第23話 閑話:指導教官

 カイルの前に高級紙が山積みされた。


 カイルは呆気にとられた。これは、ほんの二日前にアードゥル達に提出した手書きの計画書の一部だった。中身を確認すると、朱書きで細かい指摘事項がかかれている。


 カイルは既視感を覚えた。

 ディム・トゥーラの手紙が添削てんさく状態で戻ってきたことに、どこか似ている。

 

 カイルは、アドリーの拠点に呼び出されていた。

 呼び出してきたのは、初代の二人である。彼等はカイルが作成した計画書を突き返してきたのだ。


「工程とリスク分析が甘すぎる」


アードゥルが言う。 


「拠点の機能に依存するな。恒星間天体の落下で拠点が使用不可になる可能性も考えろ」


 それはカイルにとって盲点な指摘だった。


「使用不可になるの?」

「拠点のコアというものが存在する」


 解説してくれたのはエルネストだった。


「今は閉鎖されているエトゥールの地下がメインの拠点で、そこから大深度だいしんどをエネルギーもうが伸びている。それが言わば各拠点のライフラインだ」

「……知らなかった」

「なぜ、知らない?管理者権限の基本だぞ?」


 咎めるようなアードゥルの言葉を取りなしたのも、エルネストだった。


「エレン――イーレが言っていた。彼は管理者権限を覚えようとしなかったそうだ。この間、暗記を命じられてなかったか?」

「途中でイーレがとんでもないことを言って、中断……」

「そういえば、そうだった……」


 思い出したエルネストは、複雑な表情を浮かべた。


「とりあえず管理者マニュアルは読んでおきたまえ」

「わかった」


 アードゥルは山積みの書類を指差す。


「残りの指摘事項はそこに記載した。残りは後日だ」

「……ありがとう。確認する」

「君の指導教官はアードゥルだ」

「え?」

「制御訓練もするから、そっちがいいだろう」

「……以前、僕の指導について、押し付けあいをしてなかった?」

「もちろんしていたとも。君はアードゥルと一緒でやっかいな臭いがぷんぷんする」


 意外なことにアードゥルはエルネストの揶揄やゆに黙っていた。


「交換条件がある」


 アードゥルが切り出した。


「今回、協力する代わりに、ミオラスの訓練を引き受けてほしい」

「はい?」


 カイルは思わず聞き直した。


「なぜ僕?僕は確かに歌姫の訓練を進言したけど、貴方でもエルネストでもいいじゃないか」

「我々は地上人への訓練が不慣れだ。どう接していいか、程度がわからない。治癒師が君を推薦してきた」

「シルビアが?」

「地上人の専属護衛と子供に訓練をしているときいた。慣れているだろう?」


 カイルは躊躇ちゅうちょした。


「僕はリードに他者に影響を与える因子いんしをもっていると指摘された」

「ロニオスに?」

「僕とかかわって、どういう弊害へいがいがでるか未知数なんだ」


 アードゥルとエルネストは顔を見合わせた。


「僕の訓練はリスクがともなうかもしれないよ?」

「以前と同じく、エルネストがバックアップにつくとして、この点はどう思う?」

「ロニオスが言うなら、その可能性はあるだろう。影響の因子はなんだろうか?」

「能力の拡大」


 カイルの返答に、二人は検討をはじめた。


「すでに深入りしているから、時すでに遅しの可能性もある。だから、ミオラスと君の対話が成り立ったという仮説はどうだ?」

「ありうるかもしれない」

「なんの話?」


 気になる言葉だった。


「アドリーに避難していたミオラスが、私の意識に接触してきた。確認したが間違いない」

「え?どんな風に?」

「………………そこは割愛かつあいさせてもらおうか。だからこそ、訓練の必要性を実感した」

「僕の影響のリスクはどうするの?」


 カイルの質問は当然と言えた。


「僕のせいで歌姫に何かあるのは、いやだ」

「もうすでに影響をうけて覚醒かくせいしているなら訓練しかあるまい」


 エルネストの正論にカイルはぐっと詰まる。もっともな意見だったが、カイルが回避したい重大な理由はまだあった。


「もう一つあるよ」

「なんだ?」

「歌姫と二人きりで訓練は絶対にいやだ」

「……まさかミオラスに篭絡ろうらくされるのか?」


 アードゥルが怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


「違うよっ!ファーレンシアが誤解するような状況がいやだって言ってるのっ!!」


 カイルはうんざりしたように言った。


「男女二人きりの訓練なんて、誤解の温床おんしょうだよ。絶対に嫌だ。だいたい貴方は平気なの?」

「平気とは?」

「僕と歌姫を二人きりにして」

「……別に」

「僕は貴方とファーレンシアが二人きりだったら、イライラするよ」

「なぜ?」

「エルネストっ!この人に男女の繊細な心理を解説してっ!!」

「それは、恒星間天体を回避するぐらい難易度は高い」


 カイルは無理だ、というエルネストの婉曲的えんきょくてき表現に頭をかかえた。


「姫と治癒師ちゆしを同席させるのはどうだ?」

「はあ?」


 エルネストが思いもよらない助言をした。


「なんだったら姫を助手として採用すればいい」

「いや、ちょっと待ってよ」

「治癒師がいれば安心だし、姫がいれば誤解は生まれない」

「――」

「どうせお茶をしにくるなら、その時に君もついてきて訓練すればいい」

「――」


 カイルはこの提案を吟味ぎんみした。

 ファーレンシアが承諾してくれれば、悪くなかった。


「じゃあ、二人に打診してみるよ」

「もう一つ聞きたいことがある」


 アードゥルは言った。


「茶髪の男に心あたりはないか?」

「はい?」

「瞳は茶色、長身、眼光が東国イストレ無法者ヤクザ並みに鋭い、君の関係者だ」

「――」


 カイルは冷や汗を感じた。その特徴を持つカイルの関係者は、一人しかいない。


「…………彼が何か?」

「思いっきり、腹を殴られた。いや、蹴られたのか?」

「…………それ……もしかして……」

「私が落ちた遠因だ」

「……リードの中にいた?」

「いたな。完璧に潜んでいたから、反応に遅れた」

「僕の……支援追跡者バックアップ……です」


 カイルは観念して認めた。

 笑いだしたのは、エルネストだった。


「本当に殴ったのか。カイル・リードの予想通りじゃないか」

「なんだと?」

「君と彼の支援追跡者バックアップが遭遇したら、殴るか蹴るかしそうだ、とカイルは予測していた」

「確かに思念攻撃だったが、殴られた」


 アードゥルはカイルをじっと見つめたが、そこには怒りなどの衝動は存在しなかったため、カイルの方が困惑した。


「例の君の尻拭い役か。なるほど」

「……言い方……」

「君について言及していたから、そうじゃないかとは思っていた」

「……言及?」

「君を傷つけることは、二度は許さないそうだ」

「――」

「君を殺したら、地の果てまで追ってくるな。あれは西の民よりやっかいなタイプだ」

「――」

「そんなわけで安全は保証する。機会があったら、彼にも伝えておいてくれ。君子危うき近寄らずとしたいところだが、こうも関われば、そうもいかない。だが、制御訓練はこれとは無関係にスパルタでいくからな?覚悟しておけ」

「はい?」

「君が能力の自爆で死んでも、あの男は認めないタイプに思える。我々のせいにされ、逆恨みされても困る。君には完璧な制御せいぎょを取得してもらおう。手を抜くつもりはない」

「いや、待ってよ。教えてくれるのは嬉しいけど、スパルタの必要はないよね?」

「ある。というかそれしかない」


 アードゥルは肩をすくめて見せた。


「ロニオスの教え方がそうだった。私はそれ以外の教本を知らない」

「――」

「アードゥルから逃げ出すなら今のうちだ」




 エルネストの警告が未来を暗示していた。


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