第8話 精霊の泉②
またもや、カイルに聞きたいことが山ほどできてしまった。
精霊の泉で青年の帰還を待ちながら、ハーレイは考えこんでいた。そのハーレイの手の甲を白い獣が鼻先でつつく。
――はーれい お腹すいた
「……」
カイルは自分のウールヴェだと言ったが、自らの希望をしゃべるウールヴェなど存在しない。しかも使役している本人以外と意思の疎通をする。これはもう立派な精霊獣だ。
「……果物でもいいか?」
――美味しい なら いい
ハーレイは少し森にわけいり、野生の林檎の実を摘み、精霊獣に与えた。ウールヴェは与えられるまま、貪り続けた。
「カイルは何をしている?」
――しるびあ 話 を している
シルビア――あの時、同席していた銀色の長い髪をしていた女性のメレ・アイフェスだ。
「お前はずいぶん言葉が流暢だ」
――よく できる 子 代表
「そうなのか?」
――ほめて ほめて
「そうか、ご褒美だ」
ハーレイが
「……世界の番人は怒っているか?」
――番人 怒っていない 呆れてる
まあ、そうだろう。あんな風に呼びつけるのはカイルぐらいだろう。
――でも、面白がっている
「――番人が?」
――番人が
世界の番人を侮辱する大罪に怯えていた身とすれば、安堵するとともに、複雑な気分に陥る。世界の番人は軽視されていい存在ではない。
だが、激怒したカイルは、多分忠告に耳を傾けないだろう。
――二人目
「ん?」
――世界の番人相手 激怒した 二人目
「……なん……だと」
――でぃむ・とぅーら かいる より 激怒した
「……その人物は?」
――天上 めれ・あいふぇす
やっぱりか!メレ・アイフェス達は世界の番人を恐れない。ハーレイは頭の痛くなる事実にため息をついた。
イーレはどうだろうか?
――いーれ 年齢を言うと 世界の番人 でも 狩りにいく
「――!!!!」
古代の賢者と言われているメレ・アイフェス達の心象がガラガラと崩れていくのは何故だろう。彼らは理性的な賢人のはずだが、意外に短気なのだろうか?だが、カイルはお人よしと言っていいほど、穏やかな気質だった。
「……大災厄とはなんだ?」
『エトゥールが滅びる災厄らしいよ。それが何かまだわからないけど』
心臓が飛び出るかと思うほど、ハーレイは驚いて、のけぞった。カイルが戻ってきたようだった。
『世界の番人が僕をこの世界に留めている理由がそれだ。ごめん、お待たせ。さらに悪いけど、ハーレイにお願いごとがある』
「なんだろうか?」
『「ライアーの塚」に行きたい』
「おやすいごようだ」
ハーレイは再び馬にのり、白い精霊獣と森の中の移動を始めた。
「カイル、こちらもひとつ願いごとがあるのだが……」
『なんだろう?』
「世界の番人に喧嘩を売るのは、エトゥールに戻ってからにしてくれないか?」
『努力するけど、約束できないなあ』
「……その正直さが、カイルの長所だな」
『そう?』
「大災厄は西の地も免れないと、占者は言っていた」
『……』
「500年前から定められていた滅亡か……」
『ハーレイは受け入れる?』
「……いや」
ハーレイは首を振った。
「だが、初代エトゥール王の気持ちはわかる。滅亡の予言など、村人に話せるものではない。ギリギリまで隠すしかないだろう」
『……うん』
「生き残る道を探すために、足掻くべきだと思う。西の民にできることはないか?教えてくれ」
精霊獣は驚いたように馬上のハーレイを見上げた。
『……今、一番欲しいものは、メレ・エトゥールへの協力者だ』
「正式な和議を結ぼう。
『……僕が話をでっち上げている可能性とかは、考えないの?』
「世界の番人との会話で、大災厄を止めるための奉仕の件を言っていたじゃないか。あれで十分だ」
『……僕が奉仕をやめれなくなるじゃないか』
「やめる気など、さらさらないだろう?世界の番人を呼び出し、抗議するくらいなら」
『……』
「和議が不服か?」
『そうじゃない。これこそが世界の番人の思惑じゃないかと思っただけだ』
ハーレイは笑った。
「ありうるな。何せ世界の番人だから」
『正式な和議の件はありがたい。すぐにメレ・エトゥールに伝える。……でもさ、わかる?この世界の番人の掌の上でコロコロ転がされている屈辱感というか、腹立たしさというか、この複雑な心情をわかってくれる⁉︎』
悲愴な表情を浮かべる精霊獣に、同じ表情を浮かべた金髪の青年が重なって見え、愚痴を訴える英知を司るはずのメレ・アイフェスの落差にハーレイは笑いを噛み殺した。
なるほど、世界の番人が面白がるのはこういうところかもしれない、とハーレイは思った。
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