第11話 和議の使者②

「あと他に気をつけることはあるか?」

『言葉の問題かな?西の民の言語を僕たちは知らない。通訳がハーレイのみになってしまう』

「ああ、確かに。それは心もとないかもしれないな。俺の補佐役もまだそれほどエトゥール語はうまくないし、どうしたものか……」

「お前に特訓してやろうか?」


 にやりとナーヤが笑う。


「ただし安くはない」

『こわいな、お婆様。どれだけふっかけるの?』

「伝承が知りたいなら、西の民の言語の習得は必要だ」


 ばっと、白い獣はハーレイを見たが、彼は首を振った。


「まだ話してない」

『……お婆様、その先見、恐ろしいほどだよ。どれだけ規格外なんだ』

「お前さんだって規格外だろ。茶髪のメレ・アイフェスがいつも嘆いておるようだ」

『――』

「なんじゃい、茶髪のメレ・アイフェスが気になるんかい」

『――茶髪のメレ・アイフェスは無事?』

「まだ旅の途中だな。戻ってくるから安心せい」

『そうか』


 カイルはほっとした。


『お婆様、僕以上に規格外だよ』

「あたしゃ審神者さにわにすぎんよ。知っているのは世界の番人だ」

『……ああ、ね……』

「カイル!」

『ごめんごめん、村の中では言わないって約束だったね』

「大丈夫、お前さんの横に、その白い精霊獣がいれば、多少の暴言は見逃してもらえる」

『これ、僕のウールヴェだよ。精霊獣じゃない』


 ナーヤはハーレイをにらんだ。


「なんじゃい、ちゃんと説明していないのかい」

「……いや、どっから説明していいものやら」

『?』


 ごほんとハーレイは咳払いをする。


「カイル、普通のウールヴェは他人としゃべらない」

『……はい?』

「多少の意思の疎通はできるが、使役者以外の他人としゃべらない」

『……えっと?』

「しゃべるとしたら、それは世界の番人の祝福を受けた精霊獣だ」





『……………………』


 カイルの反応に、ナーヤとハーレイは顔を見合わせた。


「固まっておるのう、まさか本当に知らんかったんかい」

「そんな気はしたんだ。ナーヤ婆、こういう場合の対処は?」

「知らんわい。エトゥールではこういう基本を教えないのかい。いささか問題じゃないかね」

『……これ、街でメレ・エトゥールに買ってもらったウールヴェだけど』

「そうか」

『……使役ができるって』

「そうだな、俺も使役している」

『……大食漢というよりはよく惰眠をむさぼっていたけど』

「そうか」

『……周囲の言葉をきいて学習していくのでは?』

「まあ、多少学習してくれるが、しゃべらない」

『結構、語彙ごいが豊富で、鬼だの鬼畜だの大漁だの覚えているのだけど……』

「その語彙ごいの選択はおかしくないか?」


 ハーレイが真顔で突っ込む。


「誰がそんな言葉をウールヴェの前で使ったんだ?」

『……うん……まあ……なんとなく、心当たりが……』

「その大きさになったのはいつだ?」

『僕が意識を失っていた時かな……?目覚めたらこの大きさだった』

「ああ、世界の番人に囚われていたと言っていたな。ではその時だろう」

『なんで⁈』

「世界の番人の行動など、我ら一般の民の考えなど及ばん。正直なんで、そんなに忌み嫌うのか理解できないんだが。世界の番人の祝福を受けた精霊獣を身近におけるなど、最高の加護だぞ?西の民なら氏族しぞくおさに間違いなくなれる」

『……………………』

「嫌みたいじゃな」

「嫌なようだ」

『……僕の世界には……精霊も……世界の番人も……ウールヴェも存在しない……だから理解しかねるんだ』

「ほほう」


 老女は面白そうな顔をした。


「だが、こちらも精霊獣に意識を乗せられるものなどいないぞ。あたしでも無理だ。こんな風に会話はできぬ」

『それは、まあ、僕の特殊な能力なんだけど……』

「カイルが精霊の泉で急いで戻ったときに、残ったウールヴェと会話をしたのだが、かなり知性がある。ウールヴェの領域ではないのは確かだ。言葉もかなり流暢りゅうちょうだった。世界の番人相手に激怒したのはカイルで二人目だとか――」

『……それは事実だけど……』

「そこまで状況認識できるウールヴェなどいない。そういうことだ」

『……』

「まあ、どっちだっていいのだろう」


 ナーヤ婆は笑い出した。


「いやいや、ナーヤ婆、精霊獣だぞ?おさなら誰でも望む加護だ」

「この坊は、自分ときずなを結んだのが、ウールヴェだろうと、精霊獣だろうとかまわないんだよ。自分に加護も必要だと思っていない。どちらかというと周囲の自分に関わる人々に加護が欲しいと思っている」

『――』

賢者メレ・アイフェスらしいねぇ。無欲というか……おっと、ひとつ忠告じゃ」

『……なんだろう』

「お前の精霊獣は賢いからすぐ拗ねるぞ。今もこの会話を理解しておる。精霊獣だからといって、毛嫌いしないようにな」


 それは確かに必要な忠告だった。






「ど、どうしましょう、シルビア様」


 補助をしていたファーレンシアが狼狽うろたえる。


「何かありましたか?」

「カイル様が自分のウールヴェが精霊獣かもしれない、と知ってしまいました。かなり動揺されています」

「!」

「どうしたらいいですか?」


 シルビアは考え込んだ。


「彼に嘘や誤魔化しは通じませんから、ありのままの事実を告げるしかありません。逆にここで容赦なくカイルを追い込んで、精霊獣を認知させるのも手かもしれません」


 シルビアの過激な助言に、ファーレンシアはあっけにとられて、治癒の賢者を見つめた。


「……あのシルビア様……思考が兄に似てきていませんか?」

「影響は受けたかもしれません」


 さらりとシルビアは認めた。





 揺れる馬車の中で、カイルは目覚めたが、身体を起こそうとしなかった。頭をファーレンシアの膝に預けたまま無言だった。


「……」

「……カイル様?」

「……」

「……カイル様、大丈夫ですか?」

「……ファーレンシア、ウールヴェが喋らないって本当?ハーレイがトゥーラを世界の番人に祝福を受けた精霊獣だというんだ」

「……」

「本当?」

「……私と兄は、カイル様のウールヴェが変化していることに気づいてました」

「……どう違うの?」

「身体の大きさや、知性があること、言語を理解しあやつるところです。しかも使役者以外と会話が可能です。兄は、カイル様のトゥーラと会話をしていたようです。その……私やシルビア様しか知らない会話をトゥーラから聞き出してました。私やシルビア様のウールヴェにはできないことです」


 カイルは深いため息をついた。


「カイル、ウールヴェの成長は使役主の思念力に影響するのかと思います」


 シルビアが自説を唱えた。


「眠っているカイルの思念は、コントロールがなく、解放された状態に近いものでした。それを全部――そう、食らったような状態かと。ウールヴェは大食漢なのに、カイルのウールヴェはよく眠っていましたね。食の欲求がカイルの思念力で満たされていたのではないかと思います。だから私のウールヴェと違う成長を遂げているのかもしれません」

「思念喰いの生物だと?」

「その可能性はあると思います」

「……この世界はわけがわからない」


 カイルは再びため息をついた。


「ウールヴェが精神感応テレパスによって精霊獣に進化するのなら、古代エトゥール王に仕えた精霊獣は、八賢人メレ・アイフェスによって影響を受けたウールヴェの可能性があるじゃないか」

「……そこまで考えてみませんでしたね。ただ、その進化したウールヴェの呼称を精霊獣としているのかもしれません」

「あの……世界の番人の祝福を受けたものが精霊獣というのは……西の民の教えであって、エトゥールでは一般的なものではありません。ただ、精霊獣は特別なものです。害意はないのです。むしろ守護をしてくれます」


 ファーレンシアは一生懸命に言葉を紡ぐ。


「カイル様は精霊獣がお嫌いかもしれませんが、トゥーラは純粋に主人としてカイル様をしたっており、愛していますので、その……」

きずなを切ることはしないよ」


 ファーレンシアはほっとした。


「使役主が死んだらウールヴェはどうなるんだ?」

「姿を消します」

「ウールヴェが死んだら?」

きずなを結んだ使役主に衝撃がいきます」

「精霊獣は?きずなを結んだ人間が死ぬとどうなるんだ?」

「……わかりません」


 ファーレンシアは首をふった。


「西の民の方が詳しいかもしれません」

「ハーレイと占者にきくしかないか……」

「世界の番人に聞くのは……」

「絶対に嫌だっ!」


 シルビアは呆れたように見つめる。


「頑固ですね。世界の番人に素直にきいた方が、話が早いかもしれないのに。ところで、いつまでファーレンシア様の膝を占拠するおつもりですか?」


 シルビアの指摘に、カイルはようやく上体を起こした。


「西の民の占者が言葉を教えてくれるというので、しばらく同調することになる。西の民の言語があれば、この先便利だろうし、伝承も教えてくれるらしい。ファーレンシアは疲れてないだろうか?」

「大丈夫です」

「確かに言葉は通じる方が、いろいろ助かりますね」

「で、別の問題があるのだけど……トゥーラがねた。さっきから同調を弾かれる」


 シルビアとファーレンシアは顔を見合わせた。





 その日、ファーレンシア・エル・エトゥールを代表とする和議の使節団の昼食は、なぜか甘いパンケーキだった。



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