清水の葛藤


終焉の先には一つの終着点が用意されている。


そこで風魔は孤独の深淵に沈吟する。


その深い闇は決して振りほどくことなどできず男の心象風景であることが伺える。


纏わりついた暗闇は無限の死体を隠し、それでも殺してきたそれらは足元にわずかながら映っているのだ。


視界から消えることのない侵してきた罪は男だけが背負うものではなく時代が背負ってきた負の遺産と思われ、それでも男の心が救われることは無い。


一体何十年の時をここで過ごしたのか。


変わらない人間の業を直視し向き合い続けてきた男はそれでも自身の因縁の決着を望む。男の心理とリンクした風魔にはこの地獄がとにかく耐えれないものである。


不幸のどん底に落とされたと錯覚して生きてきた毎日の苦しみとはまったくもって違う、全てを国に捧げ死んでいった男の哀れな物語を何度も見せられ精神をおかしくしている。



それでもなお、男は考え続けていた。



自分の罪とは、自分の生きてきたこの一生はなんだったんだと。



真っ黒な霧があたりを渦巻いて人なんかいないと思われたがゆっくりと誰かが近づいてい来るのを風魔は認識した。だがそれが歓迎できるような人物ではないことも姿を見ずとも理解することができる。


ぼんやりと見えるのは同じように軍人であろう格好をしているということ、それも現代ではなく大戦中の帝国軍人だ。傷にまみれた軍人の顔ははっきりとは見えずしかしその言葉は力強く、物々しい。



「小娘、お前に清水の苦悩など理解できんよ」



諭すような話し方に風魔は何も否定しなかった。



「身の程知らずが、さっさとここから立ち去るべきだな。与えられた力を国のために活かせず搾取されるだけの弱い存在だ。お前にはこの男の苦悩など分からない」


全ては事実で、心の奥底を突き刺すほどの正論だからだろう。それでも未熟な少女にとってはあまりにも辛らつな言葉であると思われるが、それが大戦中に生きた者たちの素直な感想なのだろうか。



「私はどうすれば」



風魔は気づかぬうちに教えを乞う。



この男が一体何者なのかも知らない。この空間が能力をもって入り込んだ各々の心象風景であり潜在心理の奥底であることも理解できる、だがここに救う闇の番人たちが一体何をもって居座り続けるのかはわからない。それでも問うのだろう。どうすれば救われるのか。



「戦う覚悟を持つことだ」



目の前にいる男はにやりと笑っているだけだった。


その声は男から発せられたわけではなく風魔が擬態したこの空間の主の声だ。まるで自分の口が勝手に動くように言葉を紡いでいく。



「たとえ闇しか見えずとも、命を懸けて戦うことが己の運命から救われる最後の手段だ」



暗闇から段々と彼女の意識は遠のいていく。ジェットエンジンのような音が両耳から離れずまるでタイムスリップするかのように空間から解き放たれていった。




相手の潜在心理を掌握し精神的苦痛を増幅させる術法はものの見事に副作用を引き起こした。そんな人物はきっと清水 総一郎を除いて現れる訳もなく1人の少女にとっては最大の誤算になりうる要因だっただろう。


行儀のいい姿勢で座り込みうなだれているのか何も言わず風魔は黙っている。清水は目の前にいる少女のありさまを見つめ不憫に思った。


何を見たかはわからずとも表情から大体は見当がついたからだ。



「どうした、もう終わりか」



清水は銃口を突き付け相手の戦意の有無を確認する。引き金に指を掛け返事を待った。完全に戦意喪失した風魔は何も言わず屍のようになっているだけで目の焦点は定まらない。



「使えないガキだ」



呆れたようなため息交じりな言葉を吐いた奥田大尉は風魔の後方から姿を現し彼女を蹴り倒す。


傍で倒れたうつ伏せで倒れたまんまのエヴァを含めごみでも見るように一瞥して反応のない風魔を頭上から踏みつけ変わらない無表情で残酷さを見せつける。清水は無線を通じて梶木に狙撃させようとコンタクトを取ろうとするも機先を制された。



「無駄だ、僕の兵隊たちが屋上を襲撃しているからね」



「…まだいたのか」



相棒の無事を祈りつつ小銃の方向を奥田大尉の脳天めがけて清水は他に敵がいないか見渡す。



「ああ、もうお前を邪魔するウィザードなんてのは仕込んでない。エヴァといい風魔といい使えない子どもばかりだったんだ。だがデータは取り終えた」



ポケットから端末を取り出してヒラヒラと見せる奥田大尉はノーベル賞授与が決まった物理学者のような面立ちだ。



「それは?」



「ウィザードの戦闘データを収集してるんだ。この空間だって元はエビルガーデンから頂いた能力の集大成さ、見覚えあるだろう?」



病院で起きた凄惨な事件を思い出し清水は納得がいく。



「あのときのやつの遺産を使ってるのか、無駄のないことだ。それで、エヴァと風魔は用済みか」



「この銀髪女はまだまだ足りなくてな、利用価値はあるんだが凪はもう要らないんだ。心を持った怪物なんて実に目障りだ。そうは思わんか?」



「俺の目の前にはもっと目障りなのが見えるよ」



「はっはっは…相変わらずクソむかつく野郎だ」


立場をはっきりさせたいだろう奥田大尉は端末を操作して画面を見せる。


「どうだ、見ろ。凪の脳には遠隔操作できるチップを埋め込んである。最初の抵抗と来たら凄まじいものがあったが兄貴を潰してやってからは従順に殺人鬼を演じてくれてる。風魔少尉を覚えているか?訓練事故でこん睡状態になったあの間抜けだ。4中隊の面汚し」


「そう思ってるのはあんただけだろう。どっちが汚れてんのかよく考えろ」


しかしその人物に心当たりのあった清水は心がざわついた。


「どうだ?これは聞いたかな?レンジャー小隊長が懐かしいだろう。あいつのへまを聞いた時のお前らの顔ときたら実に間抜けで忘れられない。僕に楯突いたせいで因果応報になっちまったな」


「言葉の使い方を覚えろよ、糞野郎」


いっそのこと撃ち殺してやりたい気分に清水は染まっていくがいつ操作され少女の脳内を爆破されるか分かったものではない以上迂闊に引き金を引くことができない。


「銃を捨てろ、全ての装備を置け」


奥田大尉はもう片方の手で拳銃を握り清水を脅した。屈した清水はゆっくり小銃をまずは置いて、次いで隠し持っていた武器をすべて並べるように置いていく。


「余計な抵抗しないだけお利口だな」


その言葉はとにかく冷たかった。無機質で冷淡で、武装解除して逃げる猶予を作る気など微塵もなく自分の安全を確保したうえで少女を殺す。そのプロセスが何となくわかっていた清水は発作的に自分の感情が高まっていくのを感じた。


「やめろ」


「僕に口ごたえするな」


一発、清水の大腿部は撃ちぬかれ痛みに屈む。止血をしようと思うよりも目の前で起こるだろう惨劇を止めるために清水は今すぐにもとびかかろうかと考える。奥田大尉は拳銃を使って彼女を殺害する気はない。あるのは自身の嗜虐的な思考から埋め込んだ対象を常に死の恐怖に晒すコントロールチップを遠隔操作して爆破すること。見せしめのような意図があるのだろう。


命を捨てることになっても、刺し違えてでもこの男を殺す、憎しみに燃えた目を向けるもサディスティックな男にはそれは快楽を与える要素として機能し愉悦に浸った変態じみた表情をして奥田大尉は盛り上がる。


「お前の目の前で始末してやるから、可愛い女の最後をよく見ろ。お前がこいつを倒したのが全ての間違いだったのさ、調子に乗ってウィザードのガキを倒したりしなけりゃ、お前が大人しく最初に死んでればどうにかなったのに」


「やめろ…」


端末のタッチパネルに親指が届こうとしていた。残酷にも脳髄を破壊しその任務を遂行するだろう。まさぐられた記憶は断片的に清水を苦しめ誰かが呼びかけるように促してくる。




『目覚めろ』





その声は時折強く響き清水の中にある核を刺激した。



何のために生きて戦うのか。何を忘れ今まで戦ってきたのか。



奥田大尉が最後の端末操作を行う手前だった。


眩い銀色の光を放ち現れた、エヴァに形容された村正という名刀が姿を現す。


禍々しいオーラを放ち血に飢える鋼の刃に獲物の血を吸わせてやろうと清水は躊躇なく鞘から引き抜いた。


同時に距離を詰め空気を斬るかの如く、下段から吸い込まれるように向かっていく。刃文を向けその指先を狙い瞬息の斬撃を放っていく。


開かれた瞳孔はその先にある行動の未来を捉え切り落とされた指の数々だけが映る。その未来は覆ることなく刃先が肉に届き、抉り、削り、吹き飛ばした。


切り上げるようにされて血液を散らしながら端末は汚れ地面に落ちる。指は四散し奥田大尉は目の前の現象を認識することができず口を開けたまま呆然と突っ立っている。



「は…」



無くなった指先を見てそこに起こった現実を受け入れることができないのか衝撃のあまり肩が震え奥田大尉は叫んだ。



「うわああああああああああああ―――」



踏みつけていた風魔から飛びのき手を抑え泣き叫ぶように苦しむ男はあまりに滑稽で人の痛みに疎い愚か者のようであった。


目の前で抜刀したまま体勢を変えない清水に激怒する奥田大尉は数歩下がってもう片方の腕に残された拳銃を片手で向けた。


「ふざけるなよ…僕の…僕のものを返せ!!!」



がく引きどころではない引き金の引きっぷりを見せた奥田大尉の拳銃から弾丸は放たれる。銃口が暴れていようと目の前にいる人間に当てることなど造作もないと思われた。だが、完全に見切られてい

るのか清水は刀の刃先を弾丸方向に向け真っ二つに切り裂く。



神業だ。



「なんなんだよ、お前、ウィザードでもない、なんなんだお前」



「大人しくここで死ね」



小便を漏らしそうなほど恐怖に震える奥田大尉は清水の形相を見て腰が抜けていく。



「…化け物だったんだな、お前が」



「いくらでも呼べよ。地獄で待ってろ、すぐに追いつくから」



自分の行く末を分かりきったかのように不敵に口元を歪ませた男は普段の様子からは考えられない、そう、無数の屍を乗り越えてきた伝説の日本兵と形容されるものと見間違えるほどであった。



「終わりだ」



全てを終わらせる、そう確信を含んだ物言いでもう一歩を踏み込んだ時に二人の間で空間が渦を巻き始めた。そこにあるはずのものがブラックホールに吸い込まれるように吸収され、それは周りの風景も巻き込んでいく。



「…時間切れか」



奥田大尉は思わぬところで認識阻害の能力を応用して構築した世界が効力を失い、元の世界へ開放されていくことに喜びを覚える。収束し始めた次元は止まることなくすべてを一点に巻き込み遅れてくる大地震のような揺れに清水は踏みとどまるの必死だった。その次に瞬きをしたころには眼下には同じようで違う光景が広がっている。



「これは」



「…!」



そこから状況を認識するや否や奥田大尉は情けなく背中を見せ中庭から脱出を試みようとする最中であった。



「待て…!」



昂ったまま追いかけようと清水は踏み出すが強烈な疲労感が踏み込んだ足を射止める。そのまま体が沈むように地面に落ちていき中々動こうとしない足に焦燥感を覚えた。



「リバウンドかよ糞が。こんなところで」



刀を地面に着きたてかろうじて態勢を保つものの清水は限界だった。やがて刀身は粒子となって飛散しエネルギーを放出することで普段の動作を行うことを可能とする。清水より後ろで身を潜めていた北条は低くした姿勢のまま周囲を伺うようにして飛び込んでくる。



「清水さん!」



「ああ、風魔を連れていけ。たぶん、無害じゃないか」



「たぶんって…」



困惑した顔をしながらも華奢な少年は風魔に肩を貸すように介抱して指示を待たずに校舎の中を目指す。絶好の狙撃ポイントでいつまでも立ち尽くしていても仕方がない。奥田大尉の


エヴァを抱き上げ彼女の域を確認した。


「生きてるよな…」


「なんとかね」


虫の息でなんとか言葉を発するエヴァは無理に笑みを作っているようだった。清水はそれだけ確認してお姫様抱っこをしたまま立ち上がった。


「体、あんたはいいの?」


「俺は訓練されただけの人間だからな。お前らみたいに詠唱なんか簡単に使ってればすぐにガタが来るんだ」


「ふうん…」


「お前こそなんだよそのやられようは。初めて会ったときはもっと強いやつだと思ってたよ」


「…そればっかりは言い訳ができない。こうやってあんたに助けられてるしどうすればいいんだか」


血まみれの彼女の身体から清水は一刻も早く治療させたいと願望を募らせていた。これ以上の戦闘は危険を及ぼすと。その時だ。


けたたましい機関銃の音と共にあたり弾丸が降り注ぎ砂塵を撒きあがらせた。弾丸は清水の肩に命中し、そのまま崩れ落ちるも歯を食いしばりながら無線を入れる。


「おい馬鹿!旧館から狙ってきてるぞ!」


恐らく一学年、二学年、職員室が存在する新館と最も古い校舎の間に位置する建物の二階からの狙撃だと踏んだ清水はもう一つの建物の屋上に張り込んでいただろう梶木に怒声を浴びせた。さっさと援護をしろという意味だ。


その怒りの連絡に呼応するように建物の屋上、ではなく二回ほどから凄まじい爆音と共に一つの光の球体のようなものが勢いよく旧館二階めがけて飛んで行った。


火の玉を形成し校舎を破壊し爆風で窓ガラスをすべて吹き飛ばしていく。ここが現実世界だと改めて気づくのも遅く校舎は大惨事を迎えているだろう。


「RPGをくれてやった!もう下がるぞ!」


元気そうな声を聴いて殺意に燃える清水は大量の冷や汗を掻きながらエヴァを落とさないように建物の中へ進んだ。五人が集結したのはそのあとだ。弾頭が消えたロケットランチャーを携行して対人狙撃中やらなんやらをひっさげた梶木を見て清水は開口一番、


「能無しかお前は」


と酷くなじった。申し訳なさそうにする梶木は言い訳交じりに呟く。


「何度も言うが俺は戦闘員じゃない」


彼は釈明して先日氷漬けにして凍死させようとやってきた殺人鬼まがいの氷結女と、清水の命を狙うマッドウィザードの少女を交互に見て眉間に皴を作り北条にも目をやり特に何か感想があるようにも見せず悟りを開いたような表情をする。


状況を外から俯瞰していたのか、あまりの情報量の多さにキャパシティがパンクしたのかもはや何も言う気もないという態度だ。


肩を抑えながら清水は拾ってきた武器装具を広げ、そして、奥田大尉の落とした血だらけの端末を梶木に手渡す。


「こいつを解析しろ」


「お前、これは」


無言で見やったあと梶木は黙って端末を回収した。清水は次にサバイバルナイフを手に取った。


「おい、何する気だ」


「グロいからあんまり見なくていいぞ。北条、あと、そこの娘二人は特に」


そう言ってドッグタグを噛んで嫌そうに清水は笑った。


羽織っていたジャケットを脱ぎ傷口にナイフを入れて弾丸のような破片を引き抜く作業は見ていて気持ちのいいものではない。苦痛に耐える男の表情を直視するなどまともな人間にはできずしばらくの間沈黙が流れた。



「俺が手伝っても良かったんだが」



異物を取り除き死にかける顔で清水は壁に腰掛け放心状態になった。梶木はなんといっていいのか悩みとりあえずお疲れと言わんばかりに声を掛ける。



「お前に任せたらその時こそ死を覚悟するかもな」



そうやって二人は笑い残る三人に目を向けた。北条は傷の酷いエヴァを重点的に治療しているのか熱心に作業している。


北条から溢れる光は見ているだけで癒しを与えてくれるような不思議な色合いをしていた。風魔は段々と自我を取り戻してきたのか挙動不審に清水や梶木に目配せして静かに震えている。



「落ち着けよ、殺されるかどうかなんてのはお前の対応次第だ」



事の顛末をすべて話せ、と清水の目は物語る。



「負けた以上私は始末されるし、兄さんも、生きてられない」



諦めたように動かずじっと居座る少女の身体は小さく頼りない。清水の記憶を覗き見た時からか、心なしか素直になった風魔を見て梶木は戸惑っている。



「こんなやつだったのか。お前を始末しに来た奴は」



「いやいや、やらされたのも無理もない感じだな。すべては奥田大尉ありきってところか」



「お前案外お人よしなんだな。俺ならここでやるぞ」



「普通に考えればそうだ。こんなガキどもがなんの背景もなしに人殺しに興じるか?」



「…そうかい」



勝手にしろと言わんばかりに梶木はそっぽを向く。どうやら彼は清水以外の人間にやさしくはないようだ。


「風魔、俺に任せろ」


清水は慰めるのか励ますのかどちらか分からないような言い方をした。風魔は他にも何か言いたそうにしている。


「私は、その、罪のない人を沢山、沢山殺めて…それで」


少女の懺悔は誰が許すものでもなかった。殺人訓練と称され行ってきた非道の積み重ね、無数の遺体が地下の実験場に積まれ奥田大尉はまだここの学生を犠牲にして国家転覆を狙った作戦を遂行している。


加担した以上罪からは逃げられない、遠回しに風魔は自分がどうされたいのか言及するようになっていく。


「だから、その」


震える声はその次の言葉を紡ごうとする。だが中々出てこないのか年相応になった少女の様子を見て清水はため息をついた。


「俺にここで殺せって言いたいのか」


少女の目はぶれることなく清水を見据えていた。罪滅ぼしだとでも言いたげだ。


「清水 総一郎の気持ちは分からないと言われて、考え直したんです」


言葉をただすようになった風魔はそれこそが本来の彼女を現すものだったのだろう。撃たれた足を引きずるように立ち上がり腰掛けた清水に一礼する。それを見た清水は同じように向かい合うようにして腰を上げた。


「誰に言われたんだ」


「分かりません。ただ、私を狂気から解き放つのに十分な声でした。だから、どうかここで殺してください。どちらにせよチップも埋め込まれこの先はありません」


その言葉にあらかたの応急処置を負えただろう北条が拒絶反応を起こす。


「待ってくれよ風魔さん、確かに、間違いを君は犯したかもしれないけどそれでも殺せなんて」


「北条君。いいんだよ、これで」


風魔は振り向いて北条に声を掛けた。複雑な感情をどう伝えていいか分からない北条は悔しそうにした唇をかんだ。梶木は腕を組んで何も言わず清水は疲れた目をしている。古い記憶が次から次に、蘇っていく感覚に、彼の瞳は今この光景で無く過去を映しているかのようだ。


「お前のやったことに対してどう償うべきなのか。俺と本質はさして変わらないさ」


重く、深く、紡がれる言葉は低く、響く。


「果たしてここで命を差し出して取り返しが聞くものなのか。一つの生を差し出したところで実のところ救いにはならないんだ。それこそだ。ことあるごとに俺の周りにいる奴らは俺を伝説の日本兵と呼ぶ。だがどうだ、あいつはいったい何人の人間を殺してきた?お前と比較しようがあるか?何千人もの男たちの命を奪い、家族から、奪ってきたんだ…!」


この国の史実には英雄が存在する。大戦から国を救うべく戦った英雄を国は崇め陸軍は骨の髄まで崇拝する。


「崇高な魂を宿した英霊と言われ、やつは気持ちが良かったんだろうか?そんなのはそいつにしかわからない。だがもしもそれが本当に俺自身だったとしてなんだ?俺は何も覚えちゃいない、あるのは急に記憶を植え付けられて周りではしゃいでた国の連中だけ。もしかすると、あまりに自分が背負ってきた因縁や業から俺は、目を背けてるんじゃないかって思うんだよ。お前は、俺と同じことをしようとしてる」


清水の言葉は実際のところ自分自身に語り掛けているようなものがあった。少年少女たちを前に自身の生い立ちや思いを話す機会など今までは無く呆然とただ惰性に生きてきた彼の忘れたい、忘れてはならない思いだ。


「死ぬことが罪を償うことにはならない。お前にその気があるなら受け入れて人々のために戦え。そのためになら、奥田大尉は俺に任せてほしい。あいつは陸軍が生んだ魔物だ。止めるのも俺の責任なんだ」


そう言って恥ずかしさを誤魔化すように清水は散りばめられた装具を身につける。風魔は黙って真っすぐな瞳を向けていた。


「それに、そこのそいつはどうやらお前が生きてくれないと寂しくて死んじまうだとよ」

からかうように北条に目配せして清水はパスを決めた。どうしていいか分からずポーズをいちいち変えていた北条は焦ってきょろきょろとする。


「ちょ、清水さん、それはないよっ」


「事実を言っただけだ」


残りの敵がどれだけの規模を為して学校内に潜んでいるかなど検討は付くはずもなく清水たちは建物の外の様子を伺った。夜間のせいもあり視界は狭く足音に聴覚が敏感になっていく。


無残にも北条たちの校舎はロケットランチャーによって破壊されいつ警察や消防が飛んできてもおかしくはない状況だ。奥田大尉は姿を消しこのまま怪我人だらけの集団で何とか脱出を図ろうと画策していた時、空を切り裂くプロペラの音が鳴り響いてくる。


その音は清水を幾度となく悩ませた忌まわしいものであった。正面から見れば細長い、巨大な塊は回転翼を高速で旋回させ前傾姿勢を保って迫ってくる。


清水は中庭に出ることを断念するかのように一度振り向いた。


「お前ら、全員裏でも何でもいいから窓でも破って逃げろ。あれは俺が陽動する」


北条に風魔を、梶木にエヴァを補助させ脱出を図らせようと清水は指示を飛ばす。メインローターが稼働して爆音は上空で鳴り響き副操縦種兼射撃手は今頃人間を赤外線センサーが探っているに違いない。


「急げ!」


四人を反対方向へ避難させ、清水は中庭に躍り出た。同時に、チェーンガンの射撃は始まった。



陸軍西部方面航空隊は片田舎にある駐屯地で今日も機体の整備作業を行っていた。定期的にフライトし訓練を行う時以外は無駄にヘリを飛ばすこともなくパイロットたちは当番がスクランブルに備え張り込んでいる場合を除き何もない連中はトレーニングに励んでいる。


平和な状況は隊員たちを弛緩させ同時に精神を侵食するのだ、これでいいのかと。時間は定時間近で弛みきったまま隊員たちは今日も特にやりがいを感じず営内者は隊舎へ、営外者は帰庁しようという頃合い。



そこへ吉報なのか滅多にない通報が入る。



『出撃要請コード入電〇▲×』



聞きなれない情報はとある歩兵連隊の中隊長からだ。最近巷では戦闘が続き不透明な戦いを繰り広げているそうで航空隊の隊員たちは地上で戦っている連中は何をやっているんだと疑問を募らせている時期である。



「とりあえずは出撃準備だ!」



あわただしく整備員たちは機体の状況をチェックしパイロットと連携して発信準備に取り掛かる。広大な飛行場では一機のアパッチを飛ばそうと躍起になりすでにメインローターは駆動している。



「本当に発進させますか」



不穏な空気を漂わせながら航空隊副隊長は隊長に意見具申する。活気づいた現場を見て隊長は無難な返事しかしない。



「とりあえずは現場に送り込むしかない。誠堂高校ってのは中々ありえない状況だが奥田大尉からだ。市街地戦闘するいい機会だし、まあ、いいんじゃないか」



癒着しきった含みを持った笑みは軍の腐敗ぶりを表す象徴のようであった。



「本当にいいんですか」


「まるでQRFを送り込む感覚だ。戦場で気持ちが滾るようではないか?」


「…」




それからだ。操縦手と副操縦手は無線通信を繰り広げながらしばらく上空を飛行し市街地の真っただ中、大蔵駐屯地の付近に存在する誠堂高校の敷地内に侵入したのだ。ヘリの真下は風が吹き砂塵を巻き上げる。アローヘッドから放たれた赤外線センサーやレーダーには対象となる敵と見られる人影が浮かび上がる。



「敵の様子を確認した。夜間であるため暗視センサーで視認中、武器を携行しているようだが攻撃開始するか?」



副操縦手は操縦手を仲介して本部の命令を待つ。奥田大尉を直接は介していないためラグがあるが緊急の増援要請だったため、また対戦車火器による建物の破壊を行った形跡などから攻撃する必要性は十分にあると判断されたのかすぐにチェーンガンによる射撃命令が下りる。



「CPこちらアタッカーワン、目標正面距離500連発発射用意」



副操縦手は躊躇することなくトリガーを握る。



「発射」



轟音が鳴り響き地面を巨大な弾丸は突き刺すように飛んで行った。たたきつけられるように校舎ごと破壊する勢いで弾丸はばら撒かれる。清水の人影は暗視センサーの映像から一旦消え再度操縦手たちは補足しようと血眼になって探した。



「目標は死亡したか」



「あれを見ろ」



安易に死亡判定を出そうとする副操縦手に操縦手はけん制した。



「中庭を出て向かい側の校舎に逃げ込もうとしている。ヘルファイアを撃て」



「正気かよ!」



「やれ!」



本部からは好き放題に破壊しろと命令され自由度の増した実戦に困惑しながらも待ったも掛からないためミサイルを発射する。



「粉々だな!」



ヘリから離れるや羽ばたくように飛んで行ったミサイルは懸命に走る人影めがけて爆散した。そのせいで校舎も吹き飛ばされコンクリート片が空中に散らばる。



「これで生徒が巻き込まれていたりしたらって考えるとぞっとするな」



「上がそんなこと確認もせずに命令は出さないだろ。現場で、しかもこんな夜間に確認するなんて至難の技だ。万能なレーダーが俺たちにはあるけどな」



「それでも見通せるものには限界があるってことだ…ともあれこれで帰隊だな!呆気ない勝負だったぜ」



「…いや待て!赤外線検知してるぞ…スティンガーだ!」



しばらくして爆炎と煙が漂う中、建物の方から謎の人物によって指向されていることが判明しパイロットらは慌てて回避行動に入る。


赤外線サプレッサーが機能しているおかげで安心感を持っているのか距離を詰めすぎたせいで相手はお構いなしに飛翔体を放つ。赤い球体に恐怖を覚え操縦桿を倒し急旋回して間一髪でホーミング弾は掠るように更なる高みへと昇って行った。



「あぶねえな!さっきのやつか」



「そうかもな。もう一発、お見舞いしてやれ!」





無数の機関銃弾や空対地ミサイルを受けてもものともせず生身によるダッシュで無傷でやり過ごし清水は校舎に侵入して二階へと駆け上った。


できるだけ高い位置から飛び込んでいかねば撃墜するチャンスは狭まるからだ。


余計なものは増やすまいと梶木からロケットランチャーすら押収せずに清水は後先を考えずに屋上を目指そうとした。踊り場を抜けてさらに段差を何段も飛ばして飛んでいく清水に何人もの兵士たちが小銃を突き付ける。だが、



「動く―――ぐぁぁぁぁぁぁ」


フリーズを掛けようとしたのも束の間、即座に弾かれ柔術を仕掛けるように地面に叩き伏せられ、一人は取りまわしのいい拳銃を向けるも指先をいじられ向きを変え同胞を撃つ。


傷ついた隊員は倒れ他の隊員は即座に清水を狙い撃つがそこには拳銃の自由を奪われた隊員の背中があり銃弾を受け止め悲鳴を上げる。さらに背中の横から拳銃が顔を出し次から次に隊員を仕留めていき最後に残った分隊長のような男も慌てて小銃を乱射するが清水はそのまま突っこんで隊員を吹き飛ばした。



「待ってくれ清水!俺たちは、敵じゃない!」



「もうおせえよ!」



隊員は必死に釈明するも倒れたまま清水にのしかかられ銃口を口に突っ込まれる。



「違うんだ。俺を忘れたか…!」



顔面蒼白の隊員の瞳に冷酷な男の相貌が浮かぶ。男の両手は清水の腕をつかみ必死に抵抗する中、やがて引き金に掛けられた人差し指が抜け二人の動きが止まった。



「あんたは4中の」



「ああそうだ、名乗る必要もない。顔見知り程度だろう。だがな、お前に言いたいことがあった」



「こんな物騒なもの持ってか」


倒れた男たちが所持する忌々しい自動小銃を清水は睨みつけた。


「奥田大尉のやつはいかれてる。もはや中隊は崩壊気味だよ。なんで誰もあいつを止めることができないんだ」


「散々俺をコケにしてくれた癖に都合が悪くなったら俺の力を借りに来たか?」


生前、と表現すべき陸軍時代の記憶を思い出し今にも唾を男の顔面に吐き捨てそうな面構えで清水は貶す。


「何も言い訳することなんてできない、レンジャー小隊以外お前をのけ者のように、あざ笑うような扱いを俺たちはしていた。上が妙に崇めたてる急に現れた正体不明の人間を俺たちは妬み―――」

それ以上何も言うな、と眼光だけで清水は黙らせる。


「それで、その話をするからにはそれ相応の情報はあるんだろうな。ただの請願だっていうならあんたを生かす価値なんてないな」


「奥田のブラックサイトの場所だ」


薄汚れたメモ用紙を男は手を震わせながら清水の胸元へ押し付ける。一切視線をそらさず受け取り清水は内容を見て硬直した。


「ブラックサイトってやつは、国外じゃなかったか」


「完全に治外法権になってるようなものだ。似たようなもんだろう。この高校は何人学生が殺されたか分からず地下室は死体で弾けそうになってる。どうせここが公になることは無い。上層部もグルなのか全くで仙谷大佐も陸幕へ研修と称して飛ばされた。国を守るために戦ってるってのになんなんだ。あのアパッチだってなんだ?何も聞いちゃいないぞ。ここに記されてる巨大なポイントはあいつの秘密兵器の中枢が仕込まれている、頼む、すべて破壊して、あいつの息の根を止めてくれ…!」


敵の総本山の居場所を知った清水は黙って銃を外す。


「アパッチを引き付けろ、持ってるのはスティンガーか。当てなくてもいい、気を逸らせ。じゃないと、あんたも俺もここでお陀仏だぜ」


納得した男は歯を食いしばり立ち上がってヘリに向かおうとした時だ、爆炎が眼下に広がり二人は強烈な熱に思わず手で顔を覆う。もう一発のミサイルが撃ち込まれいくら屈強な兵隊と言えど脆く、宙を浮き背後の壁にたたきつけられた。窓際のせいで運が悪ければ突き破って吹っ飛ばされただろうが肺が潰れたような感覚を覚え死んだほうがましなんじゃないかと二人は精神を削られる。


「あとは頼む」


遺言の用に告げた男はロケットランチャーを携行して火の海へ飛び込んでいく。しばらくしてバックブラストが室内を破壊しているのか鼓膜を突き破る勢いで爆音が鳴り響いた。


「梶木!そのおんぼろな軽トラを真下にもってこい!」


GPSで概ねの位置を掴んでいるのか清水からの無線を傍受した梶木は間髪入れず、


「言われなくとも誘導済みだ!来い!」


慣れないマニュアル車を乗りこなし、急ブレーキを掛けながら黒煙を吐き出す校舎の目の前に停車する。


すかさず空から飛び降りてくるように清水はアクロバティックなジャンプを披露し荷台に着地して見せる。


傷ついたエヴァは助手席で、風魔と北条はシートを剥がしM2ブローニング重機関銃を前にして反応に困っていた。傍に置かれた弾薬箱からリンクで繋がれた弾薬を薬室を開けセットして目にもとまらぬ速さで清水は槓桿を引く。



「全員耳塞げ!」



言うや否や四人の反応を待たず清水は囮になった男へ機関銃射撃を行うアパッチに対して連発で射撃を行った。


照準は完璧に定まりぶれることなく12.7ミリの分厚い弾丸をヘリの乗員めがけて打ち込む。メインローターを敢えて狙わないのは損傷を負わせたところでしばらくの間飛行可能な機体でありパイロットを射殺するのが速いと判断したからだった。



次々に飛んで行った弾丸は操縦席を破壊しパイロットの脳を吹き飛ばす。赤いインクがまき散らされるように残骸は散らばり千切れ去った遺体を見て副操縦手は目を疑った。清水を狙おうと照準していたせいか相棒を一瞬でミンチにされ動揺し、落ち着きを取り戻す暇もなくアパッチは不気味な軌道を描きながら回転していく。


最後には儚く、完全に誠堂高校の学生が集うだろう学び舎を完全に破壊し、基礎構造までもを崩壊させる勢いで大爆発を引き起こすことになった。巨大な鉄の塊は突き刺さるようにて炎に包まれそのシルエットを見せることもなく溢れるような煙に消えていく。



「出せ!脱出だ!」



「ああ!」



素早くシフトチェンジして梶木はクラッチを乱暴につないで急発進した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る