第5話 予言

 実体はない存在……カイルの言った通り理解しがたいものだった。


姿形すがたかたちのないものが存在すると、どう証明されているのでしょうか?……すみません、我々の概念にない存在でして理解ができないのですが……」

「では姿形すがたかたちのあるものを呼ぼうか?」

「え?」


 セオディア・メレ・エトゥールは立ち上がり、東屋あずまやから中庭に降りたつと右手を上げた。

 どこからか羽音が聞こえた。


 鳥。赤い鷹だ。あれはカイルが言っていた精霊獣せいれいじゅうではないだろうか。見たいと言ったら、彼は露骨ろこつに嫌がったが。


 赤い鷹がするりと彼の腕に舞い降りる。

 それはまるで一枚の絵のような光景だった。青い髪の領主が緑豊かな庭で、腕に赤い鷹を従えている。祝福するかのように太陽の光がそこに降り注ぐのだ。なんと美しいのだろう。


 シルビアはその光景に見とれた。



「エトゥールを守護すると言われる精霊鷹だ」



「……呼べるのですか」

「もちろん。貴女に理解してもらうためにと言えば、応じてくれた」

「カイルが言っていた精霊獣せいれいじゅうの一種ですね?精霊獣せいれいじゅうは知性があるというのですか?」

「間違いなくある。ついでに言うと、カイル殿があまりにも毛嫌いするから、嫌がらせでつきまとい認知にんちさせようとしているようだ」

「……」


 それは人間並に知性と感情があるということではないだろうか。


「うちの馬鹿な子が失礼いたしました。代わっておび申し上げます」


 謝罪とともにシルビアは精霊鷹に頭を深々と下げる。

 赤い鷹は高い声で鳴いた。なんとなく謝罪を受け入れてもらえたような気がした。


「貴女の方が、カイル殿よりはるかに頭が柔軟なようだ」


 セオディアは精霊鷹を空に放った。鷹は城の上空を滑空かっくうすると再び東屋あずまやに戻りその屋根にとまった。


「我々エトゥールの王族は、古来より精霊の言葉をきく能力に秀でている。その最たるものがファーレンシアだ」

「ファーレンシア様が?」

「あの子は幼い頃から先見さきみの能力があった。精霊の言葉も聞ける。それで災厄さいやくを免れることもある。カイル殿の来訪もファーレンシアが予知した」

「――」


 未来予測はシルビアの世界でもあるので、不可能なことではない。エトゥールの妹姫は予知能力を持っている、とシルビアは理解した。


「カイルについてはなんと予言されたのですか?」

「『今夜、聖堂せいどうに救い手が現れる』」


 シルビアはため息をついた。


「私達の世界では、カイルが消えて大騒ぎだったのですが」

「それは悪いことをした」


 セオディアは謝罪したが、言葉と表情が伴っていない。彼は少し笑っていた。

 あのとき生体反応バイタルを追跡していたシルビアとしては、心的外傷トラウマレベルだったので恨めしい。


「カイルをエトゥールに連れてきたのは『精霊』ですか?」

「我々はそう信じている」

「なんのため?」

「エトゥールを救うため」

救済きゅうさいの定義がよくわかりません。過去にも戦争や災害はあったのではありませんか?なぜ、今に限って、救い手をほっするのです?」

「――」


 シルビアの質問にセオディアは口を覆って笑いを漏らした。


「本当に貴女は賢いな」

「意味がわかりません」

「ここだけの話にしてほしい」


 セオディアは身をわずかに乗り出した。


「ファーレンシアがエトゥールの大災厄だいさいやくを予知している。エトゥールは滅びるらしい」




「――」


 予想外の話にシルビアは言葉を失った。


「それを回避するために、我々は救い手を欲した」

「――滅びるのは戦争で、ですか?」

「わからない」


 セオディアは手元のウールヴェをもてあそびながら答えた。


「大災厄が戦争なのか、自然災害なのか、疫病なのか、まだそこまでは見えないらしい。あるのは精霊の警告だけだ」

「……カイルの言っていた悪意のある存在のことでしょうか?」

「それもわからない。だが、メレ・アイフェスのあのときの言葉は、我々は驚いた。彼に先見の能力は?」

「ない……はずですが……」


 シルビアは自信がなくなってきた。


「我々は大災厄に繋がる芽を摘み取らねばならなかった。隣国との戦争、西の民との和議の件、カイル殿とシルビア嬢には感謝しかないのはそういうわけだ」

「ファーレンシア様の予知がはずれたことは?」

「ない」

「そんな重要なことを私達に告げてよろしいのですか?」

「信頼のあかしと思っていただいてよい」


 シルビアは視線を落とした。この後ろめたさはなんだろう。


「……私達は迎えがくれば帰る身です」

「わかっている。今までのことで十分だ」


 セオディアはそこで話を切り替えた。


「さて、使役しえきの練習をしてみようか」





 ウールヴェを念話の中継点とすることはたいして難しくなかった。もともとシルビアにも精神感応能力があったからだ。


――思念を強化する感じかしらね……


 ウールヴェには思念を増強する触媒効果があるのかもしれない。


 だがウールヴェを移動させることはできなかった。

「命じるだけ」とセオディアは言うが、全く動かない。

「アイリのところに行って」と少し離れた場所に立っているアイリを目標にしたが、ウールヴェは全く反応はなかった。

 1時間がすぎ、シルビアは音をあげた。


「私には才能がないのでしょうか?」

「そんなことはないが、シルビア嬢は命令慣れしていないのでは?」

「確かに慣れてはいませんが……」


 命令、命令――最近の命令はカイルに二週間の療養を宣言した時だ。「療養期間を二週間。仕事は禁止」と命令したとき、カイルは情けない顔をしたものだが……。


『アイリのところに行きなさい。さもなくばお菓子は禁止にしますよ』


 ウールヴェは消え、離れたアイリから驚きの声があがった。

 彼女は突然現れたウールヴェに慌てたようだが、東屋の二人の視線に、移動してきたウールヴェの理由を察したようだ。


「できたではないか」

「……え、ええ」


 命令口調がきいたのかお菓子禁止の恐喝きょうかつがきいたのかは謎だが、その件は恥ずかしくて言えなかった。

 お菓子をやりすぎた、とシルビアは深く反省した。この子の食い意地は矯正しよう。

 加護と命令口調で使役しえきできるなら、イーレやディム・トゥーラは百匹くらい使役しえきできそうだ。

 ふと、疑問がわいた。


「メレ・エトゥールはどのくらいの数を使役しえきできるのですか?」

「上限は試したことはないが、機会があれば試してみよう」

「ぜひ」


 思考が研究者のものになっていたが、シルビアには自覚はなかった。




 メレ・エトゥールと別れて部屋に戻ったシルビアは、このわずかな時間でえた情報を整理した。カイルやディムにどう伝えたらいいだろう。


 この世界には、『精霊』という非物質な存在があり、番人として星を守っている。カイルを地上に呼んだ張本人だ。

 人を一人、衛星軌道上から転移させるエネルギーを行使できる存在で、観測ステーションの様々な探索機械シーカーが壊れたのも、彼らの仕業と考えられる。当然、カイルの帰還を阻止するため移動装置ポータルを壊した。

 ここまでは現状と一致する。


 大災厄の救い手として、カイルが選ばれたと言う。そこで疑問が生じる。なぜカイルだったのだろう。


 また、ウールヴェという不思議な生物もまだまだ謎だらけだ。多少の精神感応の才があれば使役できるのかもしれない。

 使役できる数は何に比例するか?思念エネルギーの大小ではないだろうか?


――ウールヴェは思念エネルギーを好むのかもしれない。だから桁違いの能力を持つカイルに群がったなどあって……


 その仮説をたてたとき、シルビアは重大な見落としに気づき部屋をとびだした。

 通りすがりの侍女達皆が驚く中、シルビアは廊下を走り、カイルの部屋にたどりつくと中に飛び込んだ。


 中にいたファーレンシアとマリカが、息を切らしたシルビアの出現に驚く。


「シルビア様、どうされましたか?」

「……………………」


――ああ、遅かった。



 眠っているカイルの枕元にいるウールヴェは大きく成長していた。

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