているように見せかけて、答えを制限している。我ながら卑怯ひきょうな手だと、ディム・トゥーラは内心自嘲じちょうしていた。エトゥールの姫が自分を利用しろと提言するなら、徹底的に利用するまでだった。

 カイルの行動を抑制よくせいするには、姫の健康をたてにするしかなかった。

 二人が専属護衛達に運ばれていくのを見送ってから、ディム・トゥーラは、赤い精霊鷹を見つめた。


――――望んだから見せただけだ


 世界の番人の言葉は、やや言い訳がましかった。


『わかっている』


 ウールヴェは吐息をついた。


『どちらかというと、こちらのせきだ。カイルを止めるタイミングが遅かった。まだこれは序の口だよな?』


――――そうなる


「ディム・トゥーラ、この手法は二人の精神負荷が高すぎます。再考を」


 世界の番人の言葉をきいたシルビアが、医者として当然の意見を述べてきた。その見解に反対するつもりは、ディム・トゥーラにはなかった。むしろ同意した。

 特にカイルの精神負荷は予想よりひどいものだった。できれば、先見の光景を絵に描くことも禁じたいほどだ。


 そもそもすべての元凶は恒星間天体の予想外の分裂だ。それがなければ、順調だとさえ言えたのだ。


 やはり、恒星間天体の現状解析を待ち、軌道を割り出すことに時間を費やすべきなのだろうか。だが膨大な計算量の解析結果が出る頃には、目と鼻の先に恒星間天体は迫るだろう。さらに的確な軌道変更ポイントを探し出せるだろうか?


 時間を消費するリスクが高すぎた。


『……何か代案はないか?』


 ディム・トゥーラは思わず聞いた。シルビアもメレ・エトゥールも首をふった。

 メレ・エトゥールは世界の番人を見た。


「世界の番人よ。今日のカイル殿は何か所の先見を得たのでしょうか?」


――――18ほど


「……18以上の街や村が今までの想定外で滅びるのか」


 エトゥールを目標に軌道変更をする場合は、もちろん周辺が爆発に巻き込まれることは計算済みだったが、さらに増加するとなると住民の疎開計画は根本から見直しを迫られることになる。


『その18箇所は予定の王都周辺ではないと?』


――――周辺ではない。星の破片が主な原因だ。時期も異なる。


――――被害の大きい地区から順に見せている


『これだけの数が着弾すれば、粉塵が舞い上がり、太陽の光が遮られ、気温低下は免れない。それも問題だ。まさに八方ふさがりだな』


「観測ステーションの爆薬を分割できないのですか?」


 シルビアがディム・トゥーラにたずねる。


『無理だ。旧エリアまるごとでしか移動できない』


「大気圏で燃え尽きる破片の上限の大きさは?」


『突入角度にも左右されるが、一般的に50メートルと言われている』


「爆薬の追加調達は?」


『不可能だ。そのたぐい中央セントラルに追跡監視されている。それができれば、話はもっと簡単だし、地上からミサイルで迎撃げいげきできればこんなに頭を悩ますこともないんだ』


「みさいる、とはなんだ?」


 メレ・エトゥールが質問をし、不用意な言葉を発したことにディム・トゥーラは後悔したが、地上に近い例えの言葉を探した。


『そうだな――例えるなら、普通、矢を空中につがえると、放物線を描いておちる。それがおちずに天空に向かって放たれると直線状に進み、目標にぶつかり、破壊する。尋常ではない破壊力を持った天上人の武器だと思ってくれ』


「それはないのか?」


『残念ながら。我々はそういうものを持たない職種だ』


「……………………」


 シルビアも考え込み、つぶやいた。


「……………………確かに簡単かもしれません」


中央セントラルの追跡監視をかわして調達しろ、というのは却下だぞ?ただでさえ、ブラックリストに俺は入っていて、また観測ステーションが差し押さえられたら、どうにもできない』


 シルビアは少し笑った。


「そうではありませんが、カイルの負担が全部ディム・トゥーラに行くことが難点です。貴方が過労死する可能性があります」


 冗談っぽい言葉だったが、シルビアは健康に関して冗談を飛ばさないので、これは本気であることをディム・トゥーラは悟った。


『俺の過労死リスクの増加で、カイル・リードの心的外傷トラウマが減るとでも?』


「はい」


『採用だ。代案を聞こうか』


「内容を聞く前に採用って、本当に貴方って人はカイルの支援追跡バックアップに前のめりですね」


『それが支援追跡者バックアップというものだ』


「その献身ぶりには頭が下がります。――爆薬の原料を地上調達するのはどうでしょうか?」


『――』


 思いも寄らない提案だった。ディム・トゥーラは頭の中で素早く計算した。

 未成熟な文明の中で、黒色火薬の類が発明されるのは、かなり後になる。だが、確かに原料は、地上の大地に眠っている可能性はある。


「クトリならそこら辺の雑知識を持っています。聞いてみる価値があります。メレ・エトゥールの政令でかき集めることもできるでしょう」


 メレ・エトゥールもうなずいた。


「商人、兵団を総動員して集めよう」

「品質は悪くても、威力の底上げはできるはずです」

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