第3話 消失

 ディム・トゥーラは、カイルに自分のそばの椅子に座るように指示した。カイルは腰をおろし、彼を見つめた。


「で、あの後は何があった?」

「ここだけの話にしてもらっていい?」

「内容による」

「切断後、飛行を続け、街を縦断して素体を人気のないところで休憩させたんだ」

「それで?」

「現地の少女と出会った」


 ディムは顔をしかめた。


「彼女は素体と同調している僕を見抜いた」

「はあ?」


 すっとんきょうな声があがる。その反応はカイルにも、よく理解できた。


「しかも僕と直接会話が成立した。精神感応テレパス超遠隔遠視クレヤボヤンス、間違いなく能力者だ」

「――」

「ありえないの連続だよ。だからこの記録は正直残したくないし、僕の記憶の正常さも保証できないし、何よりも――」

「重大な法規違反」


 二人で大きなため息をついた。


「黙っている時点で俺も同罪だな」


 ディムはモニターを切り替え、大陸地図を示した。


「お前が送ってきた情報を基に作成した地図とお前が転送した画像だ。素体と同調した座標はここ、そこからお前は南に下ったはずだ」

「うん」

「ここの街を取り囲む外壁で、俺との同調は切れた」

「一致する」

「で、お前は街を横断し――」

「その高い内壁の中の――その巨木にとまった」

「で?」

「彼女が木の下にいた」

「なんで不用意に近づいたんだ」

「だって気づかなかった――そうだ、人がいる気配なんかなかった」


 カイルは思い出した。気配があれば、他の場所を選んだだろう。


「どんな会話をかわした?」

「名前を聞かれたので答えた」

「それで?」

「何をしているか、と聞かれたので『地上を見ている』と」

「彼女は何か言ったか?」

「――嵐で水害があって病気が蔓延している」

「ここに自然災害の跡があり、多数の人がいる」


 ディムは街の南東の川そばの画像を拡大した。泥炭に沈んでいる廃墟のような村跡が付近にいくつかあり、行き場のなくした人々の集団が映し出された。


「――隣国との戦争が危ぶまれる」

「推定国境がこのあたりだとすると、不自然な集団移動はこれだな」


 目ざとくディムが示したエリアは北北東だった。


「ここ、何?」

とりで――古代の戦争で利用される進軍拠点だな。他には?」

「――エトゥールを継いだばかりの若き領主の能力を疑い、内乱の兆しもある」

「歴史上よくある権力闘争だ。つまりこのエリアは最近領主の交代が行われた、と。国の名前はエトゥールか」

「――西の民との和平もままならない」

「この山地を超えた森のあたりにいくつかの大規模な集団が認められる」


 ディム・トゥーラは吐息をもらした。


「つまり大陸は多民族が乱立する古代レベルの権力闘争の真っただ中。そこに進化レベルを無視した異彩を放つ能力者か?宗教がらみの巫女の文明例はあっても異例すぎる。しかもその惑星は通常探査不能だときている。かなり異常だ」

「――進化理論の道から、はずれている?」

「可能性はある」

「プロジェクトは中止かな?」

「これだけ材料が揃えば十分な理由になる。おまけに今回の事故だ。ここで問題になるのは、お前の処遇だ。強制送還は免れないぞ」

「だよね?」

所長トップに申告するか?」

「少し時間が欲しいんだ」


 カイルは視線を落とした。


「ここのプロジェクトは確かにトラブル続きだったけど、人間関係は好きだ。皆、専門分野に特化しているし、僕も選抜されて嬉しかった。僕の同調能力は活かせた。それを今回のことで手放すのは、正直悔しい」

 ディムは片手をふった。

「……俺もシルビアもお前が結論を出すまで黙っているから好きにしろ」

 突き放すような言葉の中に優しさがあり、それを隠す無愛想さにカイルは笑って彼の個室コンパートメントをあとにした。




 自分の個室コンパートメントに戻ったカイルは記憶を保存した。

 切断後の事故から、ディム・トゥーラの会話までを、他人が覗けない個人領域にダウンロードする。

 それから彼は紙とペンを取り出した。

 非電脳アナログな道具による素描は彼の趣味だった。

 脳裏の映像を正確に転写できる時代に、非効率な道楽だとイーレにはよくからかわれた。

 ペンを使い、支援追跡切断後の光景を再現していく。

 街並み、城壁、巨木と整えられた美しい庭。

 何枚目かに少女にたどりついた。印象が深かったので細部まで書ける。青いウェーブのかかった長い髪、翠の瞳。初めて間近で見た地上人は、美少女だった。

 衣服や装飾品から文化の特徴が読み取れるだろう。これらの絵を騒動の詫びの置き土産として、処罰を受けに中央セントラルに戻らなければいけない。

 カイルは溜息をついた。


「……もう一度降りたかったな」


 個室の窓から見える青く美しい惑星にカイルは想いをせた。



『ディム・トゥーラ!カイルの生体反応バイタルが消失しました!』


 シルビア・ラリムの悲鳴に近い精神感応テレパスにトゥーラは跳ね起きた。真夜中。上着をつかみ、カイル・リードの私室に走る。

 低下ではなく消失だと?!

 生体反応バイタルの消失は、個体の死亡か危篤状態であることを示す。カイル・リードが死にかけていることになる。


「いつ?」

『今、たった今です!』

個室施錠ロックを解除してくれ!」

『やっています!』

「カイル!」


 飛び込むように侵入した個室コンパートメントは、予想に反して無人だった。


「部屋にはいない。IDスキャンをして現在位置を教えてくれ!」

『それも反応がありません!』


 反応がないなんてことはないだろう。舌打ちして彼はすぐに警報を鳴らした。


『全員カイルを探してくれ!何処どこかで倒れている』


 観測ステーションは大騒ぎになったが、かまうものか、とディムは思った。あとで詫びるのは本人だ。土下座でもなんでもすればいい。

 だが、時間がたつにつれて事態は深刻さを増した。

 カイル・リードはどこにもいなかった。





 上層部は行方不明者の発生に中央セントラルへの報告にかかりきりになり、捜索を続けるメンバーを除いた人間は、皆集まった。


 カイル・リードは観測ステーション内に存在しない。監視機器類の全てがそれを示していた。


 冷静さを取り戻したシルビアが、皆にカイル・リードの生体反応バイタル記録の履歴を見せる。確かに唐突に彼の生体反応バイタルは消えていた。


移動装置ポータルの数を確認して。もしかして無断で地上に降りているのかも」

 イーレが指示をだす。

「全数揃っています。稼働記録もありません」

中央セントラルに帰ったとか」

連絡船シャトル離艦りかんしていません。そもそもゲート通過で記録が残るでしょう」


 ディムは身を乗り出した。


「映像記録を出してくれ、カイルの個室コンパートメント付近の廊下だ」

「彼は3時間前に個室コンパートメントに戻っています」

「俺の個室コンパートメントで奴と話したあとだ。一致する」


 部屋に飛び込むディム・トゥーラの映像までに、誰も廊下を移動していない。


「彼は部屋をでていないことになるわね」

「でも、いなかった」

「彼、移動能力テレポーションあった?」

「ない」

「IDの移動痕跡もないんですよ」

 シルビアは蒼白になり訴えた。

「ありえないことです」


――ありえない。最近そのフレーズを聞いたではないか。


 ディム・トゥーラは歩きだした。

「どこに?」

「ヤツの個室コンパートメント

「私も行くわ。シルビア、IDと生体反応バイタルの正確な消失時間を上層部と中央セントラルに報告をあげて」


 ディム・トゥーラはイーレと共にカイルの個室コンパートメントに再度向かった。


「中世の画像娯楽でこういうネタあったな」

「どんな?」

「宇宙生命体にわれるヤツ」

「あら、それなら血とか肉片とか痕跡は確実にありそうね」

「イーレのその冷静さが今は頼もしいよ」


 カイルの個室コンパートメントに二人は足を踏みいれた。


「寝た痕跡はない」

「絵でも描いてたんじゃないかしら」

 イーレは床に散らばっている紙を拾い集めた。

「綺麗だけど相変わらず非効率な趣味よね」


――地上の絵だ


 カイルから事情を聞いているディム・トゥーラはすぐに理解した。非常事態であるにもかかわらずそこにある情報量の多さに研究者として気をとられた。カイルの絵の緻密さは称賛ものだった。観察眼の鋭さが、貴重な画像資料を生み出していた。風景、建物、大樹、庭園風景、服に宝飾品――。

 人物画?

 ディム・トゥーラは数枚の絵に釘付けになった。

 それはおそらくカイルが違法に接触した少女の姿絵だった。


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