第6話 和議の鍵

 それから一週間が過ぎた頃、カイルとシルビアはメレ・エトゥールから呼び出しを受けた。


 案内された執務室の隣の談話室にいたのは、セオディア・メレ・エトゥール、ファーレンシア、彼等の専属護衛達と見覚えのある西の民――ハーレイだった。

 まだ頬はこけていたが、出会った時に比べればはるかに健康的だったのでカイルは、ほっとした。無精髭ぶしょうひげが剃られ、独特の民族衣装に身をつつんだ精悍な顔立ちの彼は、牢で出会った時とは違った印象をカイルに与えた。


「こちらは西の民の名代みょうだいハーレイ殿だ。カイル殿は面識があったはずだ」


 セオディアの紹介にカイルは頷く。


「元気そうだな」と再会した西の民の男が言った。

 カイルはぽかんと口をあけた。ハーレイはアクセントが独特だがエトゥールの言葉をしゃべっていた。


「しゃべれるの⁈」


 ハーレイは頷く。


「牢の中ではエトゥールの言葉なんて一言も――」

「敵か味方か判断のつかない相手に手の内はさらさない」

「信用されてなかったのかあ」


 がっくりとカイルは項垂うなだれた。


「いや、信用したからこそ同席を依頼した。信頼できるのは、ここではカイルだけだ」


 言われた方が照れるセリフをハーレイは口にした。事実カイルは赤面した。

 セオディアが問いかける。


「何を持ってカイル殿をそこまで信頼するのかうかがいたい」

おさと仲間を治療してもらった。あれがなければ皆、今頃精霊のみなもとに戻っていた。生命の恩人だ。しかも彼は、こちらと救出隊の衝突を身をもって止めた」


 シルビアはカイルに冷たい視線を向けた。


「………………ずいぶん報告を、はしょっていましたね」


 あの時の暗殺者より、今は真横にいるシルビアの方が怖い。


「これもお返ししよう」


 ハーレイは小さな金属球を卓の上に置いた。カイルが手を伸ばすより先にシルビアが回収した。シルビアの視線の温度がさらに一度下がった。

 興味深そうにセオディアが見る。


「それは何だ?」

「我々が使うあかりです。夜の移動時に使ったりする日常道具です」


 意外なことにシルビアは浮遊灯ふゆうとうのスイッチをいれ実演してみせた。あかりをともし、空中を浮遊させすぐに回収した。


「便利だな」

「この国にはないものです。他言無用たごんむようでお願いします」

「ならばなぜそれを明かす?」


 シルビアは冷静な青い瞳で周囲を見渡した。


「今、ここにいらっしゃる皆様は疑心暗鬼ぎしんあんきの渦の中です。灯ひとつの道具でいらぬ誤解を生むのはよろしくないかと思います」

「誤解?」


 カイルが怪訝そうな顔をした。


「……当の本人がこれですが」

「……うん、まあ、そうだな。シルビア嬢の苦労は御察おさっしする」


 セオディア・メレ・エトゥールが幾分同情めいた視線を投げる。


「どういうこと?」

「カイル、エトゥールと西の民は対立しているのですよね」

「そうだと思う」

「あなたは西の民と交流がある。しかも信頼されています。内通の疑いを招くには充分ですよ。怪しげな道具をやりとりすれば、弁明ができないでしょう」

「さすがシルビア嬢は正確に状況を把握されている」

「僕が内通して、何をするわけ?」

「……」

「……」


 笑いだしたのはハーレイだった。


「カイルほど間者かんじゃや陰謀が合わない人物はいないな。何せ自分の襲撃者を殺すな、と言うくらいだから」


 ああ、あの時の思念はちゃんと伝わっていたのか。カイルは納得した。もっとも思念が伝わってなければ、彼に撲殺ぼくさつされていたのだが。


「そこを詳しく聞きたい」


 セオディアは簡単に状況を説明した。西の民の監禁も自作自演を疑う者がいる。異国のメレ・アイフェスが西の民を手引きしたと主張する者までいたらしい。


「僕が手引き?ハーレイを?」

「そもそも西の民が敵の止めをささないのがおかしい、と」

「ごめん、それは僕のせい」


 カイルは素直に認めた。


「本当に西の民を止めたのか……」


 メレ・エトゥールがやや呆れたようにつぶやいた。


「止めた。ハーレイは相手を気絶させてくれた」

「なぜ?」

「無駄な血は流したくなかったし、相手を殺したら手がかりがなくなる」

「そこへ私が駆けつけたわけですね」


 ファーレンシアが状況を補完する。


「そう、あの時の犯人を尋問すれば?」

「あの男は翌日牢の中で死んでいた」

「――それはエトゥールが口封じに殺したと解釈されない?」

「事実、西の民から同様の指摘を受けている」


 西の民のハーレイ達はエトゥールの使者の案内で襲われたという。使者は正式な親書をもっていたとハーレイは主張している。

 だがセオディア・メレ・エトゥールはそのような命を出していない。

 そこから話は平行線らしい。


「親書には国璽こくじが使われるのでは?」

「使われる。カイル殿が読んだ親書の控えに西国宛さいごくあてはあったか?」

「なかった」

「だが、あれは間違いなく本物だった。だからこそおさは和議のために出向いた」


 ハーレイが強く主張した。

 カイルにはハーレイが嘘を言ってないことはすぐにわかった。ついでに言えばセオディアも嘘は言ってない。


国璽こくじの偽造は?」

「不可能だ」

「ハーレイ、親書は?」

「襲われた時に奪われた」


 用意周到よういしゅうとうな犯人だ。不和ふわの種だけは確実にいている。


「セオディア・メレ・エトゥール。貴方が即位してから何年たつ?」

「八年だ」

「その間に西国さいごくに親書は?」

「親書ではなく、外交文書の段階だ。先代からの不和は根深い」


 思ったより両者の溝は深かった。

 まずは、ハーレイの言葉が真実であることを証明する必要がある。しかも黒幕達の裏をかいて。

 カイルは手をあげた。


「僕が彼の記憶を読んで絵を描くのはどうだろう?」


 シルビアに思いっきり足を踏まれた。





 セオディアはシルビアを見た。


「貴女も可能なのか?」

「カイル個人の能力です。私にはできません」

「シルビア嬢は反対のようだ」

「当たり前でしょう。その証拠が真実であることをどう周囲に証明するのです?」

「証明する必要はない。我々が敵を知ることが必要なのだ」

「正論ですが、真実が周囲にれれば矢面やおもてに立つのはカイルです」

「その矢を射てくる人物を捕らえたい」

「――」

「僕もその案に賛成だな」

「カイル!」

「考えてみてよ、シルビア。西の民をおとしいれた人物はエトゥールの内情に詳しい。あのままハーレイ達が命をおとしていれば、故郷の西の民はどうしていたと思う?」


 ハーレイがその言葉を継いだ。


「我々の氏族は最後の一人まで闘う。復讐ふくしゅうが果たされるまで」

「エトゥールの王族は根絶ねだやしだろうな」と、どこか他人事のようにセオディアは言う。

「僕ならその犯人達の手がかりを得られると思う」

「……これは明らかに影響を与える案件ですよ?」

「エトゥールと西の民の争いは止められるかもしれない」

「自分の自由と引き換えに?」

聖堂せいどうの時に覚悟はできているよ」


 はあ、っとシルビアが大きなため息をついた。


「ファーレンシア、またインクと羊皮紙が大量に欲しい」

「……はい」





 カイルが記憶を読むことにハーレイはあっさりと同意した。


「記憶を読んだものが正しいか私はわかるし、やましいことは何もない」

「心に踏み入る行為だけど?」

「我々の世界にも占者と言って、似たようなことができる者がいる。かまわない」

「わかった。ただ、その前にいくつか質問があるのだけど」


 カイルは姿勢しせいを正して西の民の男を見た。


「ハーレイ」

「なんだ?」

「牢の中であなたはエトゥールへの憎悪ぞうおかたまりだった。今回の事件のせいかと思ったけど、違う気がする。あなたの憎悪のみなもとは何だろうか?」

「――」


 長い沈黙があった。声を絞り出すようにハーレイは答えた。


「……10年前……妻と子供をエトゥール人に殺された」


 皆が息を飲む。


おさが選んだ和議の選択に、エトゥールを憎むあなたは従うことができるのかな?」

おさの決定は絶対だ。それが個人的に不本意なものでも」

「あなたの憎しみの対象はエトゥール人全員なの?子供も老人も含めて」

「……そんなことはない」

 

 ハーレイはうめいた。カイルは痛いところを突いてくる。


「俺もわかっている。今、ここにいるエトゥール人は無関係だと。だがあの時、村を焼き女子供まで虐殺したエトゥール人は許すことはできないっ!!」

「許さなくていいよ」


 カイルの言葉にハーレイはきょをつかれた。


「あなたの怒りと悲しみは正当なものだ」


 ハーレイはやや呆然とカイルを見た。肯定されるとは思ってなかったのだ。

 カイルはセオディアを見た。


「セオディア・メレ・エトゥール」

「なんだろうか?」

「あなたは頭がいいから薄々、敵の正体に気づいているのではないかな?」

「――」


 セオディアは肯定も否定もしなかった。


「僕が描く絵は、あなたの逃げ道を完全に遮断しゃだんする。それでも西の民との和議を望む?」

「望む」


 エトゥールの領主に迷いはなかった。


「エトゥールの平穏が何よりの望みだ」

「そのエトゥールの平穏に、西の民の平穏も視野に入れられないだろうか?」

「なんだって?」

「エトゥールにある西の民への偏見へんけんを消すように働きかけてほしい。時間がかかろうとも」

「……約束しよう」


 カイルはハーレイに右手を差し出した。


「手を乗せて」


 ハーレイはためらいつつ右手をのせた。


「別に緊張しなくてもいいよ。ただ呼吸を整えてくれると読みやすいから助かる」


 十分ほどたち、カイルはハーレイの手を解放すると絵を描き始めた。






 あの時もこんな感じだったとファーレンシアは思った。

 彼女は邪魔をしないように、灯りを用意した。時間は刻々とすぎていき、すでに真夜中に近い。だが誰もがカイルの手から目を離せないでいた。

 彼の目の前にはすでに六十枚あまりの羊皮紙が積み上げられていた。


「――これが全てだ」


 カイルが顔をあげた。

 セオディアは絵を受けとると、一枚一枚確認して分別していく。彼は抜きとった束をファーレンシアに渡した。

 ファーレンシアは絵をめくっていて息を飲んだ。


「カイル様は知らないはずですわ。面識はないはずです」

「私もそう思う。よくかけている」


 ファーレンシアは絵を専属護衛達にまわした。ここにいる全員が証人なのだ。


「協力に感謝する。今回の件の関係者はこちらで間違いなく処断する」


 ハーレイは自分が見た光景を忠実に再現した絵を不思議そうに眺めていったが、1枚の絵で彼の手は止まった。


「……もし、許されるならば、これをいただけないだろうか」


 意外な申し出にセオディアは答えた。


「そちらの束は今回の件とは無関係なものだ。カイル殿がよければこちらは構わない」

「僕も問題はない」


 ハーレイはカイルを見た。


「カイル……いや、メレ・アイフェスよ。貴方の力は聖なるもので尊い。紛れもなく本物だ」


 男の目から涙があふれた。


「この絵は亡くなった妻と子だ」

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