清水と魔法使い

風魔は病院の屋上で曇った空から降ってくる雨の塊に目を伏せた。雨の勢いは強く一時的にコンクリートの地面に幕を張るほどで、黒髪を濡らしぶるぶると体を震わせて彼女は出入口へ引き返す。


転落防止用の策に寄りかかり誠堂高校を一望しこの周辺の風景を目に焼き付けた彼女はうっすらと分かっていた。待ち構えている長身の男のハンサムな面に見惚れているわけではない。その男の本気の殺意だ。


清水 総一郎は余りにも人間として甘すぎた。恐らく彼は誰よりも強く、そして誰よりも慈悲深い。風魔を断罪する者が一人もいないなどというのはおかしな話だった。理解できるゆえに、拒む気など起こりはしない。


だが、彼女はそれでも生きていくことを待ち望む人のために戦おうと決意したのだ。


リヴァイアサンはいつもの微笑など浮かべず開いた瞳は実に男らしい魅力を放っている。風魔 凪は危険人物であり許されないと切り捨て、始末するためにやってきた。この天気はそんな日にふさわしいもののようだ。


「どこからやってきたの?あなたは」


「公安警察だ。と言っても深く名乗る必要もないだろ。お前がどうなるかぐらい、自分が一番よくわかってるはずだ」


リヴァイアサンはズボンのポケットに突っ込んだ手を抜いたと同時に何かを引くような動作をする。その瞬間風魔は固い糸のような細い何かでぶたれたような感触を受けた。寸前で風を纏いボディーの防御を固めるもそのパワーに押されかなりの衝撃で転がされる。


屋上から叩き落されるわけにもいかないとなんとか腕や足を使い地面に彼女は張り付いて見せた。柵にぶち当たるぐらいまで飛ばされ切り裂かれそうな痛みと打撲のような痛みが混在する中風魔は立ち上がりリヴァイアサンをなんとか視界にとらえる。


見失えばいつでも殺せるような殺気を放つ男の目は危ないものだった。


「私は死ねない。清水 総一郎は、生きて戦うのが務めだと言った」


「あの人は実に興味深い。調べても調べても行き当たるのは伝説の日本兵という単語ばかり。この国を救った英雄と何故あの人が同一人物になるかなんてことは分からないが、手合わせしてほしいくらだ」


リヴァイアサンは無駄話に興じながら一定の距離を取った風魔に鋼の糸の先端を何本か放った。軌道は見えず細いゆえに物体の可視性が低い。それを風魔はナイフを取り出し纏めて前方を切り払うように受け止める。相手のトリッキーに加え恐ろしい攻撃力が加えられた技のおかげで反撃を繰り返すことなどできずやられっぱなしのまま風魔はひたすら後退した。


「くっ…無駄なことね。あいつは、あの人はあなたなんかには倒せない」


「…どうかな。未練も多く甘さを出す人だ。アパッチの件もほっておけばいいもののわざわざ破壊してくれる辺り簡単に嵌められてくれる」


攻撃の応酬を繰り広げながら苦し紛れに風魔は尋ねる。


「何を言ってるの?」


言葉を放ち、風を乗せたナイフも数本と連続でリヴァイアサンへ向け放つ。


「あれはな、奥田が呼んだんじゃない。俺が呼んだんだ」


飛んできたナイフはあと数メートルで届くという所で鋼の糸が何十、何百と集まり球状のドームを形成し防御してしまう。爆発を引き起こすと共にドームは溶けるように解体されていくがその顔に傷1つすらなく風魔は唖然とした。


「話が見えない、何がどういうことなのよ」


「陸軍航空隊は簡単に偽の要請コードにつられた。ヘリは確実に清水さんに破壊されると俺は信じて疑わない、調べる限り誰よりも他人の命を大事にする人だ。必死に戦ったんだろうな。あのヘリが墜落したおかげで世論は大盛況、政府や陸幕もお怒りで奥田は逃走している。あいつのブラックサイトもどうせ先がない状態だ。梶木さんが向かっているだろうがエヴァ・ブレイフマンも恐らくバアルとそこで再会を果たす」


「…あなたは誰の味方なの」


「…いや、救えない女だ。本当に、救えない」


やれやれと手を振ってリヴァイアサンは冷たいシャワーを浴びながら髪をかき上げた。高そうなスーツが台無しだ。彼は哀れな小動物を見るような眼で訴えかける。


「お前も散々エビルの連中にかかわってきたんだ。いい加減匂いにしろ何にしろ気づくと思ったんだが、まだ駄目か。だからこそ、簡単に奥田如きに嵌められるんだ」


風魔は突拍子もないことを言われているような感覚になった。奥田大尉のバックアップに付いている最中に公安警察官の二名の存在は掌握できておりその中にこの男は含まれていた。一人だけコードネームが掛けられ『リヴァイアサン』と。


恐ろしい怪物の名前を付けられたやり手の警察官という印象しか抱かなかった風魔はさして興味など示さず今日のこの日まで生きてきた。


そして、気づくのだ。数々の邪悪な楽園を築こうとしてきた人物たちの名前が、ことごとく関連性を含み、この男の攻撃ヘリを発進させ破壊させることで行う世論調査や遠回しに陸軍へのけん制を行うこと。奥田大尉を始末するように動きながらも、かと言って全面的に清水を支持するわけでもなく風魔をたった一人で消し去ろうと気配もなく現れる男。


何より、その呟いた言葉に対する懐かしさを感じるような言いぶりが、全てを物語っている。


「エビルガーデン…あなたは、そこからやってきた…?」


「そうだ。そしてお前は、今日ここで死ぬ」


末端に追い詰められた風魔は後がない状況になり、とどめの一撃が襲い掛かろうとした時だ。


「やめろ!」


清水の不意に繰り出した飛び蹴りがリヴァイアサンに炸裂してよろよろと体勢を崩す。焦って体勢を立て直す彼の足元を払い、地面へ叩きつけ、清水は馬乗りになって護身用とばかりに持っていた拳銃を取り出した。


「もっといい装備はなかったんですか?」


「あいにく武器整備で分解中だ、今頃梶木が油まみれにしてんじゃないか?」


それよりそんな御託はいい、とリヴァイアサンの鼻先に銃口を突き付け清水は吠えた。


「頼むから、これ以上はやめろ。何とかなる選択肢はないのか」


「…答えなど変わるわけがない。清水さん、あなたが何でも救えるわけじゃない。俺たちウィザードはそういう宿命だ。国を救うため、世界を救うために不安定事項を起こす可能性がある以上、始末されるほかないのさ」


清水は首に何かが絡まる感触に気づく。叩きつけるような強さの雨のせいで感覚を研ぎ澄ますのも難しく、巻き付いた何かを取り払おうとする頃には遅かった。後方に引っ張られるような力が働くと共に屋上へ続く出入り口の方向に首を絞められ箱状の出入り口に縛り付けられるように締め上げられる。


「野ざらしの場所ってのは俺は苦手なんですよ…何かを利用しないとこの力は活きてこない。清水さん、この期に及んであなたは俺を抑え込み尚且つこの娘の命を救うことを考えている。実に嘆かわしい。大戦中のあなたが最後に命を落としたのも納得できる」


気が遠くなりそうな苦しみに耐えながら歯を食いしばり指を首と糸の間に滑り込ませようと清水はもがいた。


「エビルガーデンと、警察を二股してた連中が言うことは、説得力が違うな…ッ!お前のその嘘くさい愛国心で何を救おうってんだ…お前が求めるのは安寧じゃない…ウィザードの、理想郷なんだろうッ」


何とかして頸動脈を絞められないよう力を入れ、血管が破裂しそうなほど頭が厚くなってくるのを清水は感じる。会話の一部始終が聞こえていた清水にとってこの男はあらゆる意味で信用ができない存在となる。聞きたいことは山ほどあり、だが、何よりも強いこの男に全てを見透かされ、得体のしれない怪物に恐怖するあまり思うように糾弾しようにもできない。


「何を、してるんだ」


そこへ、今だけは来てほしくない少年の姿が縛り上げられもがく清水の横から現れた。スライド式のドアを開け北条 紅旗は降り注ぐ大雨の中対峙する男たちと奥に立つ風魔の姿を見て事態を理解できないで立ち尽くす。


「…面倒だ。さっさと終わらせるぞ」


言うや否や見えない糸を操るように手首を引きリヴァイアサンは風魔を引きずった。


「!!」


攻防の間に彼女の胴体に糸を括り付けたのか風魔は為すがままに彼の元へ引きずられるように引っ張られた。少女は必死にナイフで糸を叩き斬ろうと試みるもあまりの強度の強さに空しくも弾かれ傷だらけになりながらリヴァイアサンの目前にまで到達する。


「俺の技は奥田よりは丁寧だ。安心しろ、すぐに送ってやる」


勿論地獄さ、と添えて彼の糸を手繰る手が首を斬ろうとする動作を行おうとした。風魔は寸前で紫煙を纏うナイフを同時タイミングでリヴァイアサンの胸へ直接突き立てた。鋼の糸で練られた間隔材のようなものがナイフと心臓の間に入り物体こそ届かぬものの物理的要素を排除して呪の力は彼の心臓に届く。


「掴んだ」


同時に勝利を確信した風魔は油断する。これで勝利したと。だが、入り込んできたものは、記憶の波ではなく、冷たい壁だ。


「なんで…」


「それは届かない。俺に精神的苦痛などあってないものだ。心などとうに壊れ、今更思い返す必要などないんだよ」


リヴァイアサンは無情に突き放す。そして、彼女の叫びを許す間もなく鋼の糸はやわらかい肉に食い込む。切れ味というものは高速で振られたそれは恐ろしいもので綺麗な断面図を作ったのか骨にぶつかる音もせず一瞬で首を転がす。


この地獄の光景が北条の網膜を通して視神経を辿り脳内で映像として出力される。恐ろしいものだ。何もかも、心の底で冷静に過ごしてきた少年はこれだけは平静を保つことができなかった。誰にぶつけるべき怒りだったのか。もう少しぐらい彼女に気持ちを伝えておくべきだったのか。今起きた現象はきっと過去となりあらゆる瞬間にやり直したいと思うものなのか。


拳は震え、己の無力さを呪い、呪うだけで何を為すこともできない。恐らく目の前にいる犯人に対して勝利することもかなわず少女を助けることももはや叶わず全てを塗り替えることはできない。ならば、何を恨むべきで、何を責めるべきだ。少年の頼りない風体は、実に、哀れなものだっただろう。


「首を狩るのは、久しぶりだ。…悪くはない練度だが」


伝った血の雫が滴るおかげでリヴァイアサンの手元から派生して鋼の糸は伸びていることが分かる。正体不明の能力を扱いその男は何のためらいもなく風魔の首なし死体を見つめ鼻で笑うようにして縛り付けられた清水や指をくわえてみていることしかできなかった北条に顔を向けた。


「どうした、北条 紅旗。お前のことも俺は何でも知っている。組織に愛する女が殺されて憎いか。それもいいだろう。今は復讐を果たすチャンスだ。果たしてその力がお前にある稼働は甚だ疑問だけどな」


「うわああああああああああ―――!」


文句があるならかかってこいとばかりに両手を広げリヴァイアサンは煽った。北条の昂ってきた感情は止まらず、届かずともせめて立ち向かいたいという思いが勝ったのか数歩と踏み込んでいき殺人者へ拳をぶつける。北条の頼りない小さな拳は彼には届くことは無いと誰もが思っただろう。だが、彼は何をするわけでもなくその攻撃を生身で受け止めて見せた。


小柄ながら力が乗った右ストレートはリヴァイアサンの頬に当たり鈍い音を放ってびくともしない。なぜ彼が何の抵抗もせずに受け止めたのか、北条には分らなかった。


「…」


「北条、伏せろ!」


小柄な少年の身体はリヴァイアサンの眼前にとどまることで少しだけ清水の身体が消えていた。


「しまった―――ッ!」


「遅い!」


思わず屈んだ北条の上から刀を抜刀した清水が飛び込んでくる。鋼の糸は破られ、音さえ出さず、気配さえ掴ませず圧倒的なスピードで清水はリヴァイアサンの間合いに入って見せた。次いでその太刀が横から一閃、リヴァイアサンを真っ二つにせんとばかりに襲う。


「だが、まだだ!」


リヴァイアサンの鋼の糸の本数は無尽蔵でそれもほぼノーモーションで現れる。どこから伸びているのか彼の体内が根城であることだけは分かるがその構成や細部までは判明せず謎に職種のように複雑に絡んだそれは清水の刀を緩やかに受け止めてしまう。


威力を減殺され、踏み込んだ足を更に継いでもう一足を清水は踏み込んだ。


「おらあああああああああ!!!」


北条だけは、せめて守ろうと焦っているのか、自分の詠唱が使える限界の時間までに決着を付けようと清水は引くことさえ考えず柄を握り直し、両手を振り上げ、絡まった糸ごと切断した。大きく上段から振られた刀はそのままリヴァイアサンへ斬りかかってくるかと思いきや、間合いを利用して飛び込みながら突きの姿勢へと清水は変化させた。


狙いは首筋。これで決める、と様々な思いを交錯させながら、リヴァイアサンを貫こうと迫った。


「それじゃあ、まだまだだ」


あと一歩で清水にネットのような網状に変形した糸が絡みはじき返され、その反動は強く容赦なく地面に体をうちつけ、派手に転がり北条の前まで後戻りさせられた。首が曲がりそうなほどのダメージを負わされ、刀は消失し清水は頭の中が真っ白になる。こんなことがあっていいのかと。


北条にはありとあらゆることが夢であってほしいと願うことしかできない。傍に落ちた少女の生首やゆっくりと倒れて言った残った体から噴き出る血液から形成される血だまりは段々と北条や清水の周りまで広がってくる。


そうだ、戦場とはかくもこういうものだったのだ。経験したこともないはずだというのに、北条の頭の中に無数の光景が浮かんできた。数々の人の命を奪い、奪われ無数の死体が立ち並ぶ街並み。平和なはずの世界が段々と悪魔たちによる楽園へ作り直されていく圧倒的な絶望。


救いなどなく救えなどしない。


何故なら?彼らはそんなものを求めてなどいなかった。


結局は、ウィザードだろうが、人間だろうが、打ちのめされてきた思いを倍返しにしてやり返す風習など変わらず、自らがこれから望むこともまた、復讐の目をだてることでしかない。正義など存在せず、仁義などあり得ない。


綺麗事だったのだ。何もかもが、幻想であり、理想だ。


「僕には何もわからない。清水さんや、あんたが何を知っていて考えていて、何が正しい事なのかも。あんたが誰だろうが僕は知ったこっちゃない。僕にとってこの子がどういう存在だったかなんてことは、たぶんもっと大きな目的があるだろうあんたには何の関係もないことだろう。全てを振り返ってみれば合理的な話なんだ。風魔さんを救える話なんてのは実に可能性が低く打算的にいけば到底受け入れられるもじゃない」


北条の瞳の色がゆっくりと濁っていくのをリヴァイアサンは気づいた。そして、その空気の変わりよう、彼のオーラがどんどんと濁っていくのに驚愕を覚える。


「…!お前…まさか」


「あんたこそ僕を履き違えていたんだ。ただのウィザードもどきの一般人じみたガキだとでも思ったか?」


どんどんと言葉遣いが変わっていき、全てを分かったように話す北条にリヴァイアサンはあり得ないというような表情で見つめ清水も顔を上げ耳や目を疑う。


こいつは本当に北条 紅旗なのか?と。


もしかすれば大きな勘違いをしていたのかもしれない。うぶな少年だと決めつけ、護衛対象として考え、何に巻き込むわけにもいかないと考えていた清水は大きな過ちを犯しているのではないかと考え始めた。だがそれが何なのか、わかるわけはない。


「大丈夫だよ、清水さん。『俺』は、全部わかっている」


たれ目がちな印象だった彼の目つきは釣り上がり、ゾッとさせるほどの殺意を込めてリヴァイアサンを見据えていた時、どんな回避行動を取る間もなく、圧倒されたのだ。


カメラのフィルムを通してみるとすれば少しずつコマが再生されるごとに人物というのは足を駆動してある場所からある場所へ移動していくものだ。彼は、いうなれば次の瞬間にはまるで空間から空間へ消えて現れたようにリヴァイアサンの前へ詰めていたのだ。


「なにッ」


リヴァイアサンの反応を待たず北条は右手に一本の刀を宿した。彼の頭の中に起源という言葉流れ込み事象化され、それは一本の古い刀を産んだのだ。銀色の、だけど錆びれた光は一本の古刀を出現させ誰に習ったわけでもないというのに北条は見事にリヴァイアサンを斜め冗談から下へ掛けて一太刀、切り伏せた。


「ぐあああああああああッ!」


苦しみ、悶え、初めて太刀を浴びせられたリヴァイアサンは思わず飛びのきながら跪く。何が、起きているんだと頭を巡らせながらアクシデントをどう切り抜けるべきなのかパニックになった彼は酷く荒い呼吸になって目の前に立つ北条をゆっくりと見上げた。


さっきとは打って変わった殺人者と化した目を見て、こいつは何人殺してきたんだと緊張を覚える。リヴァイアサンは、気づかぬうちに震えていた。


「彼女はきっと、もっと痛かった。お前は楽に死ねると思うなよ」


その、誰かさんに似たような言葉遣いにリヴァイアサンは違和感を覚えながらも両手を手繰って北条を吊り上げることで改めて自分の優位性を確保しに行く。


「だが、お前は『まだ』俺には勝てない」


無数にネットのように罠が貼られていたのか北条は気づくことができず全身に絡んできた糸を振りほどく前にあやとりのように絞められ空中に上げられた。手首も決められ古い刀はまっすぐに落ちてコンクリートだというのに地面に突き刺さる。




かつては名刀だったのだろうか、古い輝きを放つそれを見ながらスタミナが切れた清水やリヴァイアサンはその刀を見て、またしても、違和感を感じそれは既視感へ転じた。


「この刀…」


答えが出かかって頭の中の靄がはっきりしてこようとしたときだ。低い男の声がどこからともなく響いた。


「そいつには手を出すなと言ったはずだ」


無数に天を裂き、刀の数々が降り注ぐ。意図を一本一本千切るようにそれはコンクリートを穿つように突き刺さり、役目を終えたものから光を放って姿を消した。声の正体は一人の男のようで、清水は訳が分からず周囲を見渡すも誰も姿を現すことは無い。


「誰だ!」


声が空しく響くだけで何の反応もなく糸が切られ北条は力なく落ちてくる。清水はまずいと思い思わず彼が着地するときにキャッチしに行った。


「しっかりしろ北条!」


少年は、戦闘の疲労を感じたのか目を瞑り返事をすることがない。呼吸があることだけは確認できた清水は安堵する一方今のこいつの力はなんだ、そしてこの声の主やお節介を掛けた理由はなんだと思考を張り巡らす。


そんな中リヴァイアサンはその存在に関しては動じた様子も見せず斬られた傷の痛みに耐えながら空に向かって言う。


「だったら四六時中こいつらに付き添ってればいい話だったんじゃないか、アステロト。風変わりな奴だ。それともなんだ。あの女を殺されたことを『今』でも根に持ってるのか」


しばらくの感覚を終えてアステロトと呼ばれた男は返事を返す。


「…そんなことはありえない。今まで何度となくと繰り返した。今頃それを実行してどうにかしようとしたところで、因果律の破れは起こりうるわけがない」


「何を言われても俺には初めてのことでわかりはしないよ。変人め」


リヴァイアサンはそういうや否や漆黒の闇に包まれるようにその空間から姿を消していく。清水は叫んだ。


「リヴァイアサン!逃げる気か!」


「馬鹿な。どうせあなたとは近いうちに何度となく出会う。その時にあなたがたの復讐はいくらでも引き受けますよ。俺の目標さえ果たせれば、それでいい」


男の気配は消え、清水は気絶した少年を抱えたままこの状況をどう納めるべきか悩んだ。


「清水さん、エヴァを救うんだ」


清水と北条を救った男の声は再び、くっきりと聞こえてきて清水の耳に届いた。ハッとして悩まし気にうつむいた顔を上げた清水は、アステロトの気配すら消えていたことに気づく。


いっそのこと全てを投げ捨てたくなるような事態で清水は梶木へ連絡し、神崎と現れた彼らは手短く全てをまとめて伝えるも訳が分からないとごねられる。だが、すぐに現場に到着した彼らは少女の死体を見て、目を伏せた。


見開いた少女の顔はあまりにも生々しく、絶望を宿したままの表情を保っているからか、平然としていられるような状況ではなかったのかもしれない。


「なぁ、救いなんてことはあると思うか」


清水は梶木に訊ねるも答えは返ってはこない。


「死者に敬意を払え」


少女の哀れな最期を見た梶木の言葉に清水はぐったりとした北条を梶木に任せ、少女の首を拾う。


目を閉じてはならず、彼女のその最後の瞬間をしばし思い返し、清水は開いた眼を閉じさせた。


「いつの世も、犠牲になるのは力のないものばかりだ」


「ああ」


梶木は清水の屈んで膝をついた姿を後ろから見て思う。この男は、適当なようで、もしかすれば、


「平和な世の中になったんじゃないのか、今の世は」


実に、平和を求めた、平和を愛した、伝説の日本兵本人だったのかもしれない、と。


なぜ彼が現世にこうしているのかなど分かりはしない。だが目の前にいる彼はきっと亡霊だ。


戦争に明け暮れ、多くの仲間を失い、家族を奪われた被害者でありながら、全ての罪を、全ての業を背負ってきた。彼は未だに後悔している。故に語らず、故に目を背け、故に記憶を失うほどに自我を憎んできた。


「梶木、風魔少尉は何とかなるか」


「風の噂じゃ、連隊長の仙谷が陸幕から緊急で命令を出して今は護衛してるようだ。奥田は時期に陸軍上層部から鉄槌が下る。やつら、どこまで黒くて白いのか分かりやしねえ。少なくとも、あの連隊長はまっとうだった」


「そうか、仙谷大佐がやってくれたか、なら安心だな…」



振り続ける雨の中、男の頬に涙が流れているように見え、梶木は目を疑う。



その後は神崎の指示で警察が時期に到着すると言われ、北条を引き渡し清水と梶木は神崎と別れを告げた。やるべきことは、今は一つであり、最後の戦いのためにエヴァがいるだろうポイントを目指す。


それは丁度、奥田大尉が建設したブラックサイトの中枢であった。

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