奥田大尉の野望
奥田大尉には日本を破壊する野望があった。憎き仙谷大佐を潰し駆け上がり全てを自分のものとする。その崇高な使命は偏に自身の正当な評価を求めるという事であった。歪んだ信条、彼の思いは曲がっていきある日出会うものが03計画だった。
伝説の日本兵を切り札とした日本陸軍勝利の方程式と呼ばれた作戦計画がある。しかしどうだ、伝説の日本兵は死んだ人間と言われ、その存在を中心とした計画とはいったい何なのか。そういった現に亡き者の名前を使った作戦であるがゆえに長らくこの計画の真偽について疑問視する者は少なくなかった。
この国を取り巻く海外情勢というものは日々変化し日本は危険に脅かされてきた。ロシアはアブソリュートゼロ計画なるものを発動し長らくウィザードに対する研究に取り組み最終的に手に入れたものがエヴァ・ブレイフマンという女の存在である。
ロシアはその人間兵器をもってして世界の覇権を握る。女は殻で兵器を包むダミーに過ぎない。だがそれを強奪したテロ組織が存在した。彼らは悪逆非道な行いを繰り返し国家を破壊し、人間社会に仇名すことでウィザードによる楽園を望む集団だった。
「では03計画とは何か」
奥田大尉は自身のあらゆる権限を用いて秘密裏に、完全に違法な手段をもって確保した実験施設にて独り言を言う。暗い雰囲気が漂う中施設では精密機械のようなものが多数設置されそれは忙しなく稼働し続けている。
「いやぁ、気に入らない。そんなものは僕は認めない」
崇高な野望を前に愉快そうに笑う声だけが響き続けていた。
奥田大尉は清水に対して怨恨を抱いている。清水 総一郎はある日急に現れレンジャー小隊に陸幕命令付きで送り込まれた謎の兵士だ。彼は自身の記憶がなくよって出自も分からず陸幕自体も何を投げても反応などない。
「中隊長、それでレンジャー小隊の奴の件ですが」
「なんだ、ついに何かやってくれたか。陸幕も何を考えているのやら」
先任上級曹長による中隊長に対する報告において清水の話題が上がる。奥田大尉にとって清水という存在はあまりに歪で許しがたいものがあった。遊撃隊員でもないのになぜやつがレンジャー小隊なのか。中隊の中でも最も精鋭が集まる小隊に投げ込まれたのだ、いくら陸幕からのお達しとはいえ必ず問題を起こすに違いないと疑っていた。
「いや、素晴らしいよ。彼は」
先任は急に砕けた口調になる、それもそのはず、幹部候補生学校を直接経由して入隊した奥田大尉は都市は若くまだ30に差し掛かるぐらいなのに対し先任は50近い齢で下士官のトップなのだ。職務として中隊長に意見具申する役割があるが平常時では基本敬語で接し、こうやって不意に密室で個人的な会話に興じるときに素が出てくるのだ。
「素晴らしいとは?」
「ジャケットに何の記載もなく誰も奴を知らない。どこで生まれどこから来たのか、そもそもこいつは軍人なのか、誰も分からない。だが、何をやらせても一流だ」
一流とは何のことだと奥田大尉は眉をしかめる。先任は中隊長室にて机を前に会話をしているが一度外を気にして扉を閉め定位置に戻って続ける。
「奥田、これを渡しておく。清水 総一郎は怪物だ」
USBメモリを先任から受け取った奥田大尉はその真意を問うべくじっと相手の目を見つめる。
「誰にも漏らすな」
先任は部屋を出て奥田大尉はとメモリをパソコンに接続することで、全ての始まりへ到達するのだった。そこからだ、奥田大尉はエビルガーデンの構成員と接触し北九州の大学病院にて暴動を起こす計画を立案、実行段階でレンジャー小隊と構成員を殺し合わせる。そこまでは実行されその先はこうなる予定であった。
それは連隊でも最高クラスの戦闘力を有する小隊が全滅することで中隊全力をもって叩き、最終的に連隊すべての戦力を投入し、その後師団全ての戦闘力がその地に集結し事態の収束の困難を図る。
そうすることでこの問題は隠密に済む問題などで済むことは無く政府は認知し始めてエビルを意識し交渉のテーブルを用意する。大雑把な計画はそうなっており滞るはずなどない。そのはずだというのに、清水総一郎は全てを台無しにした。
この一連の流れを知った先任は酷く驚いてその後どこへ消えたのか彼は消息を絶つ。きっとエビルに消されたのだ。奥田大尉には確信がある。軍内部には勢力が二つ存在し一つは奥田大尉が踏み込んだテロ計画に加担する方法だった。
何故こんなものに日本陸軍が加担するのか。
それは彼らが戦闘を求め、戦争を求めたからだ。意味が分からないだろう。そうだ、意味など分かるはずがない。国民はそんなものを望まず平和な世の中こそが理想的な社会でありそれを国を守るべき軍人が望むなど言語道断。だが、彼らはそれでも戦争を求めたのだ。一生を通じて戦わずして退役するだろう彼らは日々感じる。なんのために戦っているのかと。
そうだ。何のためでもない。あるわけのない戦いに備え弾薬を浪費し無意味な愛国者精神を宿して妄想を胸に死んでいく。そして何より彼らは軍需産業を発展させるために戦争を望んだ。その結果がこのエビルガーデンと呼ばれるロシアのウィザードによって構成されたテロ組織の行為に加担することであったのだ。
だがしかし奥田大尉にとってはそんなものはどうでもよかった。自身が認められることが全ての彼にとってUSBを渡して誘い込んできた先任の真意など分かるはずがない。彼はもしかすれば本物の愛国者だったかもしれない。だが、現に計画は頓挫し進捗は芳しくない。
次なる計画は亡きサタナキアのデータを完全に扱えるよう『Wizard Public interest system 』という彼の研究成果を纏め上げウィザードの能力を完全に使いこなすことであった。エビルガーデンという組織の目標は謎に包まれていることが多いが奥田大尉が把握している範囲では彼らはウィザードによる理想郷を作り上げることが目標であり既存の社会システムを作り合げ裁量権を握る人間を追い払い自分たちによる国を作り上げるのが狙いだ。
ならば彼らに匹敵する力を用いて対抗する。そしてその力を人間でありながら自在に操ることができればそれはこの国を統治することなど容易い問題となる。奥田大尉は理想に燃え野望に燃えた。研究者としてあまりいい結果を残すことはできず陸軍軍人となった彼にとっては新たな希望であり人生第二章であるとも言えたからだ。
彼は陸軍大蔵駐屯地の近傍に存在する誠堂高校へ訪れた。傍らには風魔を含め、彼女を襲ったルシがいる。
「凪、聞けよ。君の兄さんは実に有望な軍人でね。若いながらも優秀な少尉だった。だが僕の思いを共有することができなかった」
「兄さんは事故で頭をけがしてるけど、どうせあんたの仕業でしょ」
「…ふっ。一発で殺してやろうと思ったんだが、どうにも運のいい男で死ななかった。だがこうして君と繋がれた辺り、こいつも役に立ったと言えるんじゃないかな」
その挑発的な顔を見て憎悪の感情を風魔は放った。
「おいおい怖い顔するなよ。ついてこい」
誠堂高校新館の一階廊下を伝い地下室へ通じる扉を通って怪しく薄暗い空間へ風魔は案内された。その中央にてライトが照らされ一人の男子生徒が椅子に拘束され口を塞がれている状態を確認する。
「見ろ、こいつのこの顔を!」
奥田らの姿が目に入るや否や男子生徒は目を見開き暴れ脱出しようとすることで椅子事転ぶ。何をされたのか想像は難しくない風魔は彼を解放しようと進んだ。
「お待ちなさい」
ルシに止められ風魔は動きを止め目線だけをずらす。彼女に疑似的に惨殺されかけた風魔にとってはこの女は正真正銘の悪魔で永遠に慣れることなどできないように見えるだろう。
「ウィザードとして戦う以上一線を越える必要がある。まともな心理なんてわたくしからすればむしろ異端と思える存在ですわ」
そういって何の気もなしに出現させたダガーナイフが転んだ男子生徒の足を切り裂く。骨ごと斬られたのか断面ははっきり見え男子生徒は狂いそうな痛みを味わう。飛んで行った両足の残骸は血だまりを作りオブジェクトと化す。
「さぁやりなさい。所詮人間。すぐになれます」
いつにも増して真剣な表情はこの行為が善悪としてどうなのかなど微塵も気にする様子はなく風魔に同じ行為を求める。奥田大尉は風魔の肩に手を置いて後ろから囁きかける。
「思い出せ。あの大学病院で痛めつけられたことを。現実までああは為りたくないだろう?自分の家族や、あの連れてきたガキ含め全部僕たちは皆殺しにできる。ウィザード小隊にはお前みたいなやつが必要なんだよ。どっちがいい?お前が殺して、殺して殺しまくればそのぶん大事なものは助かるんだよ。風魔少尉は妹のウィザード転用を認めなかったゆえにああいう事態になった。そうまでしてお前を守ろうとしたんだ。やれ。お前は今日から陸軍の駒だ」
呪文のようだっただろう。風を自在に操り人を傷つけるなどという能力が世間一般から見てどれだけ忌み嫌われ恐れられるものか。自制し隠し、一生においてその秘密をもって向き合い生きていこうとしていた風魔にとって、その感情を破壊し殺人者へその心理を塗り替えるために、死の言葉だった。
「ああ…そう。私は―――自分で壊れる」
奥田大尉から貰った陸軍の軍事用サバイバルナイフを握り風魔 凪は、目を見開いた。腕を上げ切っ先を下に向ける。
「ッ――――――――!!!!!!!!」
決して侵されぬ心の色を染めるように真っ黒なものが流れ込んでくる感情を認識する。風魔にとって普通の人間の在り方を捨て、全てを捨て、再び生きて帰ってくるかもしれない兄のために、彼女は刃物を振り下ろした。
肋骨の下に溜まっているだろう内臓の塊を一撃、突き刺したときに結果など殆ど出ていただろう。放っておけばすぐに死ぬものを執拗に風魔は何度も刺した。屈んで膝をついて両手を使って何度も何度もこれから死ぬだろう、人間の目を見つめて、殺人訓練を遂行した。
その恐怖と呪に満ちた顔は固まったまま変化することもなく死ぬ間際に網膜は憎き風魔の姿を焼き付ける。死体になり肉が段々と固くなってくる男子生徒の姿を改めて意識して風魔はナイフを動かす手を止めて慟哭する。
その姿を見て奥田大尉は軽く拍手する。
「まずは、一つ目だ。軍人ではな、こういう状況で銃の引き金が引けない糞野郎なんて山ほどいるんだが、君はよっぽど人殺しの才能があるよ。いやぁ、これからが楽しみだねぇ」
皮肉のこもったセリフは血まみれになりながら涙を流す風魔を更に傷つけるのだった。
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