第9話 再同調①
ファーレンシア、シルビア、ハーレイが馬に乗って、ライアーの塚に駆けつけたところ、サイラスは現れた三人に軽く手をあげ、合図をした。
問題の青年は、そのそばの崩れた石壁あとに腰をおろして
「カイル様、大丈夫ですか?」
ファーレンシアの問いかけに、カイルは力なく頷いた。
彼の右肩には、大きな赤い精霊鷹がおり、その
ファーレンシアは、カイルから精霊鷹を引き取ろうと、手をのばした。
その行為にサイラスが警告を発した。
「姫、鷹の爪は鋭い。怪我をするぞ」
はっ、としたようにカイルは顔をあげ、ファーレンシアの手を握ることで遮った。
「……大丈夫、
その言葉に革の手甲をつけているハーレイが腕を出し、ファーレンシアが何かを告げると、精霊鷹は素直に若長の腕に移動した。
ハーレイとシルビアは視線を交わした。
「精霊鷹に怯えて、私達を呼び出したのですか?」
「怯えてなんか――」
「いますよね?」
カイルは視線をそらした。
「――今から同調するから呼んだんだ。ハーレイ、前に水場の問題を言っていただろう。それも一緒に調査する」
カイルは木の枝を拾って、地面に簡単な地図をかいた。
「水に困っている氏族の位置を、だいたいでいいから知りたい」
カイルは基準になるライアーの塚を中心に、精霊の泉や、ハーレイの村の位置を書いていく。
見つめていたハーレイは石片を地面の上に落としていく。
「かなりの数だね……」
「急だな、どうしたんだ?」
「ライアーの塚を上空から見るついで、だよ。後日、調査するより、今がいい。
「――」
言われた鷹は、カイルの言葉を無視するかのように優美に羽繕いをしている。それはカイルの子供のような暴言を、大人の態度で聞き流しているようにも見えた。
「精霊鷹に同調――するのか?」
「僕は嫌でたまらない」
「いや、だから、精霊獣を
「嫌だよ、二度と同調するつもりがなかったのに――」
がぶり。
ウールヴェのトゥーラが、カイルの手を噛んで続く暴言を止める。
「〜〜〜っ!!!」
「貴方もイーレ並に学習能力がありませんね。同じ失言をメレ・エトゥールの執務室でして、ウールヴェに叱られてませんでしたか?」
「……ほっといて」
カイルは
「敷物を持ってきて正解でしたね」
シルビアが皆が腰をおろせるよう、敷物を広げた。それだけではなく、お茶の用意まではじめた。簡易のコンロに鉄瓶をかける。茶葉や茶器やら、やたらと準備がいい。
「シルビア、それは――」
「占者のお婆様に持たされました。謎でしたが、このため、だったのですね」
「僕には、お婆様の方が謎すぎる」
「まあ、ナーヤ婆だからな」
「そうですね」
なぜかシルビアまで同意する。
「カイルが同調している間、待つのは退屈なので、お茶とお菓子でも――いかがですか、ハーレイ様」
「いただこう」
その間にファーレンシアは体勢を整え、カイルは彼女の膝に頭を預け、寝転んだ。
サイラスがその光景に唖然とした。
「姫の膝枕だと?」
「――悪い?」
サイラスの非難に、カイルは開き直った。
「メレ・エトゥールに殺されるぞ」
「メレ・エトゥールは知ってるよ」
「メレ・エトゥール公認の仲かよ、面白くもない」
サイラスは、ちっ、と舌打ちする。
「サイラス、やかましいよっ!」
「公認なんですが、カイルがヘタレなんです」
シルビアが余計な一言を放ち、当事者であるファーレンシアは真っ赤になった。
「君達っ!同調している間に、好きなだけ悪口を言えばいいだろう!ちょっと黙っててっ!」
皆が黙るとカイルはすぐに意識を落とした。
と、同時に鷹は羽根を広げた。ハーレイは慣れているようで、鷹を大空に向かって放つ。
鷹は彼らの頭上を3回ほど周ると、飛んでいった。
ハーレイは言葉をなくし、鷹を見送った。
「……本当にあれが、カイルなのか?」
「カイルですよ。……まあ、まさかあんなに苦手としていた精霊鷹と再同調を選ぶとは思いませんでしたが」
「さっきなんて、半分パニックってたぜ?」
サイラスが暴露する。
「わたわたとウールヴェを姫に送ろうとしていた」
ファーレンシアが頬に手をあて、ぽっと頬を染める。
「……シルビア様、どうしましょう、カイル様がかわいいです」
「……」
やや呆れた視線をシルビアは投げた。
「それは、あばたも
どんどん上昇すると、ファーレンシア達が小さくなっていく。感じられるのは風と陽の光だ。
相変わらずこの鳥の目はよかった。
――これが精霊鷹でなければなぁ……
まるでカイルの思考を読んだかのように鷹は鳴く。
同調しているのに、素体の意思が残っているのは、ありえないことだ。初回探索には気づかなかったが、あの時も精霊鷹は意思があったかもしれない。
同調しているのに嫌がっているカイルを非難しているのは、間違いない。
――平常心平常心
カイルは呪文のように唱えた。
カイルはまず上空からライアーの塚周辺の植生を確認し、記憶した。確かにサイラスが指摘したように、植生は微妙に違った。ついでに土壌情報も取得する。これは、ディムが
それからハーレイが教えてくれた氏族の村の正確な位置を一つ一つたどる。
幾つかはすでに放棄されたあとだった。廃村になった荒れた土地は、半壊した住居が残存していた。ハーレイの村より小規模のものが多い。
魔獣の襲撃と水場の不足は、確かに深刻な問題のようだった。
カイルは解決の手段である水源を探した。森は水を保持し、消費する。その豊かな水は、他国との国境にもなっている山々からの恵みだった。
鬱蒼と茂る森の中に川はあったが、集落からは離れていた。
精霊の泉のような湧水箇所は幾つかあったが集落の数に比べて足りない。
――井戸を掘るか
地下水脈があれば、難しいことではない。
そういえば、ハーレイの村には井戸があった。
地下水脈を見つけ、地下水位が地表面に近いところで井戸を掘る。掘るのは、その氏族に教え、やってもらえばいい。
問題は、その地下水脈をどうやって探し当てるか、だ。クトリあたりが地上情報を収集していれば、話は簡単だけど――
そこまで考えた時にカイルは地上に変化が起きていることに気づいた。視界に入る地表面に先程までなかった金色の筋が走っていた。
――?
金色の筋は濃かったり、薄かったりしていた。また太かったり、細かったりもする。
――なんだ、これは……
山からその線は始まり、集まって太くなり、先程発見した湧水地まで繋がっている。カイルは上空から観察をして、線を始点から終点まで何本か追いかけるため、移動を始めた。
残された4人は、のんびりとお茶を飲んでいた。
「エトゥールの姫、慣れているな……」
ハーレイは少女が動じていないことに感心していた。ファーレンシアは、カイルを膝枕したまま微笑んだ。
「ハーレイ様への先触れも同じ方法でしたから」
「だが、あのときは、カイルのウールヴェだろう?このように、世界の番人を使役するなど……」
「精霊獣であって、世界の番人を使役しているわけではありません」
「そうなのか?この間、精霊鷹の姿で降臨したから、てっきり――」
「
「その違いがわからん」
「押しつぶされるような圧はありませんでしょう?」
「――ああ、確かに」
ハーレイは納得したようだった。
「初めてお会いしたカイル様も、精霊鷹のお姿でした」
「そうか……しかし、精霊獣を操ることができるというのは、なんとも……」
ハーレイは落ち着かない様子だった。
「カイルは私達の中でも規格外ですから、お気になさらず」
「いろいろやらかすしな」
サイラスもつぶやき、ファーレンシアの言葉の意味に気づいた。
「そうか、初回探索の素体はあの鷹だったのか」
「そうです。カイルの
シルビアは静かにお茶を飲む。
「克服の道は遠いですね」
「克服できるのかね」
「どうでしょう。――そういえば、先程、水場とおっしゃってましたが、何か問題でも?」
シルビアがハーレイに問いかける。
「南で魔獣が増えて、水場を失った氏族がいる。争いの火種になりつつある」
「南ねぇ、エトゥールは退治を地方領主がサボっていたからだけど、やな符合だな。魔獣って、どうやって生まれるんだ?」
「よくわかっていません」
ファーレンシアは首をふり、ハーレイを見る。
ハーレイも頷く。
「唐突に現れ、人や家畜を襲う」
「野生のウールヴェみたいだ」
「そうなのですか?」
シルビアは首をかしげる。彼女はまだ野生のウールヴェを見たことがなかった。
「俺が初遭遇した時はそうだったよ。幼体を見つけた時に」
「ウールヴェの幼体は珍しいものではないが、たまに親が沸くからな」
ハーレイは苦笑する。
「親ウールヴェが出たら、村に向かわせないようにするのが、一番の苦労だ。全てをなぎ倒してしまう」
「なんで、あんなにデカくなるんだ?」
「さあ?魔獣とともにそういうものだとしか言いようがない」
「それがよくわからんなぁ」
「本当に謎の生物ですね」
シルビアも同意する。
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