梶木の最期
梶木は清水とエヴァ、イワノフらが戦いに興じる中自らも飛び込むべきか決断を迫られた。だがいたところで何の役にも立たない戦闘に関しては素人の彼は大局的に判断して留まることを決意する。それと同時に抜き取られた支柱が何本も積み重ねられ入り口が封鎖したことで完全に出しゃばった行動をするという手段は封じられたため塔を遠隔操作で爆破してから憑りつかれたように施設を出て迂回毛色の探索に向かった。
清水に渡された特殊な無線端末は用済みでそこらへんに捨てながら梶木は施設の傍らに密かに佇む天幕に注目した。真新しく陸軍が今でも扱う指揮所用の天幕だ。何かが匂うと感じた梶木は大した武器にもならない拳銃を片手にクリアリングしながら入り口をくぐった。
「誰もいない…」
他にいる可能性のある奥田大尉は姿を見せず天幕内は見慣れない機械で覆い尽くされ小さな実験場のようだ。その使用用途は考えればすぐに見当がつく。梶木がありったけの能力を駆使して陸軍経由で集めた情報から得られた、ウィザードオンラインシステムと呼ばれるものだ。
梶木はその装置を大学時代から世に発表しようと熱心になっていたようだが欠陥性が多く実用する機会も限定的でどこに売り出せるわけもなくお蔵入りになった秘宝のようなもの。その完成系のようなものがここには眠りさっきの施設はエビルガーデンの連中がたむろす観賞用の建物でしかないのではないかと梶木は推理した。
「ここに秘密はあったか」
中央にはいくつかモニターが並びデスクトップパソコンが据え付けられている。キーボードとマウスが机上にはあり幾つか操作を繰り返して情報を探ろうと梶木はパスワード解除などに取り組む。携行している特殊な装置をPCに繋ぎ自動的に超高速でパスワードを推測し、また入力し秘蔵データを閲覧しながら彼は段々と汗が止まらなくなってきた。
「これって…待てよ」
そこにはこうある。
03(マルサン)計画と。
清水 総一郎。マルサンは初代、帝国陸軍特殊作戦群に創設された対ウィザード特殊部隊の創設メンバーに選ばれた陸軍軍曹。戦災孤児でありながら初代隊長市丸大佐に実力を見込まれ鍛えられながら少年時代から陸軍のために戦い続けた。
その強さは15になる頃には軍からも認められ、多くの交戦国の軍人を殺傷し、多くのウィザードを殺した。
コードネームは参謀本部でマルヒト、マルニ、マルサンと連番で呼ばれ実行班というグループに五人は所属隊員がいた。このメンバーは対ウィザード戦闘の主力であり要。通常の陸軍軍人三人に加えウィザード二名で構成され、そして―――
エビルガーデンを壊滅させアダムを封印した。
その情報は、数々のブロックが掛けられ、真偽のほどを確かめようにも陸軍省に眠る古いデータのためこれ以上疑うことを躊躇われるほどの確度の高いものだ。漁っていくほどに深い闇にとらわれていく梶木は、国は、政府は奥田大尉のやろうとしていることなどとっくにお見通しだと知る。
彼には公安時代に手に入れた独自の解析ツールがありそれを駆使することで芋づる方式で見てはいけないものをこのパソコンから得れてしまう。奥田大尉は知りもしない情報の可能性は高く、また知っている情報も有れども半端につかまされ、彼はただのマリオネットに過ぎない。
「清水、お前…ずっとこんな戦いを続けてきたのか…これから、大変だぞ」
「そうだ、これからあいつはさぞ大変だろう」
「!!」
背後から掛けられた男の声と共に旋風が巻き起こされ梶木の肺の近くを持っていく。人間から発射されただろう風の弾丸は天幕のフォロウごと貫通し彼の血がまき散らされた。真っ黒な、それは見ているだけで気分が下がってくるものだ。
外から掛かってくる以上に内側から湧き出る痛みというものは耐えがたい。生まれて初めてこんな傷を負わされた梶木は机に突っ伏すように倒れ、額からにじみ出る脂汗が首筋を伝い胴体に流れていくのを感じながら必死の思いで飛びそうになる意識をクリアに保つ。
起き上がった梶木はただでさえ入らない力を振り絞り、ホルスターに入った拳銃を引き抜き振り向いた。少しだけだが、なるべく早く銃弾を発射するやり方を清水から学んだ彼は腕を伸ばし右目と平行になるように合わせながら引き金をできる限りの、最後の集中力をもって何度も、何度も引く。
けれども鉛の弾はそこにいた男の身体には届かなかった。懐かしい鎌鼬を全身に這わせた男は片手に持った端末を操作しながら笑う。
「ああ。僕はもう、何もかも終わりだ」
男の指は健在で片手の方は欠損したとの報告を清水から受けていた梶木は何故だと疑う。血液を失い、命は長くない。それでもなお、短い間だったが清水との出会いが、古い戦いに決着を付けようと梶木の心を突き動かした。
弾かれた弾丸はボロボロと地面に落ち、そこにいた、奥田大尉は全てを失った廃人のようになっている。
「なぜ無傷なんだ」
梶木はやれやれと言わんばかりにため息をつく。
「僕の構築した世界は紛れもなくサタナキアの電脳世界。肉体の傷など空間が解ければ元に戻るのさ。あの世界で精神まで死ねば現実世界に引き戻されたとき、同じく魂は死ぬ。誠堂高校も殺害された陸軍の隊員たちの死体を確実に確認したか?あいつらは魂が抜けた抜け殻のように死んでいたんだよ。いやぁ、僕は完成させてしまったんだ、あと、もう少しだったんだけどな」
「なるほど、電波塔は破壊してやったはずだが、今の能力は風魔 凪の忘れ形見か。しかし破壊したというのにまだお前のその研究成果とやらが機能してるのは全く意味が分からない」
「あれが破壊されようともこの基地の範囲に絞ればこいつはまだ使える。なんにせよ、君はここで死んでもらう」
ああ、そうかい、と梶木は天を仰ぐ。真っ黒な天幕内に空を見出すなんてことは不可能で、視界がぼやけクリアな視界は二度と拝めそうにない。真っ黒な闇が端々からやってきて覆われていくたびに、死神がやってきた合図なのか、と梶木は最後に看取ってくれるだろう男に最大限の皮肉を残した。
「お前も組織の使い捨てだ。清水に嫉妬し、哀れな男だ。これを知ってお前は、どんな気持ちだったんだろうな?」
「清水は必ず始末できる。バアルゼブルは死にはしない。梶木君、だったかな…陸軍の情報網も甘く見ない方が良い。君は僕のことを何でも知っているように話すが僕だって君のことは何でも知っている。そうだな、組織を追われたかわいそうな務め人だ」
「お互い泳がせあってんのは分かってたんだ。だがな、仙谷大佐を陸幕にどうにか追い払ったかもしれんがその目論見も潰され結果オーライかお前のお気に入りも公安に壊された。お前がここで俺を殺そうがそっちの負けは変わらない」
ギリギリと歯を噛んでいるのか奥田大尉は余裕のない態度で髪をわしゃわしゃとする。うまく行くはずだった計画が完膚なきまでに潰されてきたのだ。どれだけ平静を装うとも焦りはする。
「先に待っていろ。清水の奴は僕を地獄に送ってやるなんてほざいていたが、僕は当分死にはしない。君の元はすぐにあいつも送ってやる…!」
梶木には、殆ど前は見えていなかった。そうだ、終わりが近い証拠だ。走馬灯が走り始め、およそ後悔しかない人生が早送りで流されている中で彼は思うのだ。もっと人間らしく生きとけばよかったなんて、実にどうでもいい事の類だ。
そして最後に、闇しか見えずとも彼は安心したように息を吐く。
「安心したよ…清水はお前らに負けはしない。奥田、お前がこっちに来るのを心待ちにしてるよ。地獄で会おう」
梶木にとっての一生は何を得ることも無く、失うことの方が多い戦いであった。いくつもの鎌鼬が吹いて体を切り刻み穴だらけにしていくのを感じながら彼は苦痛と向き合いながら考えるのだ。
「ああくそ、どんどん遠のいていくじゃねえか。清水…報酬弾ませて来いよ…これじゃあ、いくらあっても足りねえよ」
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