清水の覚醒

どこまでも立ち込める深い闇を縫うように進み清水はエヴァと共に古い基地の中枢にて北条と神崎と合流した。他愛もない雑談を挟みやがて最後の因縁の敵を追おうとした瞬間に最悪の出来事は起きたのだ。まるでこれは映画のクライマックスと表現しても過言ではない。そんな、不思議な話だ。


「これは!」


口から言葉が出るや否や清水とエヴァを覆うように目の前に広がっていた空間がボロボロと崩れ始め北条の顔が歪み始める。手を伸ばそうとした、だが、無情にも世界は作り変えられそこにはもう彼らの姿はない。神崎すらいなくなり、残った二人は闇の空間に取り残された。黒い霧が漂うそこは孤独を増すばかりの不気味な場所で、地盤こそ丈夫なものの何も存在せずどんな生物の気配すらしない。


お互いの無事を確認しながらエヴァは思ったことを告げる。できればそんなものは歓迎もしたくない事態であったが力の入らない清水にとって受け入れるしかない事態に耳をふさぐことはできない。


「バアルゼブルが来た」


ため息交じりに清水は拳銃のマガジンを外して残弾を確認した。フルで残っている弾をすべて撃ちきったところで怪物を倒すことはできない。切り捨てて動かなくなった奴の身体を切り刻むべきだっただろうかと清水は何が最善だったのか考え続けた。


それからマガジンを戻しスライドを引き目の前にいるであろう男へ向かって言葉を投げる。


「来いよ、ウィザード」


「そんな余裕はないだろ」


あざ笑うように闇の中から現れてきたバアルゼブルは空間の強度を確認するように能力を披露して見せた。地盤は崩され変化し巨大な刃物のように変化した岩石のブレードは振り回されそこら中に点在するだろう物を破壊し尽くす。


その数々の建物がどんな姿形をしていたかなどはっきりと認識することはできずその全部がバアルゼブルの力を最大限に活かすために用意されたものだと分かる。


「これならお前は逃げられない。どれだけ干渉しようと負荷を掛けようとも。奥田も役に立つ時が来たな」


「部下の最後を看取りたいと思ってね。最高の舞台にしようと思ったんだ」


バアルの傍らには奥田大尉がいた。空間を構築し清水とエヴァを隔離し閉じ込めそこへバアルも追加で出力する。不死身の怪物は死ぬことは無く覚醒したはいいがスタミナが切れた清水を殺す。最後の戦いを仕掛けてきたのだ。


「北条と公安は外から君たちを必死に探していることだろう。あいつらの目の前にいずれ現れるのはお前の抜け殻になった死体だ」


「梶木はあんたを始末しようといったはずだが」


狂いに狂った奥田大尉は計画を破壊されたせいなのかやけくそになったせいで何を言われても動揺することは無い。清水は消えた相棒のことを尋ねる。


「あいつは、お前の帰りを待ってるよ。あの世でな」


そんな言葉を聞いたところで清水の瞳の色が曇ることは無かった。彼にとって戦友が死んだという事実は悲しみに暮れたくなるものであることに違いはない。立ち止まるわけにはいかない清水は思い出す。


『決着を付けてこい』


『お前にしか奴は殺せない』


「ああ、俺にしか、この人は殺せない。そうだな」


自らに宿る因縁を断ち切るために清水は拳銃を抜き奥田大尉へ向けて射撃した。弾丸は奥田大尉の脳髄を焼き切ろうと迫る。しかし奥田大尉を囲むように形成され隆起した壁は弾丸を受け止め渦を巻くように伸びていく。


「清水、もういない」


「そのようだな」


エヴァはなぜ自分がここにいるのか疑問に思う。組織は恐らく彼女を殺しはせず生け捕りにするだけだろう。バアルはエヴァなど赤子の手をひねる用に倒して見せる、そして回収し堂々と大使館を経由してロシアへ帰国するのだろう。清水1人を始末するのにエヴァをセットで空間に閉じ込めるなど数的不利にしかならない以上この状況は不自然さを感じるものがあった。


「清水 総一郎はここで処刑し、お前はこいつの醜い最後をその眼に焼き付けろ、氷結の女王」


バアルの言葉と共に宙を漂っていた一つの触手と化したブレードは振り下ろされる。それよりも素早い反応だっただろう。清水はエヴァを突き飛ばし、右腕を吹き飛ばされ悲鳴を上げた。イワノフと同じように片腕を失った清水は感じたことも無いような苦痛と戦いながら神経が通っていない無くなった部分を意識して、目を瞑った。


「え…」


突き飛ばされ尻餅をついたエヴァは頭の中が真っ白になった。簡単なことに気が付かなかった自分の愚かさに、何もかもを考えることができなくなったのだ。


彼女は囮であり、清水 総一郎の動きを止めるために用意された人質のようなもの。


幼少期よりそうやって腫物のように扱われ、自らと関わるものは決まって不幸に遭う。後ろ指をさされ居場所を与えてくれた連中は世界中の人間を駆逐しそこに理想郷を気づこうとする狂気に満ちた集団。彼らは狡猾で、誰よりも利口で彼女の扱いを分かっていた。


「…お前は、その力をコントロールできるようになったと、強くなったのだと勘違いしていた。だが結局は昔と変わらない、モルモットで人質だ。組織を抜ける?普通に生きていけるなどと世迷言はよせ。世の理をよくわかっているお前ならすぐに理解できるはずだ。さあどうする、哀れにも命乞いしてみせるか?」


腕を失った日本兵は背中を向けたまま振りむことは無い。エヴァは何をしていいか、わからなくなった。人に心を許すものなどではない。憧れを抱き、理想を掲げ、その先にいた人物が自分のせいで殺される。そんな辛く苦しい話などが合っていいものだったか。


エヴァは、声を震わせる。


「私は…」


バアルは服従の姿勢を見せた彼女を見て満足したように、愉悦に浸った表情をして見せた。


「やめろ。こんなクソ野郎に何負かされてる」


依然として顔を向けることも無くちぎれた部分から垂れる血に意識を奪われながら清水は問いかけるように言う。実のところ、その言葉は自分に向けられているものが殆どであったが。


「俺の邪魔をするな、人間風情。お前には随分と斬られたな」


組織の計画を為すために必要な少女との間を阻むように立ち続ける男に苛立ちを覚え、ゴミのように醜悪を晒し汚らしく死んでいく男の姿を期待したバアルはどうするべきか考えた。イワノフと同じく決して負けを認めない軍人は実に目障りで彼の中にある憎しみの記憶を刺激する。


「あいつは一本は耐えて見せたが、二本目はどうかな」


吹き飛ばされた右腕は消え、それと同時に銃も無くなっている。武装などしていない丸腰の清水は続く左腕を持っていかれた。背後にいるエヴァを守るため、相手に彼女を殺害する気などなくとも彼女を囮にしようとしているだろうバアルに対して引くことなどできず清水は耐えて見せた。


二本の腕を切り落とされる衝撃は計り知れず跪いて死よりも苦しい痛みが清水を襲う。


「ああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


流れても流れても途切れることのない血はどんどんと広がり、死ねないことを悟った清水は目を虚ろにしてバアルを見据えた。


「気に入らない」


「だろうな。精神のみが死を許されるこの空間で俺はまだ死なない。こんなもんじゃ、俺は負けねえ」


跪いた男の前に刀が出力され銀の光を放ち村正の姿があらわになる。


「そんな体力が残っていたか。お前にはどうやら記憶に制限が掛けられているようで本気で戦うにもタイムリミットがあるようだな。それでもなお、武器を呼び出せるとはな。そんな醜態を晒そうともこの俺を前に戦おうとする姿勢だけは評価してやらんでもない」


死人のように、あの世とこの世を行き来しながら清水は迫ってくる闇を振りほどいた。まだそっち側に行く気などないと首を振り、瞳から消えていく光は彼の死を近づける。


「清水、もういいよ」


エヴァは孤独に戦い続ける清水を止めようとする。もうこれ以上戦う必要はないと。誰もが苦しみ追いつめられる世界は変わりなどしない。現実は厳しく生きていくにはへりくだるしかない。彼女は理想のために戦おうとすれど多くの人が傷つき命を落とす。彼女のために戦おうと立ち上がる者こそあれど彼らは命を奪われる。


これ以上苦しむ英雄の姿は見ていられず、これ以上彼の尊厳を傷つけることは許されないとエヴァは自らに憤っていた。


「おい、エヴァ…お前、俺を馬鹿にしてんのか」


彼女の考えを打ち砕いた清水は怒りに満ちた視線を向ける。エヴァは、ただその形相に慄いた。未だに負けを認めず戦おうとする、両腕のない兵隊に気圧され、彼を超えてバアルの軍門に下ろうとする自分を止めるその強さは、誰も到達することのできない誇り高き戦士の境地だ。


「でも、もうそんな姿じゃ…腕が」


「こんなことで死ぬなら俺は、伝説の日本兵などと呼ばれることは無かった」


「!」


誰が触れる訳でもなく勝手に鞘から抜かれた刀の柄に屈むように近づき咥えた清水はゆっくりと立ち上がった。


「バアルゼブル。この子はお前の思い通りにはならない。籠に閉じ込めた小鳥は放たれる、お前は後悔するだろう」


「汚らしい。この死にぞこないが…!」


バアルの周囲から飛び出た巨大な棘の数々は清水を貫こうと伸び、不敵に笑い続ける彼をもろに串刺しにした。時は止まったように感じられ、何をすることもできず、震えているだけのエヴァは声を上げた。


もういいだろう、と。


伸びた尖った触手たちは抜かれ塗りたくれた赤い絵の具のような血は、彼の臓物を確実に突き刺したことを想像させる。倒れる彼を受け止めエヴァはなおも震え続けた。立ち上がれるわけがないと、勝手に涙が頬を伝う。


冷酷なふりを貫いたところで、人間を蔑み全く違う存在として、生きていこうとしたところで自分を変えることなどできず、弱く、脆い彼女は泣くことしかできなかった。こんなにも、死は恐ろしく、人の命は儚く、現実は非情で、彼女は受け入れることはできない。


何故ウィザードは、こうまでして争わなければならないと。戦争で人を殺さねば居場所など得ることはできないのか。


人の居場所を奪うことで自分たちの理想郷を築くことなど本当にできるのか。


傷ついただけで、傷つくだけで、誰も笑う未来などない。


落ちてくる涙は英雄の顔に落ち、その冷たさに清水はつぶった眼を開けた。


「暖かい…」


清水は泣きじゃくる彼女を見てそう言った。


「冷たくなんてない。お前、誰かのために涙を流せるじゃないか」


清水は死にかけたまま無理に笑って見せる。涙を拭ってやりたくとも腕はなく激痛にもがき苦しみ耐えるだけだ。


「でも…、それでも、どうすれば…!」


「人と手を取り合う世界を築いて見せろ。宿された力は、戦うために使え。泣いてんじゃねえぞ、誇りを持つんだ」


彼女の力は利用されるために存在するものでなく彼らの溝を解放するためにある。


何者にも縛られず、何者にも犯されず。


ウィザードだからこそ彼女は彼らを先導する資格がある。


そうやって、本当の意味に気づけばいいと清水は彼女と瞳を合わせるだけで語り続けた。



「なんだよ、ウィザードがなんだ。お前は分かってる。争った最後に、戦った最後に得られるものなどなく…」


清水は平静を装いながらも、あまりの苦しみに彼すらも、ついに静かに涙を流した。


「俺みたいに…何も得ぬまま、全部に裏切られて死ぬんだ…!どいつもこいつも、俺を一人にしていく。どいつもこいつも…ふざけやがって…!」


彼の精神を蝕み、彼の視界にはどす黒い暗闇が蔓延る。


「何を得ることも無く…俺は」


彼女の姿はその眼には映らず清水は静かに目を閉じた。


伝説の日本兵の最後の言葉は、実に、悲しく、最後まで彼は孤高に、孤独に、一人寂しく、その一生を終えた。


エヴァは彼の最後を見たのか、決意したように、静かに下ろしてバアルの前に立ちはだかる。


「わかったか。お前は俺の手から逃れることなどできない。無論、アダムの理想を壊すことも」


完全に油断しただろう彼は、エヴァに近づこうと歩みを進めようとしたときに動かない足に目を見張った。


「これは…!」


凍てついた足元から広がる氷は両足の動きを奪い痛覚すらない。神経ごと氷漬けにしたのかいつにも増して強力な、そして彼女の翻した、初めての反旗にバアルは驚愕した。


「清水 総一郎の理想にお前は勝てない!」


エヴァの視線の先に立つバアルは、その激流に吹き飛ばされる。体を幾度も引き裂かれ氷柱の数々に動きを止められる。血を流しながらも生まれ変わる細胞組織は衰えを知らず、彼の姿を再び再構築するが侵食した氷は剥がれず貫き続けるため彼に地獄の苦痛を与え続けた。


「クソ…がああああああああああ!!!」


進もうとすれども、反撃をしようにもその力は強大で、一切の手加減もない能力にバアルは後退を余儀なくされる。やがて氷の海は途切れ反撃に出たバアルは呼び出した巨大な岩石の剣を振り海を薙ぎ払うも散らばった破片の中から迫る少女の姿に仰天し飛びのく。


振った剣はその巨大さから戻すのに時間がかかり、氷剣を両手に握った彼女の斬撃を生身で受けバアルは胴体を切断されかけた。


痛みに弱い彼は苦しみに顔を歪めながら胸元を抑え動悸する。


「なんだ…お前、なんで、なんでだ!そんなにそこで死に絶えてる男がいいか!?お前だってわかってるんじゃないのか!人間に何をされてきた?あいつらがお前を裏切らなかったことなんてあるか!違うだろう!?あいつらは姑息で汚く、俺たちを何度として欺き、利用し、そして拒絶し絶滅させようと何度となく仕掛けてきた!清水 総一郎がどうした!あの野郎の何に魅せられてるんだ!!」


俺じゃダメなのかとバアルは叫び、握った剣をエヴァへ投げつける。怒りの咆哮と共についには、組織に必要な彼女にさえ殺意をむき出しにしたバアルはやけになっていた。


自らの受け入れられない歪んだ愛情や、拒絶され清水に傾倒する彼女の在り方に我を忘れ、消し去ってしまおうと行動を起こしたのだ。


回転する剣は、その矛先を彼女の心臓めがけて飛んでいく。




「清水さんはどこにいるんだ!」


北条は誰もいない空間で吠えた。基地はもぬけの殻で神崎は消えた二人について推理し一つの可能性を提示する。


「落ち着けよ。何も知らない俺だけど、恐らく俺たちが追ってる奥田やエビルガーデン…のやつは見えない世界にいるんだろ」


「見えない世界?」


存在しない空間に彼らは消え戦いに興じ、こちらからは手を出すことはできないと神崎は推論を述べた。


「でも、だったら僕たちはどうすれば」


「奥田を殺すしかない」


神崎は存在しない男の姿を想像して、しかしどうすることもできない状況に焦りを募らせるだけであった。消えたリヴァイアサンの姿がちらつき、神崎は自分の力のなさに萎える。


「こんな時でもあいつの姿が浮かぶんだ。今のみんなからすれば憎い仇なんだろうが、何もかも腑に落ちねえよ」


こういう時、どうするんだと思いを馳せ二人とも呆然としていたところへ次元が開き、ホールのように広がった部分から陸軍の制服を着た男が抜け出てくる。


「奥田…大尉」


北条はその男を見て目を見開いた。


「いやぁ、奇遇だな。清水も梶木も死に、後に残るは君たちか。これから何をするわけでもないが、もう何もかも遅かったな」


「貴様…!」


北条は怒りに燃え復讐に満ちた目を向けるも奥田は端末を見せつける。


「僕に手を出すのは辞めてもらおう。君たちの命を奪う気は僕にはない。関係ない人間だからな。無益な殺人なんてやりたくはない」


立ち去る男の姿に神崎は銃を向けるも引き金を引けず立ち止まった。


「この空間を解くのは僕にしかできない!僕を殺したところで消えやしないさ!」


高らかに笑い完全に頭がおかしくなった陸軍軍人は彼らの視界から消える。


「クソ!」


北条は地面に両手の拳を叩きつけた。清水 総一郎は閉じ込められ彼を助けることはできない。彼は死にもう戻ることは無いと告げられても尚、北条は信じることができないでいた。陰謀の中で暗躍し続けた陸軍軍人に立ち向かった二人は命を落とし自分は何をすることもできず途方に暮れる。


「どうすればいい…清水さんは本当に」


「まだ死んだとは限らねえだろ。それに、梶木さんだって…きっと」


言葉尻が暗くなった神崎は肩を落とした北条に同情した。何も手を出すことができない、彼らの安否を祈るしかない神崎はどうしたものかとそわそわしていたとき―――


『刀を使え、北条 紅旗』


「…!!」


どこからともなく、空から声が聞こえる。二人は宙を見上げ、誰もいない星空を眺めた。澄んだ夜空からは低い声だけが響く。


『次元を斬れ』


北条にはその言葉の意味が理解できてしまう。そうだ、彼には、最初からその力が宿されていたのだ。


「これか…」


北条の右手に宿った。


村正が。


精巧に作られた刀はずいぶんと古く、過ぎた時代を思わせる。数々の戦場を乗り越えてきた刀は語り、北条 紅旗のこれからを物語る。


「誰かは分からないけど、いや、そんなことはない、けど。その言葉、信じるよ!!」


鞘から引き抜いた刀を何も存在しない空間へ投げる。銀の光沢を帯びたそれは、鮮やかに空間を裂いた。


「届けええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


ひびが入り、壊された空間は解き放たれ、彼と彼女がそこにはいたのだ。



「…ふざけるな」


エヴァの心臓を刺した剣は引き抜かれることも無く留まる。


「これが…清水の痛みだったんだ」


エヴァは耐えた。電脳空間であり魂が死なない限り命を落とすことなどなくともその苦痛は本物であり自らを苦しめ続ける。バアルは諦めない彼女の姿に怒りを爆発させる。


「お前までもが、俺を拒絶するのかあああああああああああああああああ!!」


ついで何本もの触手は形作られエヴァを押しつぶそうと迫る。口から血がこぼれ出てエヴァは悟る。何を得る訳でもなくとも、立ち向かうことに後悔など残らないと。


そして、勝利を確信したのだ。


「まだ起きてるんでしょ、清水」


「…もちろんだ」


彼らの間を阻むように、空を斬って回転した村正が倒れたはずの清水めがけて吸い込まれるようにやってくる。血だらけになり、両腕を失った清水には、失ったはずのものが生えておりバアルはあり得ない光景に度肝を抜かれた。


「…!これは…!?」


刀を受け止め、それが馴染み、古きに渡って戦い続けた古刀の重みを伝え清水 総一郎に活気を与える。天に翳した刀の刃先をバアルに向け、立ち上がり、静かに瞑った眼を見開き、強い意志を宿したその眼光を向けた清水は言うのだ。


「これが、俺の得たものか」


「そうだよ。何も得なかったわけじゃない、こうやってその理想に付いてきた人たちがいる」


清水は再び握った刀を構え跳躍する。彼女に迫った触手を叩き斬り、瞬息のスピードでバアルへ迫る。完全に壊され元に返された空間には北条と神崎がいて、多くの仲間たちの視線の先で清水 総一郎は地面を駆け回転斬りを仕掛けて見せた。


斬られたバアルはその威力に吹き飛ばされ、だが同時に剣を産み力の限りを尽くしてその場に踏みとどまり清水へ斬りかかる。


「あああああああああああああああ!!!」


威力の乗った剣が低い姿勢を取った清水に襲い掛かるがいとも簡単に清水は受け止め続いて連撃が繰り出されようとも一切の迷いを見せることも無く、切り返し、全てを凌駕し、バアルを押し続けた。


「お前は、孤独な王だったんだ。弱く、脆く、傷ついた過去を引きずりいつまでも粗暴であり続ける!すべてはお前の弱さに付随する!」


剣劇の合間合間に清水の刃はバアルの各部を切り裂きダメージを与え彼に痛みを植え付けていく。


「その弱さがお前を形作り、いつまでも気弱な王は一人ぼっちで居るんだろう!」


「黙れ!」


負けじと押し返すように不死身を活かしバアルは清水とつばぜり合いを演じる。


こんなところで人間に負けられないと握った柄を変形させた刃物のように変化した部分が清水の身体を抉る。痛みに押し返され清水は仰け反った。


「お前などに何が分かる!過去の戦争の英雄が!貴様がエビルガーデンを壊滅させなければ理想郷は完成され安寧は得られたというのに!」


形勢逆転し力の限りパワーを使いバアルは清水を押し返す。


「理想の果てに…!本物の平和が訪れると思うか!」


受け止めながら清水は眼前にいる男を諭した。


「お前は俺を知っているんだろう。この俺が!全てをほしいままにして死んでいった奴に見えるか!?それは大きな間違いだ。戦争など何も得ず、最後には一人で死ぬだけだ!それはつまり」


大きく踏み込んで清水は刀を返しバアルを斬りながら突き飛ばす。


「お前たちが進もうとする道の先に―――」


衝撃に飛んで行ったバアルは地に足を付け耐えようとするも間に合わずひたすら地平線の向こうへ跳んでいく。それを追うように清水は地面を蹴り彼の頭上から、脳天をたたき割ろうと両手で刀を全力で振り下ろした。


「ある未来だ!!!」


真っ二つにされた、王の姿は悲しみに暮れ、認めたくなかった現実を見せられ皮肉にも誰よりも分かっていたのかただただ怒りに狂い続けた。


「なんなんだよ…お前、俺は、俺は…」


切り裂かれ断面図を開帳したままグロテスクな姿をさらしたバアルはそれでも声を上げる。動かないままひたすらに憎悪に燃えた呪の言葉を上げ続ける人だったものを前にしながら清水は刀を下ろした。


「北条、お前の思い、確かに届いたぞ」


後方に立つ少年に思いを伝え清水は古刀を握りしめた。スタミナが力尽きても不思議と手渡された刀は自らに新たなる力を与えた。少年の不思議な力に伝説の日本兵は救われたのだ。


「清水さん!危ない!」


一瞬視線を逸らした清水は北条の声に前を向くも復活を果たしたのかバアルは未だ無限の再生力を見せつけ握った剣で微妙に離れた間合いから斜めに清水を斬る。傷が浅いのか清水は何歩か下がって次に振りかぶって迫るバアルに対抗しようと握った刀を向けた。


一度下ろした刀を上段に向け直し、届くか分からずとも彼は戦う意思を見せる。


「お前の負けだああああああああああああああああああああ!!」


バアルは体の修復を終え怒りと歓喜が入り混じった声を上げて清水にお返しの一撃を食らわせようと全力を込めて振り下ろそうとした。エヴァと北条はその攻防に援護することも間に合わず、スローになる二人の戦いに手を出すことができず見守ることしかできない。


どうか、頼むと念じる彼らを他所に清水が装着していた無線のイヤホンからは籠った音声が入る。


「あほが…手間かけさせやがって。俺に感謝しろよ」


清水はその声にハッとする。


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


大砲のような射撃音と共に巨大なライフル弾がバアルの頭を吹き飛ばす。対戦車ライフルから放たれたような弾丸なのかいっぺん残らず彼の頭部を破壊し、ピクピクと痙攣する彼の身体を清水は斬った。



「終わりだ!!!」


二つに切断したバアルの身体は宙を舞い黒い霧を傷口から放っていく。


消えていくウィザードの王は何を言うまでもなく虚空に黒い灰をばらまくように姿を失う。


「ツケだ。清水、全部終わったら返しに来い」


その無線は、天から舞い降りたような、男の声だった。


「梶木!!」


清水はどこにいるかもわからない男へ向かって叫ぶ。


「あばよ」


ギリギリになって吹き返していたのか、地べたを這うように動き続けた梶木は高台より息絶える。今度こそが本当の死だったのか、満足したように笑う男は、実に幸せそうに、誰に看取られることも無く動かなくなる。


こいつはいい、実にいい土産だ、なんて一人満足して彼は天に召され、再び静寂があたりを覆う。


「なんで…あいつ。馬鹿が…あの、馬鹿野郎が…」


清水は消えた相棒に最後の別れを告げる。


「最後にやっていきやがったか…あの人らしい」


神崎は感傷に浸り、北条は何を言うまでもなく黙って行く末を見守り、エヴァは清水へ言葉を贈る。


「清水」


空間は解かれ無傷になったエヴァは伝説の日本兵に寄り添った。慈愛に満ちた表情を向けられ日本兵は何かを思い出すように悲しそうな顔をして、だが再び残った敵を追うように元中隊長の場所を探りどこからともなく歩き始める。


「今は言うな。まぁ、お前に生きる意味や理由なんて与えたのは俺じゃないからな。そこは勘違いして、変な考えなんかするなよ」


今まで見た彼女のどこか寂しげな表情はそこにはなく彼女の本来の柔和なものがそこにはある。平和の象徴と表現するにふさわしいものがあった。


「自分で考えろ」


次いで清水は向かった。因縁の相手を追って。


「最後に蹴りを付ける」

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