清水の激昂


真顔で近づいてきた理知的な風貌をした陸軍の制服を着ている男は清水の視界に入るなりこれでもかというほど何かを企むような表情をして見せた。皴一つない制服から几帳面さが伺え神経質そうな顔は陸軍軍人としてよりも科学者のような印象を漂わせる。


「中隊長、あんたは一体何がしたいんだ」


元上司に清水は怒気のこもった物言いをした。どこに護衛が潜んでいるのか分かったものではなくこの場で撃ち殺そうとすれば何が起きるものか分からず浮かび上がってくる感情を押さえつける。


「お前が生きていたとは驚きだったよ、久しぶりと言いたいところだが、この前一度邂逅してしまったかな?」


「勿体ぶった話し方をするなよ。俺をあの大学病院で、レンジャー小隊事なぶり殺しにして、ロシア軍と取引をして売国行為に励んで何がしたいんだ?おまけにこんな学校で何してる?レクリエーションか何かか?」


「レクリエーション、ハハッ。そうか、そうだな。あくまでこれは娯楽ともいえるだろうしお前とこの前戦わせたあのウィザードの女もあれはあれで遊びみたいなもんだ。次はもっと面白いものを用意してきたんだ、楽しんで行けよ」


べらべらとインテリぶった話し方をする男の顔を見て清水は沸き上がる殺意を抑えることができない。


「ふざけるなよ、あんな小娘一人寄こしやがって何のために戦わせてる気だ?とても愛国心に従ったものとは思えないぞ」


「そうやってムキになるな。イワノフと言いお前と言い結論を急ぎたがるやつだ。久しぶりにこうしてあったんだから少しは元上司の余興に付き合えよ」


黙って清水は立ち尽くす。


「北九州の暴動は実に精巧にできていてね、それよりも前から僕はずっと気に入らなかったんだよ、この軍の在り方が。あいつらは国を守ってるつもりなのか知らんがまるでなってないことしかしない。仙谷と言い、あんなウィザードかぶれの人間を連隊長の座に座らせて何がしたいんだか、無論、お前もおんなじだけどな」


段々と話しながら憎しみのともった眼に代わる奥田大尉に清水は察した。


「俺を恨んでるのか」


「好きだとでも思ったのか?能天気な奴だ、伝説の日本兵なんて持て囃されて気持ちよかったかお前は。陸軍もロシアもその話題が好きでねぇ、お決まりでそいつの話が出るたびに反吐が出そうになったよ。70年前両国が戦争に明け暮れていた時存亡を賭けた戦いでありとあらゆる敵兵を殺しつくしたヒーローだったか。千人の人間を切ったとかあるわけがねえ伝説ばかりで、それにしてもだ。過去の人間ばかり崇める哀れな連中のやることだ。僕の何もかもが受け入れられずやれ清水、仙谷と持ち上げる連中に対して僕は見せつけてやろうと思ったのさ」


長々とした奥田大尉の演説は見る人が見ればもしや政治家の才能があるのではないかと思うものもいただろう。だが清水は話の内容を聞いているうちに真実を察してしまい思わず遮る。


「すべて仕組んだのはあんたか」


愉悦に浸った無邪気な子供の用に笑う奥田大尉を見て何がそんなに愉快なんだと清水はまくしたてる。


「何の関係もない人たちを殺して、民間人も殺して、おまけに学生にまで手を付けてるのか」


「軍人として許せないか?正義を気取ってる奴は違うねぇ。ところでエビルガーデンの連中にはもう辿り着いたか?」


エヴァ・ブレイフマンの言っていた言葉を清水は思い出す。ロシアのテロ組織、彼女の所属する組織が一体何だと言うのだろうか。


「自分を殺しに来た連中の名前だ、覚えとくといい。向こうの国じゃ革命じみたものが起きていてね、ロシア軍はその対応に躍起になってる。ウィザードという社会の陰に潜む立役者達がついに反旗を翻したんだよ。これは実に喜ばしいことだ、評価されるべき人間たちが実力をもってして証明するんだ、何も人間の犠牲は悪い事じゃない」


「何が言いたい」


「この僕が、日本でもそれを起こしてやろうと思う」


馬鹿なことを言うな、そう言いたげな目を見て奥田大尉は両手を広げ大層な野望を語った。


「上層部は氷結の女王を何としても抑えて武装したくて仕方がないのさ。そのためには僕のこの研究成果は最も大きな貢献を果たす。その二つがそろえばあの女なんて必要はない、人間の意志なんぞ関係なく戦争で使えるということだよ。そして重要人物の僕にどんなやつも今は文句なんて言うことはできない、だからこうして操り人形にように扱わせてもらってる、仙谷も飛ばしてやったしお前だって社会的に抹殺することができた…!意外だったのは、なんで生きてるかってことだが」


最後の言葉のあたりで急激にトーンが下がり気に入らない汚物を眺めるような目つきになった奥田大尉にひるむこともなく清水は睨み返した。奥田大尉は元研究者上がりであり何を思ったか軍人の道を進んだ変わった芸風を持つ男であり、それゆえに独自のプライドやこだわりを持ち替わった物言いをよくする。


「あんたが手配した連中を俺が殺してやったのは不満か。どこで付き合うようになったかは知らねえがそんな余所者を連れてきたところで俺は負けない」


「馬鹿が、一人殺し損ねたくせに偉そうになるなよ。それとだ、勝ち誇ったところで無駄だぞ。僕をここで殺そうとも何も終わりはしない、エビルガーデンに目を付けられてる限りこの国は終わったも同然なんだ。所詮お前みたいな人間は遠く及ばない存在だ」


あんただってその人間風情だろ、清水は腑に落ちない態度で小銃の握把を握りしめていると奥田大尉の背後からゆっくりと歩いてくる人影に気づく。真っ暗な校舎でこのような出会いをすると実に運命的で幻想的な光景に見えただろう。


「エヴァ。新しい獲物を与える。シールドを張ってやったというのに潜り抜けてきた不届き者がいたようでな」


「お前は…」


「あんたは…」


現れた銀髪の少女に清水は呆気に取られた。彼女を右手を負傷しているのか止血帯の跡があり若干患部を気にするように歩いてくる。ここすらも繋がっているのかと混乱しながらも先日の一件を思い出す。


容赦なくマフィアの構成員や社長を氷漬けにして殺した人間兵器。ロシアから何をもってか訪れ徘徊していた謎の女。奥田大尉は不思議そうにエヴァの顔を見て言った。


「知り合いだったのか。もしや目障りなベツウィンガーを潰すように言っておいた、あのときか?」


ベツウィンガー、清水の親玉のことを指す言葉だろうか。動揺する清水の顔をちらちら見ながらエヴァは気にするように顔を伏せた。一体最初の強気な態度はどこに行ったのだろうか。


「この男は念入りに頼むぞ。どうにもこうにもしぶとい男のようで、ゴキブリのような生命力だ」


「どっちがゴキブリだよ、あんたも充分醜いぞ」


奥田大尉はふてぶしく歩いていき撃たれるつもりなど毛頭ないのか清水とすれ違いざまに言葉を交わしてどこからへ姿をくらましていく。残された二人はどうしていいのかもわからず時が止まったような時間が続いた。だがエヴァは清水を攻撃しようとする素振りなど見せず自分の立ち位置に困ったのか視線を右往左往させている。


「なんであんな人に協力してるんだ」


何もない通路に清水の声が響く。


「…アダムから降りてきた指令。だから逆らえない」


「アダムってのはお前のボスか?」


「ウィザードは抑圧されてきた。どれだけ手を取り合おうと寄り添っても力を持つがゆえに恐怖され迫害される。アダムはそんな社会を変えるために武装蜂起した英雄。その使命に従わないことは自分たちの存在意義すら否定することになる」


「…気の遠くなる話だな。俺に大層な話は理解できないが、お前は自分自身で戦えないのか」


「私は」


言葉に詰まってエヴァは押し黙る。この戦いが正しいと思っているのか、そうやって責められているように感じ、そして反論することができないからだ。エヴァの悩まし気な視線に一瞬清水は心を奪われそうになり首を振った。最初の冷徹な雰囲気から察するに嘘に違いないと、それとも別人か何かなのだろうかとあらゆる可能性を模索する。


「エビルガーデンには逆らえない…昔も、今も、これからも、奴隷のように従うしかない。殺すしか、脳がないから…」


そう言って清水を通り過ぎようと彼女は顔を伏せて歩いていく。奥田大尉の命令など気にもしないのか迷いのない足取りだ。


「どこへ行く気だ」


清水は尋ねた。


「北条 紅旗を助ける」


「…北条…だと?」


清水は眉間に皴を寄せた。


「なんであいつが?」


「風魔 凪、風を司るウィザードに誘われおびき出された。全くの無関係の子まで死なせるわけにはいかない」


もしやこいつは内心は自分の在り方を疑って悩んでいるのではないかと清水は思う。風魔 凪という人物が誰なのかは分からないが風というワードが清水の海馬を刺激した。


「この前のクソガキウィザードに追われてるってことか。なら一刻も早く助けてやるしかないな…それにしても、北条か。奇遇にもほどがある。それで、やつはどこにいる?」


「わからない、でも…」


「…?」


その瞬間、轟音が轟き地面が横揺れする。自身とは思えず何者かが争っている音だと判断でき、それは丁度清水の立っている位置から聞こえてきた。


「真下か…」


呆れながら清水は爆薬を取り出した。



北条が命からがら階段を駆け上がり新館一階廊下を駆け抜けようと全力で地面を蹴っていた時のことだ。肺はいつもより酸素が足りなくなり空っぽになるのが体感的にも早く感じたことだろう。一刻も早く外に出て警察に助けを求めるしかないと決心して震えて動かなくなる足を無理やりに稼働していた時、背後から刃物が空を切る音がして北条の聴覚に嫌な音を伝えてくる。


「クソ!!」


北条は直感的に半身を切った。その予想は正しく投げられたナイフが肩を掠る。


だというのにその威力はけた違いで脇腹を大きく斬られたような痛みと共に飛び散った自身の血を見てショックを隠し切れなくなる。


その衝撃でつまずき無様に倒れ北条は痛む脇腹を抑えながら息切れを起こした。幽霊のような足取りで迫ってくる隣席の少女に北条は情けなくへたり込んだまま向かい合う。傷口をはっきりと確認できないながらも手を当ててうっすら痛みと戦いながら傷の深さを北条は観察した。早く応急処置をしなければ持たないと思いながら北条は念じた。


「風魔さん…マジで勘弁してよ。一体どうしたっていうんだ。元々君はあんなことをする人じゃ―――」


時間稼ぎのように問いかけるがこれが無駄な行為だと内心では彼は気づく。その言葉に怒りを覚えたのか風魔は新たに握られたナイフを振った。


「うるさい!!」


それと同時に突風のような風が吹き横並びに存在する窓の数々が風のメスでも入れられるかのように切断され粉々に砕けた。


その威力に北条は目を瞑り顔を背ける。粉砕された窓ガラスの破片が降り注ぎ廊下は残骸だらけになってその凶悪なウィザードの少女の力を誇示するような光景に見える。凶暴性を増した風魔の瞳は痛みに耐える苦痛に満ちた表情だった。


「風魔、さん…?もしかして」


何かに気づいたような表情をした北条に風魔はこれまで受けただろう痛みや苦しみ、怨念、全てが混じった感情をぶつけようと叫ぶ。


「あんたに何がわかんのよ…!家族なんかいないあんたに何が!知らない間に兄さんが植物人間にされて、意味の分からないめちゃくちゃな連中を奥田が連れてきて、戦ったってあんなやつらに勝てるわけないでしょ…得体も知れないチップを埋め込まれ、それから何もかもあいつらの思い通り、反抗すれば二言目には兄さんの命を奪うって…あんたに何が分かんの!?どうすればいいのよ…どうすれば!!」


その言葉に北条は得体のしれない感情に襲われ絶句するしかなかった。


そうか、彼女は知らない間にそんなに悩み苦しみもがき、蝕まれていたのかと。暢気に生きていた自分をよそに奥田大尉は卑劣な行為を繰り返し何も知ることもなく毎日を消化していた自分の存在に北条は罪悪感を覚えた。


「それでも…」


昂った何かを北条は抑えることができないのか整理がつかないのか得体のしれない感情は勝手に言葉となって出ていく。北条は願った、やめろ、そんなこと言うなと。それでも彼の心臓の鼓動が速くなっていき、野蛮な勇気が体を突き動かそうとしていた。


「殺すなら殺せよ…それでなんとかなるなら、けどそのあとはどうするんだよ。奥田大尉のやつが僕一人殺させたところで止まるわけあると思うか?兄弟を人質に取って脅迫するような連中に君は自分を見失ってるんじゃないのか…!」


「分かったような口をきくな!」


素早く投げられたナイフが音速を超えて北条をめがけて飛んでくる。だが奇跡的に起動がそれたのかギリギリで角度が付き真横の床を削っていく。目視できるほどの旋風を巻き起こして一直線にレーザーのようなものが地面を切断していき当たれば真っ二つになるのは間違いないと言えた。


「あいつらが狙ってるのはもっと大きなことで君をそのための道具にするのが目的なだけだ!従ってて何も変わるわけないだろ!諦めるのか!?ビビってんだろ本当は」


「黙れ!」


三度と新たにナイフは投げられた。いずれも音速に届くのではないかと思うほどの威力を付けられた弾丸のように変化したそれは北条には当たることがなく辺りの物を破壊していくだけだ。北条は確信した、この子に自分を殺す意思は本当のところ無いと。


「いやいや従ってるくせによく言うもんだ、少しは自分の意志をもって生きてみろやぁ!!」


普段の北条からすればありえないことを次から次へと叫んでいたことだろう。不思議なことに北条が手を当てて念じた跡は表面上ワイシャツに血がかぶっているだけで傷自体は完全に癒えていた。


思い切って立ち上がった北条は風魔に向かって走り出した。訳も分からず何かにむかついた彼はとにかく相手が少女であろうと一発殴ってやろうと精神が昂った。どうせここで死ぬのなら関係ない、と。


「北条のくせに、調子に乗るなぁ!!!」


風魔はやけくそになったかのように泣いてるのかもわからないような声を出して力の限り握られたナイフを突き出す。


爆音と共に天井が崩れてきたのは丁度その瞬間だった。


老朽化して骨材事破壊されたのか、そんなわけもなく爆風が上からたたきつけるように吹き北条の貧弱な体は敢え無く地面に押し付けられる。風魔も同じく仰け反り風の力によって態勢を崩さないようにコントロールするが勢いを殺され思わず立ち止まった。黒煙がまき散らされ一人の男が飛び降りてきて偉そうな態度で言う。



「痴話喧嘩にしちゃやりすぎだが、よくぞ言ったな、北条 紅旗」



段々とはっきりする輪郭を見て、北条は狐につままれたような顔をして震えることで名前を呼んだ。



「清水、さん…」



忘れるわけがない、忘れてなどならない、いつか占拠された病院内で起きたあの日の出来事が北条の脳内を駆け巡る。


いつものように風魔の兄を彼の妹共に見舞いに行った矢先に正体不明のテロリストに院内は占拠され大量の人質が殺害された。


彼らは金欲しさの強盗や胡散臭いテロリズムとは行動原理が全く異なる存在でこの国の防衛能力、治安維持能力の脆さを露呈させるがごとく、国の威信を破壊するために殺戮を繰り返す存在であった。


そんな連中を前にその施設を生きて帰るなどということは不可能と見られ、そこに現れた陸軍の救世主こそがこの男・清水 総一郎なのだ。


瀕死の重傷を負った彼を最後に救出するような形で助けたきり会うことがなかったお互いに命の恩人である彼らはしばしの間、無音の空間で見つめ合う中で魂を揺さぶられる感覚を覚える。



「それで、こいつとはどんな関係だ」



清水はぶらさげた小銃で風魔を指し示す。安全装置はすでに解除されているのか殺す気が満々なのが伺える。


「この人はその、僕の友達で」


「市内でやりあった以来かしら。清水 総一郎、あんたまでこんなとこに来て何の用?」


慌ててなんと説明しようものか戸惑う北条に被せるように風魔は食らいついた。その血の気の粗さに引いているのか眉を顰めて清水は嘆く。


「この前はもうちょっとおしとやかな感じだったと思ったんだけどな…あれはあれで悪くなかったがエヴァといい今日見せてる部分が素なのか?」


まあガツガツしてるのも悪くない、彼女を刺激するような北条ならば口に出した時点で死が確定する爆弾発言ばかりを清水は繰り返していく。


戦闘能力は規格外だが人間性においても規格外のようにこの場にいる人間には感じられることだろう、ただの人格破綻者と形容するべきだが。


唖然とする北条は立ち上がり清水の陰に隠れるように立った。かなりの博打を行い死んでも仕方がない勢いでやけくそな行動を起こした自分を振り返ると怖くなり足が震えてくるのだろう、止めようと思っても止まらない体の震えを察しているのか清水は声を掛ける。


「安心しろ。惚れた女のために命をなげうったんだろう。こいつは絶対に止めてやるから、任せろ」


その力強い言葉は彼の功績を間近に見た北条には強く刺さるものがあった。不意に肩に入った力が抜けかけた時、もう一人の人物が破壊された天井部分より降り立つ。その人物はエヴァ・ブレイフマンであり銀髪を靡かせ凛とした瞳はさらに風魔を圧倒させ状況が片方は傾いているように見受けられた。


「…」


無言で北条を一瞥した後無事を確認できたのか風魔に向き直って北条をかばうように立つ。突如として隣のクラスメイトに殺されかけいきなり現れた銀髪の美少女と消えた陸軍の兵隊が助けに来る、夢のような話だと言えるだろう。増援に現れたような少女に疑問を持った北条は尋ねた。


「エヴァ、さん、だよね。なんで僕を助けるような真似を?」


「…」


「関係のない人間だから、とか言ってたよね。それにしても変だと思って」


「なんで?」


抑揚のない声でエヴァは北条を不思議そうに観察する。


「…なんでだろうか」


「自問自答かよ」


答えを出せなかった童顔の少年を見て清水は鼻で笑った。


「それに関しては俺も同意だ。ロシアでも大量の人間をやってきたんだろう。日本でだってあの躊躇のない殺しぶりだ。悪人やこの世に害悪を与える存在に限って組織の名のもとに裁きを下してるのかもしれんが北条に対してこだわる理由でもあるのか」


徹底した考察を聞きエヴァは観念したかのように断片的な情報を流す。


「彼を守るようにとも言われた」


想定していなかった解答に二人ともが口を閉ざす。北条を守る、という異質な内容がそれまでの状況や経験を打ち砕くようなものであったからだ。エビルガーデンという組織が何を企み実行し何を為そうとするのかというあまりに多くの情報が不足する中であまりに不釣り合いな言葉だったと言えるだろう。


「アダムってやつがいったのか」


まだ見えない雲の上の存在を何とか自分なりに想像しながら清水は繋がりそうにない答えをつなごうとする。

「違う。アステロトは私にも…とても説明するのが難しいの。あいつ自身が不思議なやつで、まるであんたみたいな存在」

「…馬鹿にしてんのか」


唐突な誹謗中傷に清水は感動を返せと言わんばかりに冷めた表情になった。ムードを台無しにされて激怒するさながらポエマーのようだ。


「あんたの第一印象は最悪よ。私は人間に負けるなんてことは絶対になかった。表現しようがなくて、とにかく最低で最悪、一生の傷を負わされた気分」


「清水さん、何したの?」


自分自身に問い詰めるかのような勢いで語りだすと止まらない少女に清水の顔は青ざめ見事勘違いした北条は食らいつく。


そんなことをしている状況ではないことが分かっているはずなのだが。


「それでも、村正を扱う兵隊なんて、あれは、そんなのはあり得ない存在で…」


清水の見せた詠唱によって起こされた事象に公言したエヴァは答えのない議論に達したと理解したのか途端に口をふさいだ。


不機嫌そうになる清水の表情を見て察したものも有るかもしれない。元来気の強そうな態度で周りにはふるまっているように見えるというのに随分と清水の前ではしおらくなる、そんな彼女を見て清水が変な気持ちになるのは無理もない。


「お前たち、実に面白くないな」


相対する少年少女(一部青年)らの様相を気に入らないと感じ痺れを切らしたのか事の黒幕が破壊された各居室の残骸がばら撒かれた通路を歩いてやってくる。風魔の方向からやってきて後ろで手を組んで視察中の高官のような態度だ。


「こんなとこで仲良しごっこか?手間取らせやがって、凪、さっさとこんな奴ら仕留めて見せろ」


出現した奥田大尉に肩に手を置かれ何とも言えない表情を風魔は見せて無言を貫く。何を思ったのかそれからエヴァを睨みつけて部下の不始末を追及するような口調になる。


「エヴァ、お前は組織の意向を汲むんだよな。それがこの有様とはどういうことだ?二人してそこのあほどもを片付ければいい話を、僕は凪とやり合わせて興じるのも悪くはないと思ったんだがその男に加勢しろと言った覚えはない。まさか裏切る気か」


「組織の意向があったとしても私はお前の傀儡じゃない、そんなのはそこの能無しの雌だけにしとけばいいことよ」


さらりと風魔の個人攻撃に走るエヴァを見て清水と北条は戦慄する。沸点の低い元中隊長は尊厳を傷つけられた場合セットでやってくる過剰反応を起こして免疫を活性化させる。


「誰に口を聞いてんだ?こんなとこでそんな何の役にも立たねえクソガキをかばったりと…人道主義にでもなったつもりか?ああ!?僕の崇高な使命に協力させてやってんだ…大人しく聞いとけばいいんだよ!この人殺しが!!」


喚き散らされる罵詈雑言の数々に摩耗しきっているのか乾いた笑いしかエヴァからは出てこない。その声にもならない弱った笑い方を見て清水が先手を切った。


「ストーカーみたいに張り付いてちらちら見てんじゃねえよ、気持ちわりい。あんたはそんなだから婚約破棄もされたんじゃないのか」


元中隊の隊員のとどめの一撃が奥田大尉の威厳全てを粉砕する。流ちょうに飾り立てれた言葉が次から次へと飛び出していたというのに口が開いたまま元研究者のエリートは灰色になった人間のようにしばらく動かなくなる。やがて段々と整理がついて怒りが湧いて出てきたのか情緒不安定な感情をさらに爆発させた。


「凪!!!ぶっ殺せええええ!!!」


奥田大尉は大量の賞詞が左胸に付けられ栄誉の輝きを放つ制服の襟を乱暴につかみもう片方の手で内ポケットからスマートフォンのような物を取り出して操作する。


その瞬間頭を抑えるようにしてうずくまった風魔が痛みを耐えるように唸るように声を漏らす。激しい頭痛と戦っているのか全く反応が無くなり動かない。



「北条、今だけはこいつに近づくなよ」



清水は持ち前の洞察力で一連の状況に納得がいく。凶暴性を増したかのように殺意を孕んだ眼光を放ち頭を抑えながら立ち上がる少女を見て確信を持った声で告げる。



「この女の能力を最大限にするために強引にいじってやがるな…あんたの研究はこういうことをするためにやってきたものだったのか」



「社会に貢献できないゴミを有効利用してやってるだけさ。お前と言い人殺ししか能がない連中には

ありがたい話だろ?」



この世に何をやっても救えない愚者などいるものか、と人間ならば一度はそんな哲学的なことを考えることもあるだろう。


そういう善人でありたいがゆえに考える自身の拙論をすべて否定し一切合切何も考えず駆逐するべき人間が目の前にいる、そう清水は思った。

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