伝説の日本兵

1



「今だけは呼べよ、伝説の日本兵と」


清水は飛んだ。その速さも、何もかも、音速を超える速さで、バアルの認識しうる全てを凌駕して、間合いに入り込む。触手が押しつぶそうと全方位から迫れど、それは全てが遅いのか、届かない。


「何が…!」


ギリギリで呼吸が元に戻ったバアルは反応し、離れようとするが、間に合わない。


清水の刀はまだ抜かれず右手に力が入ったと同時、バアルも得体のしれない恐怖におびえ目の前に壁を形成する。


「物質ある限り、俺を殺せなどせん…!!!」


「…」


鞘から引き抜かれた刀は、壁を貫通、裂き、バアルの身体を一撃にして上段から抉る。



「ふざ、けるなあああああああああああああああああああああああああ」


バアルの雄たけびが響き、無様に男は吹き飛ばされる、体勢を立て直そうともがいても清水は止まらない迫った触手は切り落とされ、どんな防御癖も破壊し、天井にぶらさがっていた照明器具や天井含め全てを破壊し最強の武器に作り直そうとも清水の前では無力に切り捨てられていく。


余りの速さに自分が何度斬られているかも分からず襲い掛かる激痛にバアルは悲鳴を上げ続けた。


心臓を穿たれ頸動脈を切られ頭上から一太刀、胴体に何本も致命傷を入れられ、それでも清水は全く衰えることもなく斬撃を放つ。


バアルは対抗しようと武器を形成し西洋剣を呼び出すも向かい合った瞬間、恐怖で身がすくみ剣は叩きおられる。鍔迫り合いにすらならず、男は苦悶する。


「なんでだ、なんで、俺が。ありえない、こんなやつが。なぜ」


その異様な殺気は感じたはずなどなく腰が引け今すぐ逃げ出したいという感情に駆られバアルは泣きわめきそうな表情をする。


「怖いか?俺が」


返事を待たず清水は再び一太刀大きく振った刀で斬る。


バアルは痛みについには子どものように泣きわめき倒れこんだ。


「立てよ。俺が戦ってきた連中にお前みたいなやつは、ゴロゴロいたぞ。それでよくもまぁ、王なんて名乗れるもんだ」


その瞳は、現代人のそれではなく、一切の容赦を捨てた殺戮を繰り返すもののそれだ。


どんなものでも切り伏せ、全てにおいて無敗、人間でありながら、人間を捨てた存在にバアルは斬られた部位が癒えるまで激痛と戦った。


「なんなんだ、何なんだよお前は。お前は…!誰だ!!!」


「…」


敵とも認識すらしないその目線にバアルは完全に恐怖し現実逃避を繰り返そうと、力抜く跪いた。


そのあまりに、凄惨で、何より神の如き領域の戦いを見せられ、傷ついたイワノフはなんとか止血措置を取りながらも清水の姿を見てポツリと呟くのだ。


「伝説の、日本兵…」


彼にも幾度となく聞き覚えがある言葉で、それは日本に来て知ったものなどではなかった。かつで第二次世界大戦でウィザード含め多くの人間が殺し合った戦場にてその男は現れいくたびの戦場で不敗であり無敵であったこと。


その証拠に、世界最強と言っても過言ではないエビルガーデン幹部、ウィザードの王と言われるバアルゼブルを圧倒的な強さで追い詰める姿を見て、あまりに、それは、神秘的な、幻想的で、ひたすらに畏敬の念を覚える。


「いつか、この英雄が再び現れるなんてことが、そうか、まさか、本当にこんなところに眠っていたのか…」


感極まるように、イワノフは誰にも見られないところで立ち、その光景に涙を一筋流した。


無念にも死んでいった将兵達の前で、清水 総一郎は最後の一撃をバアルゼブルに放つ。


「いやだ、死にたくない。やめてく―――」


「これが、死んでいった人たちの力だ!!!」


思わず立ち上がったバアルを切りつけ、その勢いは伝わっていき男の身体は大きく吹き飛ばされ最奥の壁を貫き叩き潰される。ぐしゃぐしゃになった体は動かず、静寂は続いた。


「勝ったのか」


イワノフの言葉は清水に届くと同時、彼は刀を下ろし、粒子となって消え、そして彼は、破壊され満開の星空を映し出す上空を見上げた。


「ああ―――これでいいんだろう」


全てを見届けた清水はしばらくはずっとそうして一人思考し、全てと向き合い、そして、自らを救おうとしてくれた少女の元へ向かった。


エヴァはなんとか調子を取り戻し立ち上がる。お互いに向き合い、目の前にいる伝説の日本兵に少女は伝えた。


「清水 総一郎。伝説の日本兵は、『全く同じうり二つの名前と容姿』をして、それでいて、本当に認めたがらない拗ねた人物だってところまで史実通りね」


「ああ、お前のおかげでようやく向き合えたよ。大事なことから俺は、ずっと目を背け続けていた。ありがとう」


そこへイワノフは気まずそうに割って入ってくる。


「清水、いや、伝説の日本兵。感動の再開を邪魔して悪いのですが、こちらも時間がないため早急に伝えたいことがあります」


70年前に戦っていたとされる英雄が何故かそのままの姿で生きているというのだ、理由は分からずともイワノフは、英霊であり大先輩である軍人に対して敬意を払う口調で話しかけた。


「助けていただいたことを感謝します。その強さ、偉大さ、全てにおいて、ほかに及ぶものはありません。私は彼らの遺体を回収するため一時的に本拠点へ引き返しますが、どうか、いつかエビルガーデンを壊滅させるために私は再びあなたの傘下に入ります。必ず増援に参るので、どうか、この国のために、世界のために戦ってください」


清水はさっきとは変わった穏やかな表情で返す。


「ああ。あいつらは『再び反撃の狼煙を上げた』。アダムは必ず食い止める」


「再びということは、やはり…あなたは」


「何度でも戦ってやる。いいから、今は行け」


その清水の言葉にイワノフは見事な着帽時の挙手の敬礼を行った。


しばらくして彼は暗闇の中仲間たちの遺体を申し訳なさそうに見つめた後、姿を消す。エヴァは憧れの英雄が何をするのか確かめるように尋ねた。



「それで、やり残したことは?」


「梶木の奴はきっと奥田大尉のシステムを破壊しに行ったはずだ。これ以上似たような連中が現れるかどうかもわからんが、早く合流しよう」



入り口をふさぐように積まれた障害物の数々を破壊する役を買って出たエヴァはあたりに冷気を放出し、力の異常がないことを確認しながら歩みを進めていった。


彼らには、まだやり残した戦いがある。



2


北条の夢は長かった。夢というものは不思議で、とても長く感じる幻想的空間で過ごした時間は、現実世界に帰ってみれば一瞬の時でしかない。一人の少女の姿はいつまでも世界の中で孤独に座する。少女はどう足掻いても助からない。


風魔 凪は戦いの渦で巻きこまれ、その因縁の闇に飲み込まれる。この空間は北条に眠る象徴だ、彼女との出会いは少年にとっての呪の道程の始まりであった。たとえ彼女を救うべく舵を切ろうとも大勢の人が死に、アダムは倒せない。


少女を捨て過去の英雄と戦い、戦い、戦い、そして戦い、戦いの果てに得たものは、それでもアダムを倒せない未来だ。


何が悪いのか、何が失敗なのか、誰も答えなど分からず、次元と次元の狭間を渡り歩いてきた者にしか、その答えを出すことなできない。清水 総一郎は北条にとって唯一の希望だ。彼こそが世界を救う鍵でありウィザードの頂点に立つ男を倒すことができる。


そう信じて、やってきたというのに、北条は何一つ得ることなくその生涯を終えるのだ。何度やり直そうと世界は変わらず、彼の残した刀は形見として、運命を変えるために機能し続けた。彼を失う未来で生きた少年は何もかもを憎み、拒み、戦うために剣を握った。


『彼女は命を失い、その運命の理を変えるために俺は全てを尽くした。同時にアダムを倒しこの世の安寧を得る。それが理想であり求めたものであった。だがどうだ。何も変わらない。どんな道を選ぼうとも誰もが幸せになる世界などあり得ない。俺が身をもってそれを証明し、どんな道を歩こうとも何もかもがうまくいく可能性などないと理解した。北条 紅旗、お前は何度繰り返す』


目が覚め今がどこにいてどういう状況にいるのか理解する頃には数十秒が立つ。北条は普通乗用車の助手席にて寝かされ気絶するように眠っていたようだった。辺りは暗く、夜だという事だけはわかり制服のポケットに入れていただろうスマートフォンを慌てて取り出して確認すると夢に入り浸る前から数時間経っていることが判明した。


運転席には神崎が腕を組んで背もたれに寄りかかっており北条が起きたのを確認して相変わらず眠そうに声を上げる。


「苦しそうにしてたじゃん」


「…ここはどこですか」


北条はあらゆることを思い出そうとするが少女の残酷な処刑映像が浮かびすぐに固まる。あまりの衝撃に気を失うほどのショックを受け彼は深い眠りに入っていたのだ。神崎は全てを掌握しており何も語らず黙ってフロントガラスの向こうに広がる通信基地に目をやった。


「君の護衛を頼まれてたんだけどさぁ、肝心の奴は、何やらとんでもないことを犯して消えちまったし、訳も分からない状況なんだよね。それでどうしたらいいか分かんないけど、君の暴れっぷりを聞くに安全圏に一人残してたとこで納得できないっしょ?だからこうして、なんか言われる前に連れてきたわけ」


「風魔さんは、もう…」


「ああ」


神崎は次から次に聞こえてくる基地を震源として轟音に露骨な嫌悪感を現して北条に顔を向ける。この状況で何か俺たちにできることはあると思うか、というアイコンタクトに北条は黙って返事をすることなく俯く。神崎自身も同僚の失踪には違和感を感じ、そして風魔の命を奪ったことに合理性を見出そうと遺体を運んだ時も北条を運んでくるときもずっと考えている。


この国の国益を守るためにリヴァイアサンは決断し実行した、または、清水の得た情報にはエビルガーデン幹部であると認めたリヴァイアサンは信用できる人間ではなく組織の意向に従い邪魔な風魔を排除したとの考え方もできる。


消えた以上真実を確かめることなどできず警察庁に確かめようとも奴の行く先を知る者はいない。そうなったからに奴は推定黒でこれ以上何ができるわけでもなくこの事件は迷宮入りだ。


「死んだ子に親族はおらず君ぐらいしかまともな知り合いも見つからなかったけど、ああいう人は死んでも実験台にされるんだよ。ウィザードは難儀な存在で国の物だって認識が強くてさ、一度ウィザード小隊に登録もされてるし俺たちですら彼女の遺体と面会することが叶わない」


「…そうですか」


「かなり冷静だな。リヴァイアサンに怒りを抱いたり彼女に会いたいとか思わねえの?」


北条はイエスともノーとも答えず自らが邂逅した長い夢の続きを考えた。あれは何だったのか。救いのない戦いは無限に続き―――その続きは?結末が見えない戦いは中途半端に遮られ現実世界に戻されたことで今まで抱くことのなかった欲求に支配され同時に北条は何かが自分を作り変えたことを意識した。なぜ自分はこうまでされて平然としているのか、と。


大切な人間が殺される気持ちというものはどんな人であろうと犯人を許すことなどできない。


怒りを抱き、殺人者をこの手で始末したい、そのような思考をすることは自然の摂理だ。だがどうだ、北条 紅旗は客観的に見れば動揺することもなく彼女の死を受け入れている。まるで、死んだ者はどうにもならないと分かっているように。


「僕にできることなんてのは限られてる。清水さんを探しましょう」


エヴァは組織離脱を表明しに行った、それをイワノフらと共に交渉決裂した際に救出しに行くと清水は告げ消え去ったようで敵がいないか警戒しながら神崎と北条は外柵を超える。古びた基地は人気がなく中央付近に大きな鉄塔が確認できる。通信基地として戦争中に使われたことからレーダー塔としてそれは機能し今も聳え立っているものを目印に二人は独特の匂いを頼りに移動を開始した。


それと同時に大爆発が塔から発生し衝撃波が二人を伝う。


「なんだ今のは…!」


神崎は腕で顔を覆い北条に答えを求めた。そんなもの分かるわけもなく二人は倒れる塔の方向が自分たちと反対方向に行くのを確認してホッとするのも束の間、急いで匂いの元へ走っているときに一人の男が走り去っていくのが確認できた。倒れた塔は立ち並ぶ様々な隊舎を破壊し押しつぶす。聞いたことも無い建築物が倒壊して生まれる爆音はさながら大地震で崩れ行く都市を彷彿させる。


「あいつは、梶木さんじゃねえか」


神崎は夜間のせいではっきりとは分からないがそのシルエットが梶木と一致したことから爆破した主が彼だと推定する。どこへ向かっているのかなど何も理解できることは無いが二人はどうするわけにもいかず匂いの大元がする拠点の前で棒立ちになる。


「清水さんには愉快な仲間がたくさんいたんですね」


「愉快どころじゃねえ、まるでサーカスだよ。あの人に殴られてから体のあちこちがおかしいんだ。慰謝料払ってほしいぐらいだよ」


「それは無理じゃないですか。あの人お金ないんで」


「旦那ならありえそうだ」


北条の遠い理想を羨む声に神崎を合いの手を入れ手持無沙汰で緊張感だけを抱き前方を警戒していると一際巨大な施設から清水とエヴァがボロボロで這いずるように出てくる。どれだけの戦闘を行ったのか誠堂高校の時といい勝負だ。


「清水さん、その傷は誰から」


「北条、お前」


北条の姿に清水は予期しない出来事だったのか動きが止まり、そこから神崎に視線を移ろわせる。


「無事なところに隔離とけよ。なんで連れてきたんだ」


「旦那、北条の戦いぶりはあんたから聞いた。こいつはきっと役に立つと思って俺もつれてきたんだ」


清水はため息をついて、駆け寄ってきた北条の頭を掴みわしゃわしゃとする。何がしたい訳でもなく、いつも通りの少年を見て安堵したようだ。記憶をある程度取り戻したのか遠い目をした清水は同時に少し寂しげな表情を浮かべた。


北条の理想である清水は追いつけるわけがない、追いついていい訳がない、英雄と言えども虚像と表現できる何かだ。彼はそれが分かっているから素直に喜べない。だが、清水が今ここで何と言おうと北条は、きっと諦めることは無い。


ウィザードの才能を持ち清水に助けられ、リヴァイアサンに対して圧倒的な力を見せつけた少年は未知数の才能を持つ。それに加え茶々を入れに来た何者かの存在に清水はある程度答えを出してしまう。それでもそんなことは、本人に伝えることなどできるわけがないが。


「大丈夫だよ。何もかも覚えてないわけじゃない」


「!!」


北条は自信ありげに笑う。この小さな体に灯された強さに溢れる魂に清水は思わず目を見張った。その意外性はますます確信性を帯びていき頭を痛くさせる。


「リヴァイアサンのやつと次に再開したらどうする」


「それは勿論、仇を討つのみだよ。だけど、なんだろう。驚くほど気持ちが高ぶらない。あの時、あいつを倒そうと必死になっていたけど、僕はとんでもないほどに精神が壊れてる」


北条は語る。壊れた自らの何かは二重人格を呼び起こし先ほどのように殺し合うことなど微塵も、どうにも思ってない自分がいると。普段演じている自分等所詮飾りに過ぎず、虐げられようが自らの境遇を呪うわけでもなく、かといってその元凶を排除しようとも思わない。


彼を形成した謎の部分はつまりは、最初から戦闘員としてのメンタルが用意されていたということで解決できるのだ。弱きものを演じ背景に溶け込むことで異常性を隠し今の今まで無事に生きてきた。風魔 凪と対照的に結果として自分の身を守ることに成功している彼は恐らく誰よりも有能だ。


「お前は、ああ。お前にだけは言っておく。俺を追うなんてことは死んでもやめてくれよ」


確実に素質がある北条に対して清水は憐れんだ。半端な能力しか持たないものはその域に達することすら不可能だ。それ以上の苦しみというものは到達しなければ経験することなどできず清水は見つけてしまったのだ。北条 紅旗はいずれ清水へ追いつきそして、何を得る訳でもなく破滅する。


「それは無理だよ。僕はとうにあなたに魅せられてる」


ふざけるな、と清水は目を細めた。北条の声は芯が強く誰かの意見を聞くようには見えない。盲目的に、この少年は戦いエビルガーデンを壊滅させるために清水にのこのこと付いてくるのが目に見える。


「お前に対する説教はあとだ。ったく、とんでもないやつだ。神崎、服務指導しとけ」


「俺がかよ!それより旦那、首の傾きが最近弱くてさぁ、頼むから治療費払ってよ!」


「生きて帰れたらな」


金の話が絡んだ途端に清水は難聴のふりをして会話を終了させた。

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