第14話 閑話:師弟
最近、エトゥールの第一兵団の
長棍と長剣の対戦実技であり、指導者は黒髪のメレ・アイフェスだった。この異国の
鍛錬場を走る兵員が量産された。
「そのうち、挑戦者がいなくなるぜ?」
サイラスは第一兵団長に
「大丈夫、サイラス様に勝つと、特別手当がつくんですよ。負ければ体力がつく。挑戦すれば経験が積める。上官としては、どちらでも大歓迎ですな」
「――
そう会話するそばから、若者が走りより一礼する。
「お願いしますっ!!」
ちらりとサイラスは若い兵士を値踏みし、小声で兵団長に問う。
「何秒もつ?」
「いいとこ10秒でしょう」
叩きのめすだけでは、鍛錬にならない。
と、いいつつも、素早く繰り出される棒術で近づく隙を与えないまま、正確に10秒目でガラ空きの腹部を
ちょうど、相手を派手に跳ね飛ばしたタイミングで、声をかけられた。
「サイラス殿」
セオディア・メレ・エトゥールだった。
全員が敬礼をする。
第一兵団ではないサイラスに敬礼をする義務はなかったが、兵士達の手前、ぞんざいな態度はできないのでサイラスは彼に黙礼をした。
こういう礼節が面倒臭く、サイラスがもっとも苦手とするところだった。
メレ・エトゥールは指でサイラスをさしまねく。
サイラスは長棍を手にしたまま、セオディア・メレ・エトゥールに近寄った。兵達には声が届かない距離だ。メレ・エトゥールもそこらへんは計算しているらしい。
「イーレ嬢が目覚めたと、カイル殿から連絡がきた」
「ああ……」
サイラスは内心ほっとした。
「西の地に向かうか?和議が結ばれた今、向かうことは可能だ。案内人もつけるが」
「――」
魅力的な申し出にサイラスは考えこんだが、最終的には首を振った。
「やめておく」
「イーレ嬢はサイラス殿の師匠だときいたが?」
「まあ、そうだけど……」
「師匠の身を案じていたのでは?駆けつけなくていいのか?」
「イーレは師匠で、大切な存在だけど、あの人の性格もよくわかってる。弟子に弱っているところを見せたくないんだよ。見栄っ張りで、子供っぽいところがある。しかもこちらが、リルやメレ・エトゥールの安全を放り出して駆けつけたりしたら――」
「駆けつけたら?」
「容赦なく叩きのめされて、2週間くらいあざだらけで寝込むことになる」
「サイラス殿が叩きのめされる?」
「間違いなく」
サイラスの断定的物言いに、メレ・エトゥールは考え込んだ。
「……そんなに癖のある
「最高に癖があるんだなあ、これが。自分の欲望に忠実なタイプだから、案外、西の地から戻らないかも。ウールヴェの肉も食べたがってたし」
サイラスは、この時点で己の師匠が己の欲望に忠実に従い、野生のウールヴェを狩り終えて、すでに肉を堪能していた事実を知らない。
「一応確認するが、イーレ嬢はサイラス殿の師匠で、カイル殿達の
「まあ、あっているよ」
「――」
「何が言いたいかわかるけど、この世界に変わり者の王とかいないのかよ?」
「いないこともない。北限の王は貴族だが、傭兵もこなす変わり者で有名だし、
「変わり者だらけじゃないか」
「私が真っ当に思えるだろう?」
「真っ当でも、癖は強いんじゃない?普通の王様は商人の家まで来て、勧誘はしないと思うけど」
「優秀な人材を確保するための手間は惜しまない主義だ」
「おまけに殺し文句も上手い」
サイラスは遠い目をした。
「結局、第一兵団の訓練に付き合う羽目になってこちらは不本意だ」
「リル嬢の教育と引きかえに承諾したのはサイラス殿だったはずだが」
「まあねぇ、知識は生き抜く役に立って邪魔にはならないからさ。リルのためとはいえ、早まったような気もするけど……。イーレも周辺の王様並みに――いや、それ以上の究極の変人だ。和議が成立したから、西の民を鍛えそうな気がする」
「――西の民を?いや、どうして、そうなる?」
「西の民は戦闘民族なんだろう?戦闘に自信があるのに、イーレにコテンパンにされたら、弟子入りしたくならない?」
「しかし――」
「どうするよ?イーレが西の民をひきいて
「……それは冗談だな?」
「さあ?」
「……」
「……」
「……なぜか野生のウールヴェが、大挙して押しかける情景しか浮かばないのだが?」
「ああ、そんな感じ」
「カイル殿にはイーレ嬢を単独で連れ帰るよう、厳命しておく」
「命じても、思う通りにことが進まないってあるんだなあ」
「……」
「弟子の視点で申し訳ないけど、彼女だけは思い通りになると思わない方がいい。彼女を従えるのは世界の番人でも、絶対に無理だ」
サイラスは真顔で不吉なことを言った。
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